第4章 英雄 3
「申し分ない終焉だ。あの秘宝の代償による死」
クッ、とレイは口の端を上げる。
「俺は運命に拍手したいね! これ以上の最期があるものか」
天井を仰ぐ。笑い出した。千梨は後ずさるようにした――といっても椅子の上なので、背中が背もたれに当たるところまで、体を引いたということだ。だが、高らかな笑い声が多分に、自棄な響きを含んでいると気がついた、その刹那。
目の中を一つの光景がよぎった。耳の中に一声、二声、叫びが走ったようでもあった。印象的な記憶があざやかに蘇ったかのように、しかし立ち会ってなどいないはずの。
見えたのはレイとマリッカの姿。聞こえたのはレイの声。
──何を願った!
その響きは落ち着いたものでも、悲しみを含まないものでもなくて。
瞬きをしたときにはもう消え去っていて、余裕ある表情の青年がそこにいるばかりであった。……だが。
平然としているようなのは、強がりかもしれない、他人に弱みを見せない性質なのかもしれない、押し殺した裏返しであるのかもしれない、無論ひょっとしたら見たままかもしれないけれど。
「油断して、それとも実力が落ちて、つまらないやつに敗れるなんてことは認めがたい。驕って、それとも見誤って、討つべきでない者を討って評判を落とすことも許しがたい。討伐から手を引いて、かつての英雄も今や役に立たないと謗られることも」
けれど、秘宝が相手ならば。何人も免れえない、かの秘宝の代償ならば。敵わなくて当然だ。英雄の名は傷つかない。
それは本心であろうと思えた。そうした心境に至るには早すぎる気はするけれど、今が死の直後であるという点を除けば、理解できないものではなかった。いずれ辿り着いてもおかしくない心境であれば、早すぎるといって訝しがるのは理に合わないことかもしれないと、そこまで肩を持つのは行きすぎだろうか?
「で……それと引き換えにマリッカが何を願ったか、あなたは知らないのね?」
「お察しの通り」
レイはテーブルに肘をついた。
「当のマリッカは死んでしまった。知っているのは秘宝だけだ。君が聞いていなければ」
「聞いてない」
千梨は二つの拳を握った。
「……あたしは何をすればいいの」
マリッカの願いを叶えれば、血水晶に託された使命を果たせば、帰れるだろうという推測に根拠があるわけではない。定番だというだけだ。だが、そうした取っかかりさえないのでは。
「わかってるさ。考える。──マリッカの方が片づいたらな」
少しだけ弱まった語調に、悼む気持ちはちゃんとあるようだと感じる。身内に知らせて弔う必要がある、それが最優先だと言われれば、勿論そうしてくれと頷けた。それで自分が蔑ろにされたとは思わない。
と、青年は指を一本こちらへ向けた。
「一つ、確認だ。その赤い目と髪は生まれつきか?」
「え、目も赤くなってる?」
「ここが」
その指を返して、自分の目尻にとんと当てる。瞳ではなかった。
髪は自分でもわかる。自分の意志で茶色に染めていた、その先端が自分の意志でなく赤に染まっていること。目では、わからない。血水晶の影響だと、指名された証だろうという推測は、どちらにも難なく立つけれど。
先ほどよぎった光景は、この目のせいだったのだろうか。どうせならその前、マリッカが願いを口にしたときを見せて、否、聞かせてくれればよかったものを。
気が利かない、というよりも、利かせるつもりがないのだろう。相手が非情物ではないかのようにそう考えて、前途は多難でありそうだと千梨は溜め息を吐いた。




