第19章 巡り会う 1
有能なアティスは少年少女の愁嘆場に気を取られることもなく、果物と木の実を三人分集めてきた。主人は泣いても悩んでもいなかったためかもしれない。ともあれ、ようやく空腹に意識が向いたときには、乾いた大きな葉を皿代わりに、朝食の支度はすっかり整っていた。
「──誰か、来るね」
ほとんど無言の食事が終わる頃、注意したのはハルだった。視覚を失った分、早くも聴覚が研ぎ澄まされたのか、魔術的な感覚を働かせていたのか。聞き耳を立てれば晶にもわかった。注意深く近づいてくる、殺してまではいない気配。
テミストが杖を引き寄せてハルに持たせた。逆光でも見えるようにしておくから、とハルが囁いて、視界が変化する。アティスが入り口の手前で身構えた。
気配は少し遠くで一度止まった。それから思いきったように、えいやとばかり覗き込んだのは、年上と見える一人の少女だった。先端だけが赤い茶色の髪をして、目尻にも赤が差している。アティスに怯んで半歩引いた、その姿に晶は驚いた。
「血水晶に呼ばれてた……!」
「え? なん」
少女も息を呑む。
「まさかとは思うけど。あのとき、鍵、拾ってくれた子……?」
「です」
「それにあなた、ハルじゃないの? マリッカの」
「血水晶に、っていうことは」
幾分焦りを含んだ声で、ハルが少女を遮った。
「あなた、今、レイさんや……ケアルと、一緒にいるんですか?」
「ケアルはレイと喧嘩別れしてたわ」
レイと二人よ、と肩を竦める。緊張を走らせた三人は、その言葉に一様に安堵の息を吐いた。
少女はアティスをちらりと見た。
「その、青い人は。味方?」
「ですけど」
「なんだ」
こちらも気が抜けたようだった。
「変なのがいると思って見に来たんだけど。早とちりだったか」
鏑木千梨、と少女は名乗った。日本の名前を聞くのは酷く久しぶりで、晶はくすぐったい気分になる。海堂晶と、フルネームで名乗り返したのもそのせいだったかもしれない。
「この間まで、秘宝を探してたの。最初からそのつもりだったんじゃなくて、たまたま話を聞いたからなんだけど。太陽の花っていう、とある山の天辺にしか咲かない花がそうじゃないかって」
橙色してそうね、と呟くのはテミストである。
「結論から言うと、その山の天辺にあったのは本当。太陽の花は違ったけど。こんな大きな蝶々の形して飛んでたわ」
「使ったんですか?」
マリッカとハルとの間に、誰かしら二人が願いをかけているはずだ。
忌々しげに、千梨は顔を歪めた。
「とりあえず回収して帰ってきたのよ。そしたら麓の宿に、太陽の花のこと話してた女がまだいてね。わたしたちに向かって曰く、『あるいは血水晶、あるいは夕日玉、あるいは小太陽、あるいは小満月。姿を変え色を変え、種々の異なる名で示される秘宝よ。我をボイル領主エルク=ボイレスクの最後の后にして、次代ボイル領主の生母となせ』」
「な」
「えっ」
「──荷物の中に呼びかけたんですね」
ハルが見えない目を細める。
「派手に光ったと思ったら、蝶々もそいつも消えちゃった」
千梨の答えはその推測が正しいことを示した。カダって名前よ、カダって女に会ったら気をつけて、と熱心に忠告されても、偶然行き合うことなどそうそうないだろうとは思ったが。
秘宝がそこにあることを、知っていたとは限らない。太陽の花がそれであるという説は誤りだったのだから。そこにしか咲かない、貴重な花であることは本当らしく、レイの勧めで幾らか摘んできたから、無駄足にはならなかったそうだが。そういう判断ができたということは、太陽の花について、つまりはカダの仮説が誤解であることも、わかっていたのではないかと釈然としない顔をしていた。




