第14章 研究対象 3
「ハルも無理には訊かないと思うし」
「あの、あのね、あなたたちを信じてないとか、騙してたとかいうんじゃないから」
「いいってば」
苦笑する。場合によっては明かしてしまった方が、本人としても楽なのではないかとも思ったが。
自分とて、この世界へ来た経緯を包み隠さず語れと言われたら、できれば断りたい。それが危険を招くようなら話は変わってくるけれど、それなら――そう予想できるなら、ちゃんと告げるだろう。客観的な判断ではなくて、親しい相手を信じたいという多分に主観的な希望ではあっただろうが。
ハルがアティスを伴って出てくるまで、あまり時間はかからなかった。
「足まだ痛い?」
「うん」
「見せて」
杖を片手に持ったまま、反対の手を足首にかざす。ほんのりとした光がそこを包み、なくなった。
「どう?」
「……あ、平気」
動かしてみて、立ってみる。拍子抜け、といった調子の声がこぼれた。
よかった、とハルは杖を背中に戻した。
「やっぱりちょっと不安でさ、あの中で人の体に影響することやるの。すぐやらなくてごめんね」
「ううん。それどころじゃなかったじゃない」
「……っていうか、今気がついたんだけど、これ使えたんだな?」
晶は袖をまくった。草色と土色の糸で編み上げた紐が、軽い負傷なら治してしまえる癒やしの魔術を込めてあるのだった。飾り紐のことまでは思い出して、実際に行使もしておいて、効果もわかりやすいこちらを失念していたとは。
「あ。それあたしも貰った」
「おい」
「ま、まあ、使ったら減っちゃうし?」
「あの中で使って、思いがけない変なことになっちゃうよりよかったよ。次に怪我したときに、僕が近くにいるとも限らないし」
笑いを噛み殺すハルは、気を悪くしても呆れてもいないようだった。
しかし、それから、真面目な顔になる。青い瞳をぴたりと据えた。
「アキラのこともアティスのことも、テミストのことも。ロアーデルは興味持ってたみたいだったけど」
テミストが身を固くする。ハルが来るのを待ってから話すんだったかな、と晶は反省した。二度繰り返すのは、きつかろう。
語るより雄弁なその様子をみつめてから、ハルはにっこりとした。
「知ってた方が力になれそうだったら教えて。アキラがどこから来たか知ってなくちゃ、帰り方なんて探せなかったし、テミストのお母様のことだって、知らなかったら手伝えなかったもの」
テミストは目を見開いて聞いていた。ありがと、大丈夫、と答える小声は最後まで行かなかった。ぽろぽろとこぼれた涙を拭い、そのまま両手で顔を覆う。
ちらりとハルがこちらを見たので、晶は肩を竦めてみせた。自分も約束したけれど、こんな様子を見せられては余計訊けやしない。
じゃあ、と幾分おどけた口調になって、ハルは右手で何かを掲げた。
「戦利品です」
手首から中指の先までと同じほどの長さのある、ごてごてと矢鱈に装飾のついた、トパーズ色にきらめく大きな鍵。
「〈門〉と同じ括弧をつけて〈鍵〉っていうところかな?」
どこにしまってあったかも、どのように使うかも、ロアーデルの意識が誇らしげに教えてくれたという。その場で見た目に注文をつけない程度には、少年魔術師は賢明であったろう。
「これでテミストはお母様のところに行けるし、アキラは帰れる」
──帰れる。
心の弾まない、言葉だ。
「……なんか、ちょっと呆気なかったな。つうか俺何もしてないし」
「ちゃんと裏から入ってればもっと何もなかったよ」
「何もないのが一番だな! 平和がいいな!」
自分の気を逸らすように言って、ハルの指摘に幾分大袈裟に返して。その様子にテミストが少し笑った。それが狙いであったわけではなかったが、気分が僅かでも上向いたのなら重畳というものだ。




