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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

赤いペンダント

 これはぼくが高校生だった頃のお話です。その頃のぼくは怖い話が大好きで、よく学校の友人達と放課後に怪談話に花を咲かせていました。怖い話が好きだった理由はすっかり忘れてしまいましたがとにかくぼく達は終礼が終わって、下校時刻ぎりぎりになるまで教室で友人達と語るのが日課となっていました。学校は少し古く、夕方になると教室も不気味な雰囲気を醸し出し、怪談話に花を咲かせるのに丁度良かったのです。

 ぼく達は互いに様々な話を語り合いました。今となっても鮮明にぼくの記憶に残っています。

 そう、勿論あの日のことも。



(体験者 上原利樹うえはらとしき



◆◆◆◆◆



「……その人さ、結局崖から落ちて亡くなっちゃったらしいんだ。今でもあの峠は事故が多発してて幽霊のようなモノを見るって噂らしいぜ」


 語り終えると南卓也みなみたくや(通称 たく)はわざとらしく窓の外に見える山の方へ視線を移した。やれやれ、結局いつもの話じゃないかとぼくは少し呆れて言う。


「お前どんだけ幽霊の出る峠に詳しいんだよ。峠マニアかよ」


 ぼくの言葉に井藤沙耶いとうさや(通称 沙耶)もつまらなそうに卓に言った。


「ほんとだよ。大体私達そんな頻繁に峠に行ったりしないんだからあんまりリアリティ感じないのよね」

 卓はこの手の話をよく持ち込んでくる。事故を誘発する霊についてよく語ってくれる。しかし沙耶の言う通り、運転中の交通事故とはほぼ無縁のぼく達にとってそれは「ああ、それは怖いなあ」程度のもので、血の気が引くほど怖いものではない。怖いと言えば確かに怖いのだが何か今一つなのだ。


「うるせーよ。実際あったら怖いだろ?」


「まあ、怖いと言えば怖いけどさ」


「じゃあ今度は私の番、とびっきりのやつ、教えてあげる」


 沙耶が身を乗り出すように言った。その様子だと誰かから仕入れたばかりの話らしい。話したくてたまらないといった様子だ。彼女の話は友人や親戚といった第三者から伝え聞いた話が多く、そのためかどこか現実味を帯びており、卓の話より総合的に見て派手さは劣るものの鳥肌が立つような話が多かった。ぼくも彼女の話には何度怖いと感じさせられたことか。だからぼくは彼女の言うとびっきりの話に期待していた。

 思えばこれが悪かったのだろう。この話を聞かなければあんな体験はしなくて済んだのかもしれない。楽しい時間だった放課後にあんな恐ろしい体験をすることになるなんて、この時のぼくはまだ知る由もなかった。


「これは私のある知り合いから聞いたんだけどね。この学校にまつわる話」


「へえ、そりゃあ面白そうだ」


 ぼくの言葉に沙耶はしっ、と人差し指を立てる。どうやら最後まで静かに聞けと言うことらしい。


「昔、この学校にあるカップルがいたらしいの。仮にAくんと花江さんとするね。二人はとても仲が良くて毎日一緒に下校してたらしいの。同じ学年だったけどクラスは違ったみたいで、Aくんが毎日花江さんを教室に迎えに行って二人で帰ってたんだって。ところがAくんは実は自分のクラスで苛めに遭ってたらしくてね。物を隠されるのは当たり前、トイレに連れ込まれて暴力を振るわれたり酷いときには服を脱がされて晒し者にされたりとか。ほら、今と違って昔の学校って結構荒れてたらしいから」


 いや、にしても酷すぎる。昔ということはぼくらの父母世代、あるいはまだ前か。というかAくんは名無しなのに彼女には花江さんって名前があるのかよ、と突っ込みたくもなったが話の途中なので黙っておく。


「けれどAくん、苛められているってことを花江さんに伝わらないようにしてたらしいの。好きな子の前ではみっともない姿を見られたくなかったんだろうね。どんなに酷い苛めに遭っても下校時刻にはまるで苛めなんてなかったように笑顔になっていて、教室で待っている花江さんを迎えに行ってたんだって」


「Aくん男だなぁ……」


 ぼそりと卓が言った。確かに、と納得する。好きな子にみっともない姿を見られたくないのではない。きっと彼は花江さんに笑っていてほしかったのだ。自分が苛められていることを知って悲しい思いをさせたくなかったのだろう。やばい、いい話じゃないか。


「悲劇が起こったのはどうやら花江さんの誕生日だったみたい。Aくんは花江さんに誕生日プレゼントを用意してたらしいんだけどそれを無くしちゃったらしいの」


 えっ? 無くした? 彼女への誕生日プレゼントという大事なものを?


「どうも苛めていた生徒達による犯行みたい」


 なるほど。どこまでも屑だったらしい。


「ショックのあまりAくんは学校のある教室で首を吊って死んだそうよ。花江さんが苛めの事実を知ったのはいつだったのかは分からないけれど、Aくんが亡くなった後、行方不明になったんだって」


 恋人の死、苛められていたという事実、あまりにもショックが大きかったのか。何て報われない話なんだろう。そんなことを思っていると、窓の外がすっかり暗くなっていることに気付いた。時間帯というのもあるかもしれないが、ぼくらの気付かぬうちに雨が降りだしていたかららしい。

 そろそろ帰る準備でも、と考えていると沙耶は声のトーンを落として静かに言った。


「それでね、ここからなんだけど。行方不明になった花江さんはまだこの学校にいるっていう噂があるの」


 卓が目を見開く。「えっ?」と言いたげな様子だ。沙耶は表情一つ変えずに続ける。


「彼女は今も、教室で一人Aくんが迎えにくるのをずーっと待っているんだって」


 と、そこで沙耶はふと教室のある席に視線を移した。勿論、そこには誰もいない。


「そんな馬鹿な」


 思わずぼくは声を上げる。それでも沙耶は表情を変えずに静かに続ける。


「知り合いの話ではAくんを自殺に追いやった苛めっ子を探しているという話もあるけどね。もし彼女に捕まっちゃったらAくんと同じように首を吊るされちゃうんだって」


 数分間ぼくらは喋らなかった。ざぁー、という雨の降る音だけが聞こえてくる。その沈黙を最初に破ったのは卓だった。


「うわ、マジで? ちょっち鳥肌立ったわ」


「でしょ? 私も聞いたとき怖いって思ったもの」


 卓の反応に沙耶は満足そうに笑った。確かに現実味があったし、怖い話としては十分に思えた。ぼくはあることが気になり、沙耶に訊ねてみた。


「ねえ、Aくんが無くした誕生日プレゼントって結局何だったの?」


「私が聞いた話では赤いペンダントだったらしいよ。赤は花江さんの好きな色だったんだって」


 ふうん、とぼく。赤いペンダントか。まさかこの学校にまだそれが残ってるなんてことは。


 コツ。


「ん?」


 雨音に混ざって足音が聞こえた気がした。まさかこんな時間に? 下校時刻直前に教室に戻ってくる生徒なんて……


 コツコツ。


 聞き間違いではない。確かに聞こえた。雨の音で聞こえ難いが誰かが廊下を歩く音。放課後なんだし誰が歩いていてもおかしくはないのだが、ぼくは何故かその音が不気味に感じられた。忘れ物を取りに来た生徒のものかもしれないし、見回りに来た先生のものかもしれないのに、その音が耳に届く度にぼくは何故か不安になる。いや、これは不安というより恐怖。何に対してかは分からないけれどぼくは確かに恐怖を覚えていた。怖い話のし過ぎだろうか。どうやら二人はその足音を気にしていない様子だった。先程の話で盛り上がっている。

 コツコツ……と、その足音はこちらに近付いてきていた。確実に足音が近くなっていている。そしてその足音はぼく達がいる教室の前でぴたりと止まった。閉ざされた扉の向こうに誰かがいる。けれどそいつは扉を開けようとせず、じっとそこにいるようだった。

 その時、ごう!という轟音が響き、窓の外が光った。直後、教室の電気が消えて室内は薄暗くなる。ぼく達は急に暗くなった教室で思わず顔を見合わせた。


「近くに落ちたね」


「こんなに暗くなってきたし、そろそろ先生達も見回りに来るだろうからもう帰ろうぜ」


 卓の言葉にぼくは「そうだね」と頷いて荷物を鞄に詰める。暗くて手元がよく見えないのできちんと荷物をまとめられているかは疑問である。けれどぼくは早くその場から立ち去りたかった。扉越しにいる何かの存在を忘れてしまいたかったからだ。鞄を肩にかけ、そして気付いた。いや、本当は気付かないふりをしていた。だってそれは……



 ねえ、そこのドアってさっき開いてたっけ?



 扉が開いている。さっきまで閉じていたスライド式のドアはまるで始めから開いていたかのようだった。そんな筈はない。さっきまでぼくはドアが閉まっているのを見た。扉の向こうの得体の知れない何かに恐怖していた筈だ。

 じゃあ、何故扉は開いている? いやそれ以前にいつ開いた? そして視線を逸らした一瞬にこの教室に『何者』が入ってきたんだ?

 ぼくの体から血の気が引いていくのが分かる。身体を瞬間冷凍されたような感覚。目の前の不可能な出来事にぼくの脳内はそれを理解することを放棄し、ただただ『何故』という言葉で支配される。そして感じた。理解不能な出来事のせいで感覚が麻痺しているせいかもしれない。けれど何となく感じる。早く教室から出よう。早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く……!

 卓と沙耶が荷物をまとめ終わるのを確認すると、ぼくは逃げ出すように教室を後にした。一刻も早く教室から離れたかった。

 ぼく達以外に誰かが教室にいるのを感じたからだ。

 そう、誰かがいたんだ。扉が開いていることに気付いた直後、ぼくの背後、さっき沙耶が花江さんの話をしている時に一度視線を移したあの席の辺りに誰かが……!

 卓と沙耶はまださっきの話で盛り上がっているようだったが、どんな会話なのか全く頭に入ってこない。暗い廊下や階段は普段歩いているエリアなのにも関わらず禍々しい気配を纏っているように感じた。

 昇降口から出て、少し歩いたところでぼくはあることを思い出し、鞄を確認した。

 …………、嘘だろ。勘弁してよ。


「どうしたの?」


 ぼくの様子を見て沙耶が顔を覗き込んできた。卓はぼくの表情から「ははあ」と言いたげに笑う。


「教室に忘れ物でもしたんだろ?」


「家の鍵、机に入れっぱなしみたい」


「はははっ! 相変わらずおっちょこちょいだなとっしーは」


 さっきの体験をした直後であの教室に戻りたくはなかった。しかし、鍵がなければ家に入れない。ぼくの両親は仕事の都合上夜中にならないと帰ってこないこともある。両親を待つより速攻で取りに行く方がましなように思える。

 ぼくは雨の降る空を見上げ、教室に目を向けた。ぼくらの教室は三階。どの教室も既に消灯を済ませ、人気がない。ただ、ぼくらの教室を除いてはである。


「あれ? 電気ついてる」


「先生が見回りでもしてるんじゃない?」


 沙耶の言葉にぼくは「ちょっと取りに行ってくるから!」と言葉を残して昇降口に駆け戻った。先生が教室にいるのなら心強いし、運が良ければ下校確認のために見送ってもらえるかもしれないと思ったからだ。先程まで嫌な空気を感じた階段を駆け上り、暗くなって非常ランプの赤い光が不気味に光る廊下を疾走し、ぼくはあっという間に教室に到着した。教室のドアを開けるがそこには誰も居なかった。電気だけがついていてさっきまで誰かがいたような状態となっている。電気がついていることもあり、ぼくは机の中に手を突っ込んで目的の物を取り出す。よし、さっさと帰ろ……、




 !!!!!!



 再び背筋に冷たい感覚が走った。机の中から出てきたのはぼくが探していた鍵などではなかった。何で? 何でだよ!? そんな筈は……、何でこんな物が出てくるんだよ!?



 Aくんが無くした誕生日プレゼントって結局何だったの?



「あ、赤い……ペ、ぺぺぺペンダント……」


 震えが止まらない。何でこんな物がぼくの机の中に?

 そしてぼくは再び感じた。誰かがいる……! すぐそこに……ぼくのすぐ後ろに! 

 怖い。けれど何故かぼくはそこでゆっくりと振り向いてしまった。沙耶が見た席。普段はぼくのクラスメイトが座っている席に――――――、





 いた。

 

 ぼさぼさの長い髪、今の物ではないと思われる古いセーラー服の女子生徒が。そしてそいつはゆっくりとこっちを……





「あああああああああああああああああああっ!!!!」


 ぼくはその場から逃走した。言葉にならない悲鳴を上げて。教室の机を倒しながら明るい教室から真っ暗な廊下へ。そして階段を飛ぶように降りる。

 けれどおかしい。既に一階に着いている筈だ。なのにどうして、どうしてぼくはまだ階段を降りているんだ? 降りても降りても一階にたどり着かない。そんな馬鹿な! ここは学校だぞ!? 終わらない階段なんてある訳がない!


「うわっ!?」


 勢い余ってぼくは足を滑らせ、階段から転がり落ちた。幸い、高さはなかったため、少し打ち付けた程度で済んだ。痛みで顔が歪む。その時、コツコツ……という足音が聞こえてきた。どうやらそれは階段を降りてきているようだった。こっちへ来る!? 間違いない、明らかに足音はこちらに近付いてきている。早く走り出したいのにまるで地面に根が生えたように足が動かない。近付く足音とその場から動けなくなってしまった恐怖でパニックになる。


「……っ! 何で……何でこんな目に……」


 階段を降る足音がすぐ近くまで聞こえ、そして止まった。階段の上に見える黒い人影。誰なのかは分からない。そいつの手からは紐のような物が垂れていた。そしてそいつが不気味に唇を歪めて笑いながらこちらを見下ろしているのを見て、ぼくの中で恐怖が弾けた。


「来るなぁぁぁぁああああああああああああああっ!!!!」


 さっきまで動かなかった足を無理矢理に動かしてぼくは階段を飛び降りた。着地の時に足に凄まじい痛みが走ったがそれに構うほどの余裕すらなかった。


『知り合いの話ではAくんを自殺に追いやった苛めっ子を探しているという話もあるけどね。もし彼女に捕まっちゃったらAくんと同じように首を吊るされちゃうんだって』


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!!

 ぼくはAくんを苛めた犯人じゃない! なのにどうして殺されないといけないんだ!

 階段をいくら降りても逃げられない。だからぼくは階段から廊下へと走り出す。非常ランプがぼんやりと赤く輝く廊下を駆け抜け、背後を振り返る。まだあれは階段の辺りにいるらしい。ぼくは一番近い教室に飛び込んだ。すぐに扉を閉め、耳を押し当てる。コツコツ……という足音がだんだんこちらに近付いてくる。ぼくは手を口に当てて、極力声を殺して祈るように目を閉じる。


 ……コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ……


 ぼくに気付かなかったのか足音はぼくがいる教室を通り抜け、遠ざかっていく。ほっとしてぼくは教室の窓に目を向け……


「ひっ……!」


 影、それも一つではない。いくつもの影が窓の外に見えた。それはどこか人の形をしていて、全て足が宙を浮いており、紐のような物で吊るされていて……、


「うわああああああああああああああっ!!!! あ、ああああああああああああああああ!!!!」


 ぼくは喉が裂けそうなほどの悲鳴を上げて教室のドアを開け、再び廊下に転がり出る。あいつが近くにいない今のうちに! どこからでもいい、とにかく学校から出ないと!


 カチャン。


 金属が落ちたような音がした。すぐにそれを確認するとそれはぼくの机の中に入っていた物、花江さんへのプレゼントの赤いペンダントだった。

 それを見てぼくは廊下の先の闇に向かって叫んだ。


「これがAくんからのプレゼントだ! 君に渡すからもうやめてくれ!」


 ぼくの声が建物内に谺する。きっと学校中に聞こえただろう。彼女はAくんを死に追いやった犯人達に復讐したい。そもそもAくんが死ぬきっかけとなったのはペンダントを渡せなかったということも一因している。ならばAくんが渡すつもりだったこのペンダントを渡せば彼女の気も少しは晴れる筈だ。

 沈黙。何も聞こえない。不気味なほどに静まり返りあの足音も聞こえてはこない。このペンダントはAくんの形見とも言える物、それを受け取って満足したらしい。

 ぼくはペンダントを廊下に置き、すぐに階段へと駆け出した。先ほどとは異なり、すぐに一階に到着した。どうやら助かったようだ。昇降口に辿り着きぼくは扉に手をかけた。


「あれ? 開かない……」


 鍵がかかっているのか昇降口の扉が開かない。しかし鍵は内側にある筈だし、見たところ鍵は開いている。なのに何で開かないんだ?

 


 ――――――直後、背後に気配を感じた。何度目になるか分からない体が凍りつく感覚。

 冗談だろ? あれを返しても駄目だったのか!?

 ぼくがゆっくりと振り返るとそこには紐状の物を引っ張って立つ黒い影が立っていた。ぼくが階段で見たあいつだ!


「おいっ! 誰か! 誰か助けて! 卓! 沙耶ぁ! 助けてくれえっ!」


 このままじゃぼくは殺される! 黒い影は狂気に満ちた笑顔でゆっくりと近付いてくる。ぼくは扉に体当たりするがびくともしない。嫌だ! こんな所で死にたくない!

 再び振り返って影との距離を確認した時、そいつはぼくのすぐ目の前に立っていた。真っ黒に塗り潰されたような目、生気のない肌、そして三日月に曲がった口元。


「ああああああああああああああああああああああっ!!!!」


 この直後、ぼくは意識を手放した。




◆◆◆◆◆


 あの後、卓や沙耶の話ではぼくは昇降口で倒れているのを校内を巡回していた先生に発見され、すぐに救急車で搬送されたそうです。あの出来事は何だったのか、今でも思い出してぞっとすることがあります。けれどあの日のことは夢ではありません。ぼくを発見した先生の話では倒れていたぼくの首には紐状の物で締められたような痕があり、近くには赤いペンダントが転がっていたそうです。

 あの赤いペンダントは何故かどこかに消えてしまい、発見することはできませんでした。

 あれは――――――『彼』はどうしてあんなに笑っていたのでしょうか。

 あの時、ぼくは見たのです。ぼくに迫ってきた影は古い学ランを着用していて、そしてその首に細いロープが巻き付いていたのを。ぼくはあれは花江さんの霊だとばかり思っていました。けれど実際は違った。花江さんの霊は、沙耶の話の通り教室で多く目撃されていることから人に危害を加えるような悪い霊ではないようでした。

 つまりあの時、ぼくを襲ってきたあれは花江さんではなくAくんの霊だったのです。ぼくが見た吊るされた複数の影は彼を苛めてきた生徒たちのものでしょうか。彼はどうして、あんなに狂気に満ちた笑顔を浮かべていたのでしょうか。今となっては確かめることはできません。あの出来事があってから、ぼくは明るいうちに下校するようになりましたが、この噂がなくなることはありませんでした。

 ぼくが卒業して数年が経ちましたが彼は今も、あの恐ろしい笑顔を浮かべて、学校中を彷徨っているのかもしれません。

学校というものはなんとも閉鎖的で不気味な雰囲気を纏う場所でもあります。廊下や教室は暗くなれば昼間とはうって変わって全く別の世界へと姿を変え、見る人に不安と恐怖の種を植え付けます。だからこそ、七不思議や学校の怪談、都市伝説など多くの怪奇を生んでいるのではないかと思いますね。今回は日の暮れた校舎、特に雨の日の暗くなった校内を書かせていただきました。雰囲気だけでも皆様に伝われば……と思います(笑)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公のパニックが文章のテンポによく現れており、学校の怪談でありながらパニックホラーなスピード感と臨場感あるスリルが表現出来ていると思います。靴音、ドアの開閉音、たっぷり間を持たせた効果音…
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