第21章 力なき 3
「アキラ、テミスト!」
ハルが呼んだ。
晶はぱっと上半身を起こしてテミストと顔を見合わせると、体全体で飛び起きて急ぎ足で歩み寄った。一応杖をついてはいるものの、あまりそれに頼っている様子はなく、足取りはしっかりとしている。後ろにはアティスが荷物を抱えて従っていた。
首に何かごてごてとした紐の塊をかけていて、遠目にはよくわからなかったが、木のビーズを編んだ糸で繋いである代物だった。こちらでは赤青白の三色、あちらでは黒と黄の二色、かと思えば白が二本と緑が一本、それがビーズを通り過ぎると緑が一本白が二本、という具合で、色も本数もばらばらだし、ビーズとビーズの間隔もまちまちだ。それが三連になっていて、ごちゃっとしていて見栄えはあまりよくない。かといって、アティスを宿したペンダントのように、ローブの中にしまい込んでは嵩張るだろう。
「一人でここまで来たの?」
「うん。おばさまにかなり高度な術組んでもらったし」
ビーズと糸の連なりに触れる。ええ、とテミストが顔をしかめた。
「もうちょっと何とかならなかったの、見た目」
「背に腹は代えられないってやつだよ」
両手を伸ばして、それぞれの腕を捕まえる。
「ね、これぐらいはわかるの。表情読んだりするのは大変だけど。自分の後ろだって、やろうと思えば把握できるよ?」
「自分は疲れないわけ?」
「時々休めば大丈夫」
強がっている風でもなければ言い聞かせている風でもない。実際平気そうに、見える。自分たちが大袈裟に騒いでいるかのような、肩透かしを食らったような気分になった。
とはいえ、不安であれ、苦労をせよと強いたいわけではない。本人が受け入れて折り合いをつけたのであれば、周りは尊重するべきだろう。平気な風を装うことに長けていて、こちらが見抜けないだけのことかもしれないと、頭の隅に残してはおいたけれど。
「そろそろ用事言っていい?」
ハルは小首を傾げた。用事があるから出てきたのだ、勿論。
「──〈門〉が発生してると思うよ」
装飾過多なあの鍵を差し出す。晶はテミストを振り返った。
「テミストが使うだろ?」
「──うん」
このときが急に、脈絡なく訪れるのは、手段が手段であるから仕方のないことだった。計画的に心の準備をしておくわけにはいかない。〈門〉の出現を待つしかない――〈門〉が出現すれば、すぐ。
受け取ったテミストに、続けてアティスが荷物を渡す。晶の分もあったので背負った。アティスが案内に立って、三人は後に続いた。伯母に断わってきたのかと問えば、伯母さまが教えてくれたんだよ、との返事が来た。
泉のほとりに、唐突に佇む〈門〉が見えてきた。ロアーデルの館も塀も何もなくいきなり建っていたけれど、こうして建物もなく門だけがそびえている光景に比べれば、さして奇妙でもなかったかもしれない。
緊張の面持ちで、少女は〈鍵〉を挿した。
「お母様のいるところへ。……我らを、導け?」
合ってる? と問うように振り向いた、そのことにハルは気づかない様子だった。きゅっと唇を結んで、テミストは〈門〉を開けた。
食事処のようだった。昼時は過ぎているわけで、客はもうあまりいなかった。いらっしゃいませと迎える声がした。
テミストの後から〈門〉をくぐりかけて、行くんだよな? と晶はハルに確かめる。尤も、そのつもりだから自分たちの分まで荷物を持ってきたのだろう。行こうよ、と案の定の答えがあって、少年たちは少女を追った。
「──お母様」
少女は立ち尽くす店員をみつめていた。背後で〈扉〉が閉じたのと、少女が短い距離を駆け出したのとはほとんど同時だった。
「お母様!」
飛びつき、抱きついた背に手が回るまで、幾らかの間があった。呆然と、幽霊でも前にしたように、彷徨わせた女の瞳は少女と同じオレンジ色をしていた。
「……テミスト」
呼んだ名は、確かに。
「テミスト、あなた……なの」
「あたしよ。お母様」
涙ながらに少女は囁いた。




