表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何を願って  作者: 文絵
4/101

第1章 ここでないどこかへ 4

 自嘲の混ざる溜め息を吐いて、踵を返し、扉を離れる。他にどうしようもないから、道に沿って歩き始めた。結局ここでも、当てもなく、意味もなく動き回るのか。


 普段と違う景色の中は、けれども存外心楽しかった。散策はいつしか趣味の域に達していたのかもしれない。


 最終日の試験の帰り道のようにゆっくりと歩を運んだ。舗装などという言葉とは縁遠そうな足元は、タイヤには酷であろうがスニーカーには何でもない。森の木々は名前こそわからなかったが、どことなく馴染みやすく親しみやすく、見慣れているような錯覚さえ与えた。よく繁っているがやはり道の上空までは覆えず、少し目を上げれば澄んで高い空が映る。鳥のさえずりが時折聞こえた。


 空気が美味しい。都心ではないにせよあの町も、田舎よりも遙かに都会に近かったのだと、呼吸を味わいつつ考える。排気ガスが充満してこそいなかったにしても、ここの空気の清さ、豊かさには負ける。足取りは軽くなった。


 森の果てが見え、やがて辿り着くと、外には草原が広がっていた。想像しようとしたことはあり、テレビ画面で見たこともあるが、現実に前にすればやはり足が止まった。広い――なんて、広い。地元ではお目にかかれるはずもない地平線に目を細め――左手に立ち並ぶ木々の、一本の根本を晶は見下ろした。少年が蹲っていた。


 幹を背にして膝を曲げ、膝頭に両の腕を載せ、腕の中に頭をうずめている。時々震えるのは泣いているためだろう。誰に聞かれるとも思うまいに押し殺した噎びが、こぼれて耳をつついたのだった。


 髪は薄い茶色で、ベージュと言ってもいいかもしれない。身にまとうのは魔法使いに似合いそうなローブ、たっぷりしたフードが首の後ろに垂れている。黒くはなく、藁半紙のように冴えない色をしていた。背中には、形容しがたくくねった先端を上にして、明るすぎない木の茶色をした杖を負っている。


 無論、先の少年であろう。どうとも言葉をかけられず、晶は立ち尽くした。


 事情はわからずとも、気の毒だと、少なくとも気の毒そうだと思う、同情めいた気持ちと。付き合わされると鬱陶しいのではないかという、面倒に感じる気持ちと。


 躊躇なく立ち去れるほど、割り切れる性格ではない。立ち去っていく先の当てがないためでもあるが、無視できるほど冷たくはない。だが、手を差し伸べようと思うほど、温かい、もしくは世話焼きな心の主ではないことも事実であった。世話を焼くまでもなく、自力で立ち直ってくれればよいのにというのが、正直なところであったろう。


 どちらにも決められず、どれほど経ったか。


 胸を抉る嗚咽は、それでも段々と収まってきた。何となく気が緩むと共に、そちらへひねった状態でしばらく動かさなかったからか、首筋に生じた凝ったような痛みに意識が行った。指をやってほぐすように押さえ、再び少年へ目を向けながら、足も少し動かした。体重が左足にかかろうとした瞬間、右の足首がぱきっと鳴った。


 腱や骨がどうなったわけでもない、間々あることだ。人の気を引くような大きな音でもなかったが、晶は反射的に肩を竦めた。寧ろその気配を感じ取られたのかもしれない。少年は頭をもたげた。


 視線が噛み合った。


 逃げられなくなったと、悟らざるを得なかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ