第5章 魔女の忠告 2
晶はラリサ――という名はまだ耳にしていなかったが、マリッカの師にしてハルの師であり、また伯母でもある魔術師の館で一夜を過ごし、エルでの二日目を迎えていた。ラリサはあれきり姿を見せなかった――マリッカの弔いに列席するのだろう。その先は全て、寝室の用意も食事の用意も、着替えを見繕って貸すのも、弟子の采配によった。かつてはここで暮らしていたと、言うなれば実家なのだというのが本人の言であった。
「ロアーデルっていうのは、魔術師で、研究者でね。秘宝が同一のものだってつきとめたのもあの人」
伯母が出した名前についてはそう説明した。その研究者であれば、〈門〉の行き先を操作する方法をみつけていてもおかしくないし、出現する場所を予測する方法も編み出していたかもしれないという。そういうわけで、今日は朝からロアーデルの研究書を引っ繰り返しているのである。手持無沙汰になる晶に、時折話しかけながら。
書庫は広かった。館の一部ではあるが、図書室よりも図書館を思い出させた。書棚は天井にまで届いており、大概は分厚い、しっかりとした装丁の本で埋まっている。机と椅子と本棚ではない戸棚、という組み合わせが、窓辺の入り口付近から奥部まで、等間隔に四組あって、少年たちは入り口から二番目の机に向かっていた。
ロアーデルの本を持ってきて、と指示された使い魔が探索に当たっているはずで、時々何冊か携えて戻ってきては置いていく。分厚い本が徐々に増えていくので、え、これ結構大事なの、と晶は内心冷や汗を掻き始めた。
「ごめんね。時間かかって」
「あ、いや、俺のことだし。急いでないし。っていうかこっちこそ悪い」
自分から巻き込まれたのに、早く帰りたいというわけではないのに、という点を置いておいても、こう懸命に調べている姿を見せられながら、しかし眺めているだけというのは気が咎めるものである。
「字のことは仕方ないよ。アティスは読めるはずだけど、まずは本を探してもらわなくちゃいけないから」
「っていうか、あいつ読めるんだな」
「人間程度の知性はあると思うんだよね。少なくとも『ロアーデル』の綴りはわかってるし、本のどこを確認すればいいかもわかってる。魔術のことはわからなくても」
そこで言葉を止めたのは、何か閃いたためらしい。
「そうか。アキラ、手伝ってもらえる?」
「できること?」
ハルは戸棚から紙とペンを出してきた。魔術でちょちょいと取り寄せたりはしないんだな、などと眺めている間に、考え考え数語書きつけて示す。
「いい? 上から、『門』『扉』『窓』『蓋』、あと念のため『入り口』。こっちが筆記体で、こっちが印刷体。あ、それに、もし括弧がついてるとしたらこれ――括弧はわかる?」
「んあ? わかるけど」
「このうちのどれかが出てこないか調べてくれる? みつかったら内容は僕が読むから」
「あ、なるほど」
文章全体を読み解く必要はないのだ。
「どれから行く?」
別段楽しそうな作業というわけではないが、何もできずにぼんやりしているよりもずっとよい。乗り気になって顔を上げた、その前にずずずと押し出されてきたのは、一番分厚い、ページの大きい本であった。図鑑ほど、いや、もう二回りほど大きいかもしれない。え、と固まる晶をよそに、大文字もあった方がいいな、などとハルは独りごちて横に書き足している。
恐る恐るページを開いてみれば、本に合わせて大きな文字で書いてあるということもなく、教科書と同じほどの大きさの字が、六段組みになってびっしりと並んでいた。
ばたりと閉じる。やめようかなとも、一瞬思ったが。




