第16章 死者への冒瀆 3
マリッカは扉を押し開き、出ていって、閉ざした。鍵をかける気配はなかった。黄色い光はいつしか収まり、ハルが広げた薄明かりだけが残っていた。かなり暗くなったように見えるのは仕方のないことだ。
「──アキラ!」
不意に抱きつかれて晶は当惑した。
「ごめん、ごめんなさい、あたし、こわ、怖くて」
「……テミスト」
無事だった、と息を吐く。やはり自らの意志で姿を隠していたのだ。
「隠れておいて、あいつがいなくなってからって、思って……だけど、あいつがと、とどめ刺していったらって、気が気じゃなくて」
「大丈夫だから。俺は」
「……うん」
二人きりであったらそのまま泣き崩れたかもしれないが、そちらに時間を割くことはせず、テミストはぐいと涙を拭って、晶の手足の布をほどいた。自由になった晶はハルの元へ急ぎ、テミストはやや遅れて、杖を持ってやはり飛んできた。ケアルがどこか奥の方、ハルの手の届かないところに追いやっていたらしい。
ハルは動いていなかった。微笑みを浮かべて目を閉じている。妙に胸を騒がせるのが何なのか、晶は自分でわからなかったが、恐らくはその微笑みが酷く安らかなためであったろう。
「ハルッ!」
「平気……反動……」
微かに、そうとだけ、囁きが届いた。意識を確かめられたのはそこまでだった。
呼びかけても、揺さぶっても、拘束を解いても。晶が抱き起こしても、テミストが縋りついても。それ以上の反応がない。
「ハル、ハル……! どうしよう、どうしたらいいの、アキラ」
「息はしてる、けど」
体が冷えているのは場所のせいだ。自分もテミストも同じことだ。それだけのことだ。不安を覚えるようなことではない。違う。違う。
殴られたのかとテミストに確認して、頭へ向けて飾り紐の魔術を使ってみた。効くことは効いたのかもしれないが、その怪我だけの問題ではないのか、これといって目に見える変化はなかった。テミストも手をかざそうとして、反動って何よ、と泣きそうな声で言った。それじゃわからないよ、ハル。
しばらくハルに気を取られていたのは当たり前のことだった。そのせいで何かしら手遅れになる可能性があったとしても、テミストがはっと息を呑む方がそれより早かった。
「ここにいたら……みつかったら、まずいよね?」
「……信じてもらえないかな?」
明らかに立ち入ってはいけない場所である。ここにいるのは〈門〉を通ったためだと、ハルが嘘のない返事をしたとき、しかしそれは事実を知る自分にも空々しく聞こえたではないか。
テミストは通路へ目を向けた。
「秘宝や〈門〉のことはともかく、あの、ケアルっていう人のことは」
「そこかよ」
理解して、晶は舌打ちをした。盗品にならずに済んだ品々が、出しっ放しでそのまま並んでいるのだ。墓荒らしを働こうとしたのは、自分たちではない別の人間です──ああそうだろう、この主張が一番疑わしいだろう、秘宝や〈門〉の存在を信ずればこそ!
「ハルを……運べるかな、二人で……」
置いていくという選択肢は浮かびもしなかったが、さりとて連れていくのが容易なわけでもない。意識のない体を一人で抱えて歩く自信はなかった。こうして座ったまま抱きかかえているだけで、思いの外にずっしりと、預けられるのだ。テミストと二人がかりなら何とかなるだろうか?
杖も持っていかなくてはならない。そのことも忘れはしなかったものの、意外に厄介な制限だった。四つある手が一つ、これで塞がってしまう。それとも上手く脇にでも挟んでおけるだろうか。うっかり取り落としたとしても拾い直せればいいけれど、慌てた弾みにハルを支えている手が滑ったら、……そうした心配は始めればきりがない。
大人がいれば。幼児ではなくとも子供の範疇にある、少年といえど小柄な体だ。自分たちよりもきっと楽に、連れていってくれるだろうに。
――閃いたのは同時だった。
少年と少女は顔を見合わせた。
「アティス!」




