第7章 使命 2
教科書でも暗唱しているかのような調子で、少女は別段生々しさも感じなかった。
「その、ゼラム? マリッカが怖くなかったのかしらね?」
「コルカ領主の娘がイリェ領主を討ったら戦争をしかけたも同じだろう。おいそれと手を出せるわけがない」
「おいそれとじゃなく出してくるかもしれないじゃない」
理屈だけで安心できるものではあるまい。自分が最初の一人になるかもしれない、という恐れも生じうる。実際には生じなかったようだが。
「とにかく、正統な継承者はケアルさんだったわけね」
「血筋としてはな」
レイは含みのある言い方をした。
「確かに、マリッカはゼラムを悪しき存在であると判断し、除くことが可能であれば望ましいと考えた。が、それはケアルを善き存在であると判断することと裏表ではないし、ゼラムの後に据えるべきであると考えたことを意味しない。ケアルはそこを履き違えてた」
加害者が紛れもない悪人であろうとも、被害者が揺るぎない善人であるとは限らない。
「第一、あのマリッカが、ケアルなんていう個人如きの味方になるものか。血水晶の所有権と使用権を認めただけだ。その血水晶が消えた以上は本当に何もないよ」
「……マリッカが使ったのよね?」
「ケアルが譲ったそうだ」
奪い合いをしておいて、いざとなると代償を恐れたのだという。わからないでは、ないけれど。
レイはきゅっと荷物の口を結んだ。
「これからどうするの? マリッカの遺志を継ぐわけ?」
「マリッカが何より嫌う発想だな」
鼻で笑われた。……そういえば、好かれることを嫌うような人間なのだった。
「他人のため、ってやつが大嫌いでね。自分のため、以外の動機を認めない」
「盗賊退治とかしておいて?」
「あれは世のため」
そう言ったのは冗談だったらしい。
「盗賊が気に入らない。無辜の民が盗賊に脅かされ、不当に命や財産を奪われる世の中が気に入らない。だから潰しただけのことさ。一肌脱ごうだの、自分が引き受けようだのいう意識は全くない。結果的に世のため人のためになるとしても、マリッカは徹底して自分のためだけに動いた」
好かれることを嫌う、というのもそういうことなのだ。マリッカでない誰かが、マリッカを基準にすることを嫌う。マリッカのためにと称して思考し、行動することを嫌う。我が身の安全のためであると認めるレイは、ゆえに眼鏡に適ったわけである。
千梨は顔をしかめた。言葉の意味は理解できていると思うのだが、マリッカの話は何度聞いてもどうも腑に落ちない。エルの住人の精神構造は自分たちと異なるのだろうか。
「人付き合いにトラウマでもあったの、それは」
「情に流されることを嫌った、と言えばわかりやすいかな? 極端だけれどな」
遺志を継ぐ、ということを嫌うのも、その人物の遺志であるということが動機になるのを嫌う、ということだ。賛同すること、倣うことまで否定するものではない。
こだわるのね、と半ば呆れて呟く。それはもう『遺志を継ぐ』でよいのではないか。
「──君なら、国のしがらみに囚われずにゼラムを討てるな」
「え?」
話が変わったことに一瞬ついていけず、きょとんと見返す。
一拍置いて、理解した。
「討つって。殺すってこと」
「勿論」
「やだわよ!」
少女は悲鳴を上げた。
「わざわざ別天地の人間を連れてきたからには、ここの人間じゃできないことを託したいわけだろう」
「法治国家の一般人に託すことじゃないでしょ! やだからかねっ、直接的にも間接的にもっ」
怒鳴って息を弾ませて、それから閃いて付け加える。
「あんたがやってよ、って問題でもないからね」
ここは日本ではない、地球ではない。世界が違うし、時代が違う。マリッカが悪人を成敗した──殺したという話も、英雄の現実とはそういうものだろうと受け入れられるのはだからこそだ。
だが、自分の身近で起こるとなれば別問題である。自分で手にかけるのも。自分が引き金になって、他の誰か、もしくは何かが死なせる結果になるのも。自分ではない身近な誰かがそうするのも。




