第7章 使命 1
「ケアルさん、本当に出てっちゃったわよ」
着慣れない服のあちこちを引っ張っては整えながら、千梨はレイに声をかけた。古着屋で調達してきたらしい、簡素なものである。派手な衣装でも洒落た衣装でもないのに、異文化のものであるだけでどうにもこそばゆい。
「あれはあの人が間違ってたわけでもないと思うけど」
レイがあまりに平静でいるものだから、ケアルが咎めて一悶着あったのだ。感情的につかみかかったり怒鳴ったりしていたケアルを、しかし責めるのは酷だろう。
マリッカの亡骸は父たる領主に引き取られていった。秘宝のために死んだという話がどの程度信用されたものか、そうでもなければあのマリッカが敗れるはずがないと納得できるものなのか、千梨には感覚がわからない。普通に考えれば青年たちが疑われてもおかしくないだろう。とりあえず受け入れられたようではあったが、二人とも領主が気を変えないうちにコルカを離れることにしたらしい。葬儀には参列していられない。
「俺がついてたのはマリッカ。マリッカがケアルについてたんだ。マリッカがいない今、俺とケアルが行動を共にする理由はない」
こちらへは目もくれず荷物を整理しながら、レイはしかし口ではきちんと答える。
「君が俺につく理由もない。ケアルについてもいいし、何なら一人で動いてもいい」
「動けません」
千梨は片頬を膨らませた。
「……まあ、ついていくっていうか、一人にしない方がよさそうな感じだったのはケアルさんの方だけど」
ショックが大きかったことは傍目にも明らかだった。だが、千梨は付き添って支えてやるにはこの世界に疎すぎるし、異世界に引きずり込まれて自分こそ途方に暮れているわけで、他人を助けるどころではない。それに──。
「あの人、あれをコルカのどこでみつけたの?」
血水晶の入手経路。そこに、不審を覚えたのだ。
「何か、すごく……勝手に入っちゃいけなそうな感のあるとこで、赤い玉を持ってるのが見えた」
出ていくケアルを呼び止めようとしたときに、目の前にない景色がまたよぎったのだ。声がなかったのは、単にそのとき喋らなかったためだろう。
レイは手を止め、目を向けた。
「君は過去を見るのかい?」
「今言ったので二回目。これのせいじゃないかと思うんだけど」
千梨は目元に触れた。こちらへ来る以前に、あんな経験をしたことは一度もない。
「誘導されてるみたいな気がして。あの人はやめとけって」
一度目はレイを避けるなと。二度目はケアルを避けろと。
青年はしばし首を傾けてから、見解も感想も述べることなく作業に戻ってしまった。特に何もわかんないわけねと、気を悪くはしないものの少女は思う。
角度によって異なる色味に見える、いかにも普通の布ではなさそうな素材でできたリュックめいた袋と、木の皮を編んで作ったらしい二つの箱――柳行李のような気がするのだが、昔の日本よりも明らかにヨーロッパに近い文化の中で、その単語はどうにも似合わない。ともあれ先ほどから見ていると、結構な量を収納しているはずなのに、入れる位置に迷う様子もなければ、入るかどうかと危ぶむ気配もなかった。魔法仕立てだということだろうか。大きさだけでなく重さも減っているとよいのだけれど。
「本人もいなくなったことだし、ケアルのことを話そうか」
話はそちらへ戻った。随分な出だしに少女は眉をひそめた。
「ケアル=アケイリオ=イリウス。イリェの前領主の孫にして、現領主には甥に当たる。父親のアケイルは前領主の嫡男だった」
こちらもそんな身分なのか。
前領主は老齢になっても正式に引退することはなかったが、晩年はアケイルがその補佐をし、体調の優れない折には代わって政務を執ることもあった。いい統治者だった、とレイは評した。アケイルが順当に跡を継げば、イリェ国内は安泰だっただろうと。
ところが、前領主が没したとき、アケイルの異父兄になるゼラムがそこに待ったをかける。前領主から見れば妻の連れ子であり、領主の家の血は引いていなかったが、兄が弟の下に立つことがあってはならないと主張したのである。
結果を言えば、ゼラムはアケイルを殺害して領主の地位を我が物とした。アケイルの息であるケアルは、身の危険を感じて自らイリェを去った。




