第22章 さよならを前に 1
夕食時にはあの食事処へ戻った。店主がまた騒ぐのではないかと構えていたのだが、忙しい時間帯ではそういうわけにもいかなかったようである。注文した料理とは別に、果物入りのパイに似たデザートがついてきたけれど。
料理を運んできたのはテミストの母で、仕事中の片手間ですまないという詫びと共に、娘が世話になったと少年たちは頭を下げられた。といっても、仕事中になってしまったのは少年たちのせいで、店主を避けて早々とここを離れ、忙しくなりそうなこの時間まで戻ってこなかったためである。卒倒してなかったね、と後でハルはテミストをからかった。
「二人は、これからどうするの?」
テミストが問うた。晶はつい、ハルを見た。ハルは迷いなく答えた。
「アキラがよければ、陸路で島に帰りたいと思って。外の暮らしに慣れておきたいんだ。いざとなったら空路ですぐ帰れるし」
「外のって」
「それってつまり旅暮らしだよな?」
「これまでそれが普通だったからさ」
無茶な、という反応は予想してたのだろう。苦笑しつつも引く気配はない。
「街の暮らしに慣れる方が先じゃない?」
「マリッカはあちこちに行くから」
テミストの指摘は尤もであったろうが、首を振るのを見て晶は嘆息した。
「一ヶ所に留まってたんじゃ役に立てない」
「何も、……その」
「無駄だわ、テミスト。こいつマリッカのこと言い出したら絶対譲んない」
失明した身でそうしたことを続けなくともよいのではないかと、あからさまには言えなくて詰まったのだろう。だが、それが困難であることぐらい想像できていないはずもないのだ。
「付き合ってやるよ、慣れるまで」
「いいよ、大丈夫。アキラも帰らなくちゃいけないでしょう」
「鏑木さん――千梨さんの方が片づくまで帰れねえよ、どうせ」
責任を転嫁するには格好の対象であった。
「――また会える?」
「会いに来るよ」
「あたし一生ここにいるとは限らないんだけど」
テミストは指摘した。
「アキラが帰る前に、一度顔見せてくれる?」
「ん、わかった」
実質的には、千梨が用事を片づけて合流したら、ということになるのだろう。最終的には〈門〉に依存するのだから、日時を決めるわけにはいかない。
……先に、心は決めておかなくてはなるまい。次に〈門〉に行き合ったら、帰らなければならないと。去らなければならないと。
「あたしからは会いに行けないし、連絡もできないから」
「それなら、……あ、駄目だ」
大したことではないように言いかけて、すぐに撤回する。
「何か、飛ぶものの模型ってない? 小さくていいの、木製でも布製でも」
「飛ぶもの?」
「鳥とか、虫とか。そういうものに手紙や声を託して、飛ばして届けさせる術があるの。届ける先は前以て決めておけるんだけど」
また魔術だ、と晶は内心嘆息した。否、魔術であるということより、ハル頼みになることが問題なのだ。とはいえ、別の手段も思いつかないのに、当のハルが言い出したことを却下するのもおかしな話である。
「普通は木でささっと削って作ったりするんだけどね」
流石に手探りでそれは厳しい、ということだろう。
閃くものがあった。
「紙は?」
「紙でもいいけど。あるかな?」
「ちょっと待って」
テミストが席を立って、つかつかと厨房へ入っていく。しばらくして厨房とは違うところから、十枚弱の紙束を持って、お母様に貰ったわと戻ってきた。仕事中に押しかけるのはどうなのかと呆れながら、晶はテーブルの皿をよけて場所を作り、そのうちの一枚を置いた。地球の、それも現代の紙と同じような材質であるとは限らないなとも思っていたけれど、どうやら支障はないようだ。




