第7章 使命 3
正義感とは違うだろう。同情でもないだろう。釣り合わないと思うのでもない。自分のために、嫌なのだ。
レイは動じなかった。
「俺の予言は簡単に言えば、起こりうる未来を幾通りか知ることのできるものでね。俺が見たことのあるどの未来においても、ゼラムが領主である限り、イリェは必ず荒廃する。乱れたといっても、同じ人間のやることはそうそう変わらない」
マリッカがゼラムを悪と断じたのは、我欲のためにアケイルを殺したためばかりではない。そうして乗っ取った地位において、さらに悪事を働くからだ。イリェを滅びに導くからだ。イリェばかりではない、近隣の国も悪影響を受ける。
マリッカはこの問題の解決を志した可能性がある。ケアルとの接触によって、懸案事項の中で優先度を上げた可能性がある。血水晶の聞き入れた祈願が、千梨の召喚された理由が、これであったら? マリッカ自身で手を下さずにゼラムを葬りたいと――いや、そうした直接的な頼み方ではなかったかもしれないが。
それを達成しなければ、自分の世界へ帰れないのだとしたら。
青年は淡々とそうしたことを述べた。
「……前に弟を殺したことの罰はあった方がいいと思うけど」
それは死罪と同義かもしれないけれど。
「殺すのは絶対やです。死んだ方が世のためだって人間は実際いると思うけど」
誰にでも更生の可能性があるという夢を千梨は見ない。救いようのない人間はいると考える。自分の手で、と言われなければ、逆に推奨することさえあるかもしれない。
それでも。
「……あたしが頑張れば止められたはずの人が死ぬのは嫌だ」
「……ふうん」
語調は弱まったものの譲らない千梨に、レイは失望するでも憤慨でもなかった。顎に指を当てて、目を細めて、何か思考を巡らせている様子は、少々不安を覚えさせたけれど。
きろりとその目が動いて、恐る恐るみつめていた千梨のそれと合った。心臓が一拍不穏に鳴ったが、青年の口の端はついと均等に吊り上がった。
「ケアルにつかなくてよかったな。あいつは納得しないよ」
了承だと理解するのに十秒以上かかった。
理解してからは盛大に息を吐く。ぎょっとさせられたではないか。
「これを渡しておく」
不意に差し出されたのは、掌に乗る大きさの土鈴であった。
「連絡用に。魔法仕掛けだ。鳴らすと俺にわかるようになってる。使えるのはあと三回」
「回数制限あるの?」
「魔術を一度に込められるのが五回分なんだ。一度やったら空になるまで込め直せない。使いきったら補充するよ」
「……予備とか」
「ない」
ぴしゃりとやられた。
「それ自体が予備だ。俺と連絡を取ろうなんて人間はマリッカとハルぐらいだったし、二人とも魔術師なんだから」
道具など介さなくとも、意思の疎通は魔術で果たせるし、その方が楽だ。魔術師であると周囲に悟られたくないような状況でもなければ出番はなかった。そうした状況を想定して用意しておいたこと自体が、念には念を入れた結果だという。そこまで言う割には二回も使ったわけね、と千梨は思ったが黙っておいた。
呼び出そうと意識して揺らさなければ鳴らないというので、振ってみて鳴らないことを確かめる。内部で動く重みは感じるのに、からりとも音がしないのはおもしろかった。これもレイが調達してきた鞄に入れるか服に入れるか、少し考えて服の方にしまう。
応えなければならないという、使命感も義務感も覚えないものの。それならいいやと帰してもらえるわけではないのだから、結局は動かざるをえまい。酷い強制だ。血水晶の、即ち無生物の作用では、かといって恨むわけにもいくまいが。
そんな消極的な理由で人一人殺せる千梨さんじゃございませんよと、レイにぶつけても仕方ない反発を、内心ではきっちり言葉にしておいた。




