第1章 ここでないどこかへ 4
自嘲の混ざる溜め息を吐いて、踵を返し、扉を離れる。他にどうしようもないから、道に沿って歩き始めた。結局ここでも、当てもなく、意味もなく動き回るのか。
普段と違う景色の中は、けれども存外心楽しかった。散策はいつしか趣味の域に達していたのかもしれない。
最終日の試験の帰り道のようにゆっくりと歩を運んだ。舗装などという言葉とは縁遠そうな足元は、タイヤには酷であろうがスニーカーには何でもない。森の木々は名前こそわからなかったが、どことなく馴染みやすく親しみやすく、見慣れているような錯覚さえ与えた。よく繁っているがやはり道の上空までは覆えず、少し目を上げれば澄んで高い空が映る。鳥のさえずりが時折聞こえた。
空気が美味しい。都心ではないにせよあの町も、田舎よりも遙かに都会に近かったのだと、呼吸を味わいつつ考える。排気ガスが充満してこそいなかったにしても、ここの空気の清さ、豊かさには負ける。足取りは軽くなった。
森の果てが見え、やがて辿り着くと、外には草原が広がっていた。想像しようとしたことはあり、テレビ画面で見たこともあるが、現実に前にすればやはり足が止まった。広い――なんて、広い。地元ではお目にかかれるはずもない地平線に目を細め――左手に立ち並ぶ木々の、一本の根本を晶は見下ろした。少年が蹲っていた。
幹を背にして膝を曲げ、膝頭に両の腕を載せ、腕の中に頭をうずめている。時々震えるのは泣いているためだろう。誰に聞かれるとも思うまいに押し殺した噎びが、こぼれて耳をつついたのだった。
髪は薄い茶色で、ベージュと言ってもいいかもしれない。身にまとうのは魔法使いに似合いそうなローブ、たっぷりしたフードが首の後ろに垂れている。黒くはなく、藁半紙のように冴えない色をしていた。背中には、形容しがたくくねった先端を上にして、明るすぎない木の茶色をした杖を負っている。
無論、先の少年であろう。どうとも言葉をかけられず、晶は立ち尽くした。
事情はわからずとも、気の毒だと、少なくとも気の毒そうだと思う、同情めいた気持ちと。付き合わされると鬱陶しいのではないかという、面倒に感じる気持ちと。
躊躇なく立ち去れるほど、割り切れる性格ではない。立ち去っていく先の当てがないためでもあるが、無視できるほど冷たくはない。だが、手を差し伸べようと思うほど、温かい、もしくは世話焼きな心の主ではないことも事実であった。世話を焼くまでもなく、自力で立ち直ってくれればよいのにというのが、正直なところであったろう。
どちらにも決められず、どれほど経ったか。
胸を抉る嗚咽は、それでも段々と収まってきた。何となく気が緩むと共に、そちらへひねった状態でしばらく動かさなかったからか、首筋に生じた凝ったような痛みに意識が行った。指をやってほぐすように押さえ、再び少年へ目を向けながら、足も少し動かした。体重が左足にかかろうとした瞬間、右の足首がぱきっと鳴った。
腱や骨がどうなったわけでもない、間々あることだ。人の気を引くような大きな音でもなかったが、晶は反射的に肩を竦めた。寧ろその気配を感じ取られたのかもしれない。少年は頭をもたげた。
視線が噛み合った。
逃げられなくなったと、悟らざるを得なかった。




