第5章 魔女の忠告 3
「……ちょっとペン貸して。一番上が『門』?」
リストの五列目に日本語を添えていく。別に覚えるつもりでもないが、意味がわかっていた方が、霧の中を手探りするような、途方もないような心持ちは減じる気がする。
「君の国の文字? 書けるんだね?」
「ん? ああ、俺のいたとこでは大体みんな読み書きはできるよ」
「発展してるんだ」
「……まあ、一応」
学校が心地よい場所でなくなったのは学校制度自体の責任ではないが、褒められると複雑だ。晶はそそくさと、先頭から調べ始めた。ハルも先ほどから取り組んでいた本に戻った。会話は途切れ、ページをめくる音が時折響くばかりになった。
時計がないから、どのくらい経ったかはわからない。ハルが本を閉じて、小さく溜め息を吐いた。それからこちらに目を向けたのだろう。
「休んでいいよ?」
苦笑めいた声がかかるのを合図に、晶は机に突っ伏した。見も知らぬ文字を追いかけるのは、思った以上に疲れる作業だった。
「検索機能欲しい……」
ぼやいたときには深く考えていなかった。電子書籍でもないのに無理な注文だと一蹴されるだけだと、何となく想像してはいたかもしれない。
それからはたと顔を上げると、少年魔術師は目をぱちくりさせていた。
「できない? 『門』ってとこだけ赤くするとか」
「――いいね、それ」
感心したように、その表情が明るくなる。やった、とほくそ笑むよりも、晶は安堵の息を吐いた。魔術が何をどこまで可能にするものかはわからないけれど、これは可能になるらしい。
しかしハルは真面目な顔になって、口元に指を当てて考え込んだ。まずいことでもあったろうかと困惑していると、視線に気づいて頬を掻く。
「そうするやり方を考えた方が早いか、普通に読んだ方が早いか考えてるの。できるとは思うけどやったことないから。それに絶対手懸かりが載ってるとは限らないし」
「あー……」
「おばさまがいたら訊くんだけど」
言いかけて止めたのは、何のことはない、晶の腹が不意に鳴ったためである。一拍、妙な沈黙が下りて。
「休憩が先かな」
「……お願いします」
肩の力が抜けて、二人は笑った。
喉が乾いた。座り通しで歩きたくなったためもあって、晶は書庫を出た。台所は何度も使ったから行き方はわかる。裏口から入ってすぐのあの場所ではなかった、あちらは魔術の薬や何やを作るのに使っているのだという。水差しとコップと水瓶ぐらいなら触わっても大丈夫だろうと、家主の弟子も引き留めなかった。
調べ物は一日では終わらなかった。二人は夜は寝室で、残りの時間は専ら書庫で過ごした。あとは食事時に台所に移動するぐらいで、作った料理は食堂に持っていくまでもないとそのまま台所で食べた。外へ出なかったのは、天気がよくなかったためもある。
ハルとはほとんど一日中顔をつきあわせていることになる。うんざりした気分にならないのは、そうはいっても実際にはどちらも本ばかり見ているからかもしれない。晶にも仕事を与えてから、ハルは退屈凌ぎにと話しかけるのをやめて、調べ物に集中した。魔術による検索も実現してくれたので、晶はせっせとページを繰っては赤く変じた文字を探した――ただ、複数の単語を同時にハイライトするのは難しかったようで、最初は『門』だけを赤くして調べ、次には『扉』だけを赤くして調べ、という風に一種類ずつ進めている。ハルには中途半端だと謝られたけれど、とんでもない、格段に楽になった。




