甘いだけでは舌が馬鹿になりますの【2】
甘いだけじゃないシリーズ2
「セシリアーナ!」
淑女のお茶会の園として様々な方が注目しているそうですわ!なんて光栄なことでしょう。同じテーブルにつく令嬢達と談笑していると、言葉を遮る声が響いた。
「なんのご用でしょうか、ランバート侯爵家のヴィルエイト様?」
穏やかにお茶会を楽しむ令嬢達の間に物々しく入ってくる人だったのだろうか、この人は。
外行き用の笑顔を張り付けて見れば、侯爵家子息らしからぬ粗野な所作で駆け寄ってくる。
「なんの用とは、ふてぶてしいな!この度のメアリーへの嫌がらせや我々の貴族籍抹消はお前の仕業だろう!」
元々、お互いに愛情を持っているとは言い難かったものの、ここまで信頼関係を崩していたとは思わなかった。
しかし、同じ空間にいる令嬢達の目が恐い。私に向けられている訳ではないけれど、うっかり凍ってしまいそうなのに、直接向けられているこの人はよく気付かないこと。
「お会いしてご挨拶頂いたこともごさいませんもの、メアリーがどなたなのか存じ上げませんわ。貴族籍抹消はヴィルエイト様だけとお聞きしております。他の皆様は次期当主の取消、廃嫡だそうですわね」
あの舞うように高位貴族の子息達と戯れていた平民の少女の名かもしれない、とは思うものの、知らない。知る必要もない。
しかし、この人は周囲の次期当主とされるほどの人達と同格のつもりだったのか。こちらのほうがはるかに衝撃的だ。
各家のご当主方が再三注意をしている中変化もなく、婚約者の令嬢を蔑む始末。本来ならもっと早く廃嫡になるはずだった。それでもギリギリまで見送られていたのは、現段階で最も次期当主にふさわしいと目されていたから。
結局は平民の少女に傾倒したまま、優秀という評価さえ地に落としたけれど。血族の子息で次期当主の確定があり、次代に問題がないと判断されるまではスペアとして家に軟禁されることが決まっている。
一方で、この人はランバート侯爵家の第五子。上の兄弟がそれぞれ確立した分野で功績があり、嫡男の方も既に半分以上当主の仕事を引き継いでいる。血族も確固たるものなのだから、この人が貴族籍から抜かれたところで何も問題はない。
仮にこの人が平民として家庭を持ち子を得てもランバート侯爵家は血族とは認めないだろう。
ナクタリアージュ侯爵家との縁付きも、国王陛下とこの人の父君が首輪と鎖のつもりで持ってきただけのこと。まあ、この人とナクタリアージュ侯爵家双方にとっての首輪と鎖、だけれど。
「ふざけるな!メアリーに嫌がらせをしてきた女はお前の取巻きだろう!父上からそのような詳細を聞いている時点で我々を悪様に語っていたと分かることだ!」
ああ、もう、なんて頭の中身が軽い人なのだろう。
「取巻きとおっしゃる方はかの伯爵家令嬢のことでしょうか?残念ながらあの方が処罰を受けるずいぶん前にわたくし達とは決別しておりますの。あの方のご両親ともその件でお会いして誓約書もとりつけていただきましたわ」
興味のない、守るべき対象でも迎撃しなければいけない対象でもないけれど、平民の少女のために言われなき悪評を被る気はなかった。
伯爵家令嬢がどのような手段で平民の少女を害そうとしたのかは知らないが、ナクタリアージュ侯爵家や縁のある各家に火の粉がかかるのを防ぐ必要はある。
伯爵家令嬢と道を違えることになると分かってすぐにその家の当主夫妻に関係遮断を申し入れた。侯爵家と親しくしたいとする当主は勿論渋った。令嬢と私達の接触禁止、令嬢の行動によって私達に悪評がたった場合はこの誓約書を持って証拠とすること、事が起こらない限りは現在と同じ家同士の取引などは確約することを条件に納得させたけれど。
夫人には何故か拝まれた上に、何か起きた場合は伯爵家を潰してでもナクタリアージュ侯爵家の不利益を取り除くと約束してくれた。
事実、伯爵家はかなり傾いているそうだが、ナクタリアージュ侯爵家に飛火は一切ない。ある程度落ち着いたら夫人だけでも救おうと思っている。
「なんと悪どい!最初から切り捨てて捨て駒にするつもりだったのか!」
「わたくしの話を聞いてまして?既に決別したと申し上げましたわ。そもそもわたくしの話を聞く気がないのならば、こちらにいらっしゃる必要もないでしょうに…」
あまりにも固執した見解に外行き用の笑顔さえ怪しくなってきた。お気に入りの扇子を広げて目から下を隠すけれど、令嬢達は気付いたのか気の毒そうに見られてしまった。
「ランバート侯爵家には抗議の際に婚約の破棄、これまでのわたくしの婚約者としていた期間とこの度被った悪評への賠償をお約束頂きましたわ。そしてヴィルエイト様、貴方様からの謝罪弁明以外は接触禁止という措置を認めて頂いたはずなのですが、これはどういうことなのでしょう?」
お茶会の園へ入ってきて謝るでもなく糾弾され、そろそろランバート侯爵家の監視がくるのでは、と様子見していたがいまだにその気配はない。この人が監視を撒いてきたのか、"別件"が忙しいのかは分からないが、また追加の要求ができる材料にはなった。
目撃者として令嬢達もいるから、仮に何かあっても大丈夫だろう。
「お前に文句を言うために来たに決まっているだろう!婿の功績だけで成り上がった新興侯爵家の娘に、由緒あるランバート侯爵家の、この俺が婿として入ってやるという破格の婚約を破棄?ふざけるな!」
やはり、侮られていたわけだ。別に驚きもしないけれど。
「ふふ、おかしなことを仰いますのね?元侯爵家子息で、平民となる方との婚約が破格?ご当主様がナクタリアージュ侯爵家の首輪と鎖になれば、と決めた貴方様との婚約が破格?結果として、貴族としての素質すらなしと判断された貴方様から婿として入ってやる、などという言葉を聞くとは思いませんでしたわ」
まだまだ見通しが甘かったのだろう、私自身も。まだ私だけでナクタリアージュ侯爵家を守るには力が足らないと思い、首輪と鎖と知りながら国の重鎮ランバート侯爵家と縁付きになる予定だった。婿として入ったこの人にナクタリアージュ侯爵家当主の肩書きを持たせるには不安があったから、父にしばらく頑張っていただいて、当主代理を務めつつ次の当主として私の子供を育てようと思っていたのに。
今回の件で国王陛下や筆頭公爵閣下から色の良い返事を貰えれば、それも挽回できるけれど。
「なっ!」
つらつらと考えていたため、憤怒の表情で掴みかかってくる相手に反射的に扇子で手首を打ち、一方の手で首を掴んでいた。
身の危険を感じた正当防衛である、と判断されるだろう。
「くっ…。うぐっ!」
「ねえ、ヴィルエイト様?貴方様の仰っていることは支離滅裂ですわ。貴方様が行った結果としての貴族籍抹消をわたくしのせい、他の皆様の廃嫡もわたくしのせい、かの伯爵家令嬢が貴方様方の想い人に危害を加えたのもわたくしのせい、全ての元凶がわたくしのように語っていらっしゃるのは何故ですの?」
首を掴んでいるのだから、下手に声は出せないと知りつつ問いかける私は性悪なのだろう。それでもかまわない。
「貴方様の根底は透けて見えておりますわ。ご兄弟のようにお父上に目をかけられることもなく、新興侯爵家の婿に入ることが屈辱だったのでしょう?そんなナクタリアージュ侯爵家の娘であるわたくしを格下と見下していらしたのでしょう?それなのに貴方様の上を行く成績や評価をもらうわたくしが妬ましかったのでしょう?自分を貶めた女に文句をつけたい気持ちは分からなくもないですが、これは完全に八つ当たりですもの」
うっかり首を握りつぶしてしまわないように気を付けながら、この人に見せたことのない笑顔で告げる。
「これから先ゆっくりとでも夫婦になると思い、貴方様の幼さもある程度理解していたつもりでしたけれど。やはり甘いだけでは馬鹿になりますのね?いい勉強になりましたわ」
後にナクタリアージュ侯爵家を国の要と呼ばれるほどの地位につけた初の女侯爵の最初の婚約者はあまり語られることがない。
多くの子息が処分を受けた廃嫡騒動の最中、平民に落とされたそうだが、醜聞を嫌った生家の侯爵家が存在そのものをなかったことにしたという。
女侯爵の夫となる人物は笑いながら友人に伝えたそうだ。
「彼女の最初の婚約者が見る目のない男でよかったよ。あれほど苛烈で美しい人を貶めるような愚か者でなければ、僕は彼女と出会うことすらなかったからね」
と。
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