第4章 英雄 1
日本人にも東洋人にも滅多に見られないような、怖いほどに深い漆黒の髪が、青褪めた頬の傍らをつややかに流れている。閉じた瞼も唇も、確固たる意志を持って今の姿勢を保っているかのようだ。死者への敬意や畏怖の問題でなく、千梨は萎縮した。とても――厳しい。電車の中で着信音でも鳴ろうものなら、地獄行きの判決を下すようなまなざしで持ち主を貫くのではなかろうか。そんな機会は生き返っても得られないだろうけれど。
「……確かに、この人よ」
金髪の若者に、鏑木千梨は囁く。行く手に立ちはだかった、赤く透き通った女性の姿。短い時間だったし、一繋がりで一色でわかりづらかったものの、間違いなくこの娘と同じ顔をしていた。こちらからは想像もつかないような楽しげな表情であったにしても。
娘といっても二十歳ばかり、千梨よりも年上である。了解と頷き、部屋の外へといざなう若者も、やはり二十歳前後と見えた。瞳は深く深い紫で、軽く吊り上がった目つきはやや鋭すぎる嫌いがあるが、整った顔立ちは千梨の好みに合っていた。多少の疑いや胡散臭さを覚えても突き放さなかったのは、現金にもそのためだったかもしれない。
即席の霊安室を出ると、少女はつい息を吐き出した。導かれた別室には簡素な木のテーブルと椅子があり、青年は千梨のために椅子を引いた。動作が自然だったので、照れも礼もなく当たり前のように千梨は腰かけた。
「血水晶で決まりだな」
向かいに座って、若者が呟く。名はレイというらしい、今一人の青年がそう呼びかけていた。
「マリッカが血水晶に願いをかけ、血水晶が君を連れてきた。代償にマリッカの胸板を突き破って」
「怖いんだけど」
「真っ当な感性だよ。気味悪がられるところも含めて代償なのかもしれないな」
肩を竦める。
「さっきの人は?」
「ケアルなら部屋で落ち込んでるんだろ」
そっけない返事が来た。姿が見えないあちらの青年は焦げ茶色の髪と目をして、レイより二、三歳年上と思しく、はっきりと憔悴の色が窺えた。
「……さっきの子は?」
「ハルはマリッカに嫌われていたから」
「死に顔ぐらい、いいんじゃないの」
「ハル自身が嫌がるんだよ、マリッカの気に染まないことを。さっきは動転してたようだけどな」
普段の頭があれば自分から避けたところだ、と語る様子は冷淡ではあったが、本人を追い返したときほどではない。とは、いえ。
千梨が眉を寄せたためだろう、説明はもう少し続いた。
「マリッカは好かれることを嫌っていたんだ」
「何その面倒なの」
「真っ当な感性だ」
レイはまた言った。
「ハルはそれをわかって一歩引いていた。ケアルはどうやら理解していないな」
「あなたは?」
マリッカの連れと称していたはずだ。好かれることを嫌う人物の、連れとはどういうことなのだ。
それに――ケアルやハルに比べて、平然としすぎている。悲しんでいる様子が窺えず、身近な人間が死んだばかりとは到底思えない。冷静に話せる相手がいる方が、千梨としては助かるけれども。
「俺とマリッカは利用し合う間柄だったね。俺はマリッカについていれば確実なのを知ってたし、マリッカには俺の予言が役立った」
「予言者なの」
「君が来るまではな」
君が来たことで運命が乱れた。俺の予言はここまでだ。今の俺は予言者でもマリッカの連れでもない、さしたる腕もない一魔術師にすぎない。君の担う未来は見えない。青年は淡々と述べた。




