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サクの生まれたところは、たぶんとても田舎だった。

サクは百姓の一人目の娘として生まれた。二つ下には弟のヘイジが生まれた。

九つぐらいまでその村で生きた。


***


暮らしが突然変わってしまったのは、冬の事だった。

いつものように、サクは弟や近所の子どもたちと山に行った。子どもにできる山の仕事だ。

いつものように村に戻ってくると、村が村でなくなっていた。

お侍たちが村をめちゃくちゃにした。年長者の子どもが「戦だ」と震えてしゃがみ込んだ。


サクは頭の出来がよくはなかった。だから突然村がこんな風になったのがまったく理解できなかった。

駆け寄ることも逃げ出すこともできずに茫然と立ちすくむ。

そんなサクの足に、弟のヘイジがしがみつく。


他の子どもたちがそれぞれ駆けだしたり逃げ出したりと動き出し始めた。

サクは動けない。目の前の、お侍たちが駆けまわる様子を見る。

一番近くのお侍の動きを追って、目があった。


足にしがみつく弟のヘイジがサクに告げた。

「ねえや、そのまま目をはなさんでおけ」

ヘイジは震えながらも強い口調でサクに命じた。

「ええか、口は利くな、ただうなずくんじゃ。じっとただ見といてくれ」

「うん」

どうすれば良いのか判断ができなくて、サクはヘイジに命じられるまま、お侍から目をそらさない。

「ねえや、ねえや。おれらはまだ死にとうない。生きようや。ええか、ねえやはあの人についていく。おれはねえやについていく。ええな」

「うん」


ヘイジの言うままに侍の目線を受け続けると、そのお侍は近づいてきてサクに声をかけた。

サクとヘイジはそのお侍に拾われた。


***


お侍はお侍の中では身分は低かったようだ。そのお侍の手伝いをさせてもらってサクとヘイジは生きながらえた。


年も重ねてその暮らしに慣れたある時にヘイジはサクに告げた。

「ねえや、かんにんな。かんにんな、がまんしてくれや。村から逃げても、村に残っても生き残れんかった。ここに来たからおれらは生きてるんじゃ。だからがまんしてくれ、かんにんな」


サクにはヘイジが何をそんなにあやまるのかさっぱり分からなかった。

分かることは、ヘイジはサクよりも随分と頭の出来が良いという事だ。分からんからヘイジの言う通りにすれば良い。何をがまんするのかよく分からんけれど、生きるためにがまんすればいいんんだろう。


その数か月後に、サクは主人に寝床に引き込まれた。

おどろいたしかなり辛かったが、これがヘイジの言ったことだろうかと思い出したからガマンした。


その頃からヘイジはますます暗い顔を隠しきれなくなって、陰気くさいとサクは笑った。生きていくためじゃろう。


またそんな暮らしに慣れてきて、それから数年が経っていく。


***


主人の隣にサクが自然と座る事が多くなった。

サクもヘイジもそれにすっかり慣れた。


ある時またヘイジがサクに言った。

「ねえや、おれは、出て行った方が良いかもしれん」

「なんでじゃ」

「旦那様が疑っちょる」

「なにをじゃあ」

「おれとねえやが二人でコソコソ話すのが気に入らんのじゃ」

「なに言うんじゃ、姉弟じゃし気に入るも気にいらんも」

「ねえや、おれも十分生きたし、一人でももう生きていける年じゃ」

「なにを言うとるんじゃあ」

「おれは出て行った方が良いかもしれん・・・」


ある日、主人の隣にサクが呼ばれ、ヘイジも呼ばれた。

主人はたいそう不機嫌で、サクにはさっぱり分からない。

ヘイジは畳に頭をつけて、主人の不機嫌の理由が分かっているようだった。


よく分からないながら話をぼんやり聞いていたら、主人がヘイジを家から追い出すという話になっていた。

それが分かった時にサクはたいへん驚いた。

「なんでヘイジを追い出しなさる、旦那様」


話に入ってサクなりに分かったのは、主人はサクとヘイジの仲が良すぎるのがよくないと思っているようだ、という事だ。

姉弟仲が良いのがなぜいけないのかさっぱり分からない。

主人が他に気になるおなごはおらんのかとしかめっ面で言うのがおかしくて、サクは笑った。

「ヘイジはミヨちゃんを好いとる」

サクが少し得意そうに言うと、主人は驚いた顔でサクを見つめ、ヘイジは身を顔を赤くして俯いた。

あれ、自分は言っちゃいけない事をいっただろうかと一瞬サクは思ったが、主人は急に楽しそうに

「そうか」

と身を乗り出した。

「そしたらワシが話をつけてやる」

と嬉しげに言うのでサクも楽しくニコニコしていたらヘイジは顔をしかめてそれを止めようとする。

なんでじゃなんでじゃ

と話が進むうちに、ヘイジの想うミヨちゃんはヘイジの事を何とも思っていないという話だった。

言ってみんと分からんじゃろうに、と思ったが、ヘイジは

「言わんでも分かるんじゃ」

と、酷く辛そうに言う。

最後には主人とサクは顔を見合わせて黙るしかなかった。


***


そんな話が出てから数か月がまた経つ。

また主人がいない時にヘイジがサクのところに来て主人には言えない話をする。

「ねえや、おれにはどっちが良いかわからん。ねえやが決めろ」

「なにをじゃ」

「このうちに残るか、おれについてこのうちを出るかじゃ」

「なんで」

「あのな、ねえや。ねえやは、旦那様を好いちょるか?」

「うん、そうやな」

「おれと旦那様とどっちが好きじゃ」

「そりゃヘイジやわ」

「そうやろう。ねえやの好きはまだガキのままじゃ」

「ガキとはなんやの、あんたの方が弟やのに」

むっとサクは怒ったが、ヘイジは意にも介さない。

ヘイジはサクにはよく分からない事を言ってサクに判断をゆだねた。

「ねえや。この家にいるか、俺と一緒に出るか、どっちにするか考えとけよ」

なんでや、と尋ねても、ヘイジは繰り返し同じことしか言わなかった。


***


どっちにするかなんて、サクには難しくてよく分からなかった。

なんでどちらかなんだろう。今のままで構わないのに。


でもヘイジは自分より出来が良い。今までこうやって生きてきたのはヘイジがいろいろ言ってその通りにしてきたからだ。

選ぶというのがサクにはよく分からない。

選ぶことなんて今までしてきたことがないなぁと、サクは今更になって気が付いた。

なんでも、選ぶ前に、迷う前に、こっちにしろと、ヘイジが全部決めて今ここに生きてきたのだ。


とりあえずヘイジが言う事だからとサクなりに一生懸命悩んでみたが、結局、決める事なんてしてきたことのないサクには、家にいた方がいいのかヘイジと家を出た方がいいのか、どちらを選ぶといいのかさっぱり分からなかった。


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