第3章 魔女の館 4
――わかりそうなものだったじゃないか!
張り倒されたような気がした。一目でいい、という懇願。あの泣き方。
「……馬鹿なことを。どうすればあの娘が死ぬって言うんだい」
「血水晶を、使ったんじゃないかと」
一瞬凍りついた後に、悪い冗談とばかり笑いかけた伯母は、続く言葉に再び表情を硬くした。マリッカが血水晶を用いた結果、あの少女と晶とが呼び寄せられ、当人は代償に命を落としたのではないか、とつっかえながらハルは話した。かの秘宝にかけた願いの、代償は何人も逃れえない。
信ずるに足る推測なのか、強引に関連づけたにすぎぬのか。女魔術師はゆっくりと席を立ち、腕を組むようにして、窓の方へと歩いていった。外へ顔を向けたまま、甥の言葉が途切れても佇んでいる。言うべきことを言い終えたハルは、無言の背を食い入るようにみつめた後、頭を深く垂れ、膝の両拳を強く強く握った。悼むような悔やみのような気持ちを人並みに抱きながら、晶は同時にある種の疎外感を覚えざるをえなかった。
やがて、それが本当なら、と囁くような声が聞こえた。
「それを知るのがあんたからとは、わたしも低く見られたものだね」
「そんな言い方」
「違うんだ、その通りなんだよ。僕が正式な使者になるはずはないんだから」
思わず口を挟めばハルは慌てて取り成した。
血水晶はトーランのところにあると聞いていたけどね、と女魔術師は呟く。所有権を争っていたという、コルカの領主かイリェの青年の名前なのだろう。それがどうしてマリッカの手に渡ったのか、心当たりがハルにはあるものか、ないものか。
――ふと、気づいた。では、レイとかいうあの青年は、ハルがマリッカに最後の別れを告げることを、許さなかったのか。
正義感が格別強いわけではなくとも、それは流石に酷いのではと感じる程度には、晶は情を解した。大人しく追い払われずともよかっただろうにと、歯痒いものも覚えたが。
「それと、おばさま、違うんです。……まだ、知らないんじゃないかと。僕はたまたま近くにいて知ったから」
「そうかい」
ハルの伯母の表情に、憐れみと呆れが混ざったように見えた。勘違いだろうかと見直すより早く、頭を振ったのでわからなくなってしまったが。
「一晩頭を冷やしておいき。わたしは構えないが」
反応を待たずに背を向ける。行きかけてから、しかし晶を振り向いた。
「坊や」
「は、はい?」
「ハルの客人だから少し丁寧に言っておこうね。この館もこの島も勝手に歩き回らない方がいい。必ずハルと行くか、一度ハルと行ったところだけにすることだ」
「はい」
元より、勝手に歩き回るつもりはない。探検したくなるような楽しげな空気はこの館になかった。
「それと、ハル。台所は自由に使っていいからね」
にぃと何故か思わせぶりに笑んで、小気味よい靴音を響かせて今度こそ去っていく。後ろ姿を、晶はただ見送った。
ふうっ、とハルは一つ息を吐いた。緊張が解けたように、と表現してしまうと大袈裟になる程度ではあったが、伯母といっても幾らか気の置ける相手ではあるのだろう。それから少々ことさらに苦笑してみせる。
「つまりね、僕は冷静じゃないだろうから、ちゃんと危険を避けて案内できないだろうって思われたの」
「……危険?」
「あ、ううん、大丈夫。おばさまがちゃんと言ってくれたから」
それだって大して安心材料にはならないのだが。
「……あのさ。訊いていい」
「マリッカのこと?」
先回りされてしまった。説明しないわけにもいかないと、ハルの方でも思っていたのかもしれない。ん、と口の中でもごもご応じて、晶はハルが切り出すのを待った。
「……姉弟子なんだ」
囁き声が答えるまでに、流れた時間は十分にも達するような気が、した。




