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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僕ら人間嫌いの新定義

作者: 夕霞之

 知っている人はおはこんばんちは(まずいるのか?)。初めての人は初めまして。夕霞之です。

 やっと部活小説が投稿できる状況になりました。文化祭とやらで忙しかったので、こうやってのびのびとするのは久しいです。とは言っても、部活小説はこれで最後ですけど(もう3年生だし、てか引退したし)。

 さて、今回の話は前作2つより結構暗めのものになっています。血も流れます。苦手な方は即刻避難することをお勧めします。実際、作者もグロ描写を書いている時、血液恐怖症が発動して目眩を起こして倒れかけました(実話)。

 平気な方や物好きな方はどうぞ、このまま下へ……。

「気をつけ、礼」

 さよならー、という声が教室中に響き渡る。すると、今までは静かだったその空間が途端に騒がしくなった。

 辺りを見渡すと、部室へ駆け込もうと教室を急いで出る生徒もいれば、そのまま居残って仲の良い者同士でくっちゃべる生徒もいた。

 担任の中年男教師はショートホームルームが終わると同時に出て行っていた。その入れ替わりとでも言うかのように、別クラスの連中が群れをなして押しかけてくる。出る者と入る者が入り乱れて、満員電車ならぬ満員出入り口が二つ出来あがった。なんで譲り合わないんだか。

 五月蝿いなー、と心中で周りに罵ってから帰りの準備に取り掛かる。現代文、英語の教科書とノート、あと黒のチャック式ペンケースをスクールバッグに詰め込んだ。ついでにバッグの中身の整理整頓もしておく。うん、完璧。

 こういうのは毎日やっておかないとね。バッグの中がぐちゃぐちゃになってしまう。

 スクールバッグを閉め、肩に掛けたところで正面から同じクラスメートの男子に話しかけられた。その男の表情には憎たらしい笑みが貼り付いている。すぐにでもぶん殴りたい気分だ。

「なあ出石。今日の教室掃除、代わりにやってくれよ」

 出石とは僕の事だ。出る石と書いて「いずし」と読む。

 僕を利用して合法的に掃除をサボろうとしている男子生徒の後ろには、恋人らしい女子生徒が立っていた。彼の肩に顎を乗せている様子から相当の仲の良さを伺えられる。

「ごめん。今日は用事があってそうしている暇はないんだ」

 用事といっても家に帰って寝るだけなんだけども。要するに嘘だ。

「おいおい、そんなバカみてーな冗談言うなよぉ。俺との仲じゃねぇか、ん?」

 馴れ馴れしく僕の肩に手を置く。それを払いながら皮肉った。

「そんなに良くない仲なのに?」

 沈黙。

 僕も彼も彼女も黙ったきりになったが(彼女は何も喋ってないけど)、何故か教室中の生徒たちも急に静まってこちらを見始めた。何その間抜け面、これから死人が出るぞって言いたげな。

「……ちっ、グチグチうるせぇんだよ。良いからやれよ」

 払われた手が僕の胸倉をネクタイごと掴んだ。その手は見るからにかなりの力を込められていて、それを解くのは僕では無理だった。ぎりぎり、と握り締める音が空耳として聞こえる。

「なんで日直じゃない僕が。今日の日直は君じゃなかったかい? 号令も君の役目だし、日誌を書くのも君の仕事だ。あ、もちろん日誌もやりたくないからね僕は。それに教室掃除も今日の日直である君がやらなくちゃいけないんだよ分かってる?」

 思いつくままの正論を目の前のゴリラにぶつけてみる。すると、さらに掴む力を込めたらしく本当にぎりぎり、と音が鳴った。このままワイシャツを破り捨てちゃいそうだなぁ。

「だからグチグチうるせぇっつってんだよ、調子に乗るんじゃねぇ!」

 怒りが頂天に達したリア充もとい停学処分候補者は、胸倉を掴んでいる方じゃない手で拳を作り僕目掛けて放った。正確には放とうとしただけだった。

 予備動作なしでいきなり殴りかかられるととっさの対処ができず直撃してしまうのが当たり前だけど、この不良は予備動作どころか隙だらけな感じで殴りかかったもんだから(腕を大きく回してから殴ろうとしていたみたい。ドンキーを思い出すなぁ)その隙を突いて鳩尾をグーパンで突くことができた。

 結果、ドンキー不良君は痛みのあまり床に転げ回り、その彼女さんはあわあわと慌てて、教室内の傍観者共はマーライオンみたいに口をだらしなく開けているという光景が出来上がった。

 それからまた沈黙が訪れた。

 さっきとは相も変わらず皆黙ったままだ。誰か何か言ってみたらどうだい。

「見るからにデートをしたがっていたみたいだけど、別にここでもできるんじゃないかな。ほら、二人で教室掃除すれば、ね」

 結局この白けた空気を僕がぶち壊す羽目になった。教室中の視線を一身に受ける。

 これ以上ここにいるわけにはいかないので、バッグを掛け直して出入り口へと向かう。そこにはさっきとはほとんど変わらず、生徒たちがぎゅうぎゅうに詰まったままだった。唯一変わっているのは、その生徒たちが入りも出もせずにただ固まってこっちを見ていることか。

「退いて」

 言うとそこに留まっていた連中は慌てて教室から出ていった。

 すっかり空いてしまった出入り口から廊下へ出ると、つい先ほど逃げるように教室から出た連中が向かいの壁沿いで横に並んでいた。視線はもうこっちには向けていなかったが、その代わりにひそひそと小さく話す声が耳に入った。

「あーあ、またかよ。あいつも出石も飽きないな」

「仕方ないよ。二人ともお互いを嫌っているんだから」

「それはそうと彼女さんかわいそうよね。いくらなんでも出石君やりすぎよ」

「あいつもそろそろ出石に関わるのやめときゃ良いのに……」

「しっ! 声大きいと聞こえちゃうよ」

 もう聞こえてるよ馬鹿共。

 心中の罵倒だけ残して誰にも目をかけないまま、僕は昇降口へ足を向けた。




 唐突だが僕は人が嫌いだ。

 僕に鳩尾を打たれた不良も嫌いだし、そいつの無口な彼女も嫌いだ。ギャラリーたちも例外じゃない。もちろん内緒話をしていた連中もだ。

 人を嫌う理由はない。むしろ理由なんて必要ない。

 物心がついた頃からずっと他人と関わることを避けていた。だから惰性で人を嫌っている。

 なぜ人を避けていたのかって? さあ? 多分、物心がつく前でもそうしていたからなんじゃないかな。あ、でも人を避けるようになるくらいのきっかけはあったはず。

 まあそんなことは一旦置いておくとして。

 塀に囲まれた一本道にて、僕はのんびりと歩を進めていた。塀の内側にはところどころ樹が立っていて、枝には葉が覆うように茂っている。屋根はみんな赤茶色でなんだか昭和チックだ。

 猫を見つけた。黒い猫だ。昔聞いた話だと黒い猫は不幸を呼ぶのだとかなんとか。立ち止まり見つめていたら逃げられた。魚肉ソーセージをあげようと思ったのに……。

「怯えさせちゃったかな」

 ニコニコ笑っていれば良かったのかもしれない。いや、できないんだけどさ。

 気を取り直して歩行を再開する。塀に囲まれた道はまだ続いていて、樹も屋根の色も全く変わってはいなかった。

 そんな奇妙な光景を写真に収めようかと思ったが、いかんせん今日は所属している写真部の活動日ではないので断念することにした。部活がカメラを管理しているため活動日でないと使用することができないからだ。活動日だったら黒猫のついでに撮ったのにとも悔いた。

 ぽけー、とした調子で何も考えずに歩いていると、少し何かを食べたいという欲求に襲われた。三時のおやつは小学生の時に卒業したはずなんだけど、それでも小腹は空くらしい。

 今何か食べられるものはないかと歩きながら考えたが、そういえばバッグの中に魚肉ソーセージを入れてあったことを思い出した。すぐさま立ち止まりバッグの中を漁る。

 あった、魚肉ソーセージ。僕の好きな食べ物ナンバーワンだ。

 立ち食いははしたないがそれでも空腹には勝てない。その場で包装を切り、オレンジ色のビニルの棒を取り出した。続いてビニルを剥がす作業に入る。

 綺麗に剥がそうと慎重にやっていても、どうしても中のソーセージがぼろぼろと欠けてしまう。苦戦しながらもやっと半分まで剥けたピンクのソーセージは、それはもう太さが本来の半分になってしまうほど酷くなっていた。

「また上手く剥けなかった……」

 食べるのは好きだけど剥くのは苦手な魚肉ソーセージにかぶり付く。うん、美味しい。

「おわっ」

 夢中でそれを噛み砕いて飲み下す作業を続けていると、背中が何かにドン、と押された。

 躓いた身体を、左足を前に踏み出すことでなんとか支えようとする。しかし上手くいかず二、三歩ふらついた。

 何なんだ急にと若干いらつきながら、ぶつかってきた相手を睨むべく後ろへ振り向いた。

「……鳥?」

 両目を手の甲で擦った。追突事故を起こしたのはどうやら目の前の鳥類らしい。

 状態はかなり酷く、何かしらの怪我で白い身体が血にまみれている。意識があるかは分からないが、早く手当てしないと大変な事態になりかねないことだけは本能的に理解していた。

 それにしたってこの鳥、よく見ると業務用炊飯器より若干大きいし、頭が若干黄色を帯びている。広げたままの羽も身体に比例して大きく、色は大部分が白で下端部が黒だった。クチバシはピンク色が少しかかっている。

 どう見てもアホウドリだった。

「なんで絶滅危惧種がここに?」

 食べかけの魚肉ソーセージをオレンジのビニルで包みなおしてバッグに入れた。

 すっかりボロボロになっている貴重な動物を見殺しにする訳にもいかないので、ワイシャツが血で汚れて使えなくなる覚悟でアホウドリを両手に抱えた。鉄臭さと獣臭さが鼻を突く。

 とりあえずこのマヌケドリを抱っこしたのは良いが、残念ながらここはまだ一本道。近くに動物病院なんてないし、そもそも僕が住む地域にはそんなものはない。ペットに何かあったら隣町へ行くというのがこの辺りでの常識だ。ペット飼ったことないから実際は分からないけど。

 ひとまずは、自宅へ運ぼう。話はそれからだ。

 片手でスクールバッグをリュックサックみたいに肩に掛け、腕の中の鳥を救うべく僕はまだまだ続く一本道を夢中で駆け出した。




「ただいま、と」

 大きく重たい大事なものを抱えながら、なんとか鍵を開け玄関へ入り込む。

 走っている間はそんなに気にしていなかったが、今思えば下手したら筋肉痛を起こすのではないかと危惧するほど抱えているそれはかなり重い。

「もう少しだから、どうか持ち堪えて……!」

 腕の中のアホウドリと僕の両腕にそう呼び掛ける。アホウドリはまるで僕の言葉を理解したかのように頭を小さく上下に動かした。一方で両腕はプルプルと震えていて、思わず情けなくなった。その程度かマイアーム、失望したよ。

 風呂場の更衣室からバスタオルをリビングまで持って行き、それを床に敷く。その上にアホウドリを下ろして、背中のバッグもすぐ傍に置いた。

「今消毒液とか包帯とか持ってくるから、待っててね」

 そうとだけ残してリビングを急いで出ようとした。が、ドアに差し掛かったところで、

「その必要はない」

 少女のような高い声が部屋中に響き、僕はぎょっとしてアホウドリの方へ振り返った。

 そこにいたのはアホウドリ一羽のみだった。しかし僕が今の発言をしていなかった以上、僕とこの鳥類の他に第三者、いわゆる不法侵入者が隠れている可能性が強い。むしろそっちの方が自然か。

 ドアを背にして周囲に最大の警戒をしつつ、アホウドリのいる方向をじっと睨みつける。

「……誰ですか」

「おいおい、そんなに睨むなよ人間。お前が勝手にここに連れて来たんだろうが」

 嘲笑う少女の声。

 その声はどうやら目の前のアホウドリの口から出ているようだった。台詞の一音一音に合わせてクチバシが開いたり閉じたりしている。

「鳥が喋ってる……!?」

「鳥が喋ってるってお前、そんなの当たり前だろ? インコとか普通に人語を話してんじゃねえか」

「真似してるだけで意味は分からないんだそうですけどね」

 ていうか初めて会ったよ人間の言葉を完全に理解していて、しかもペラペラ話せる動物。

 アホウドリが良く知ってるな人間、とかほざいてきたのでお返しに僕は良く話せますね額に小判が無いくせに、と打ち返してやった。

「俺はラブリーチャーミーな敵役じゃないぞ」

「見れば分かりますよ、どうしてアホウドリが喋っているのかはさっぱりですが」

 女の子の声なのに一人称が俺っていうのも考え物だ。

「それよりもその必要はないってどういうことなんですか。どう見てもその必要あるでしょうに。死にたいんですか」

「この程度の傷、痛いし痒いがほっときゃすぐに治る。それに死にたくても死ねない身体だからな元々」

 にわかに信じがたいことだが、恐らくこの鳥類の言うことに嘘はないのだろう。僕が応急措置をする必要はないと言っていたわけだし。それにこんなに元気良く僕と会話してるし。

 ふと自分のワイシャツの腕部に目をやる。血がべったり付いているだろうと思っていたが案外そうでもなく、よく見ないと分からないだろう極端に薄い赤が付着しているだけだった。

「あんなに血まみれだったのに……」

「お前が拾う時点でとっくに血ぃ乾いているがな。出血もしてないから汚れないって」

 僕の呟きに反応してアホウドリがクチバシを開閉した。

「……本当に誰なんですか。ボロ雑巾になっても死なないどころか、自己再生能力がある貴方は一体何者なんですか」

 語気を強めて再度さっきと同じ問いを掛ける。当然のことだ。こんな化け物じみたアホウドリが当たり前のように人語を話し、しかもさっきまでは倒れて動かなかったのに今では暢気に僕とこんな無駄話を繰り広げているのだから。

 眼前のアホウドリが、そんな僕の威嚇を馬鹿にするようにしゃくれながら口開く。

「誰も何も、俺はただの呪いを掛けられたアホウドリだよ」

「呪い?」

「ああ、呪いだ。夜になると人間を喰い殺したくて仕方なくなる呪い」

 聞いたことがない呪いだ。丑の刻参りなら知っているけれど、人食いになる呪いなんてあるだろうか。少なくとも僕が知っている限りでは、そんなものは一切存在しないはずだ。

「六十年に一度、一年の間、その呪いが発作のように起こるんだ。んで、人肉を求めて彷徨って、人間を見つけたら即襲撃。大抵の場合、襲った人間を即座に喰い殺して跡形もなく貪るんだが、昨晩は本当に災難でな。ある町を襲ったら見事に返り討ちにされて逃げちまった」

 ぐえっぐえっぐえっ、と低く掠れるアホウドリの鳴き声が笑い声としてクチバシから漏れる。自分のされたことを本気で面白がっているようだった。

「人間を喰い殺す呪い、か」

 独りごちて非科学的な単語を噛み締める。なんとなくだけど、これと僕の人間嫌いの性格が合っているような、同類のような、そんな親近感を覚えた。

「それって、解く方法とかってあるんですか?」

「ああ。気になるか?」

「ええ、気になります。何かの縁ですし、せっかくなので応急処置の延長として何か力になれればと」

 それを聞いた赤染めの化け鳥が、今度は鳥の声ではなく少女の声で高らかに笑った。

「面白いこと言うじゃねえか人間。こんな人食いを助けるつもりだってのか? いつ喰われても可笑しくないってのに」

 確かにこの鳥は今まで僕を食おうとしなかったが、今ではどうだ。こいつは今、舌なめずりをして暗に喰い殺すぞと脅している。次の瞬間に僕の頭を食いちぎりそうな、そんな雰囲気だ。

 まあ関係ないけどさ。

 僕はこの『人間ではないもの』を気に入り、同情した。こいつは僕と同じ人間嫌いだと。こいつは僕と同じように〝人間に虐げられていた〟のだと。

 だから助ける。だから傷を舐め合うことを求める。

「別に、腕一本くらいなら喰われたってどうってことないですよ」




「オーケーオーケー。分かった、お前みたいなお人好しは生まれて初めて会ったから特別に教えてやろう」

 アホウドリが僕に伝授した人食いの呪い解除法はこうだった。

 一つ目は、何も食わず一年を過ごすこと。二つ目は、腹いっぱい人肉を喰うこと。どちらかをすることで呪いは六十年後まで起こることはないと言う。

 前者は却下だ。一年も掛かる応急処置(という名の飼育)なんて面倒臭い上、呪いによる暴走を抑えられるかも分からない。逆に後者は、僕が自身を捧げるか人が沢山集まる場所を提供すれば良いだけだ。当然、後者を採用した。

「それで、どのくらいの量なら満腹になるんですか?」

 アホウドリに重要な質問を投げ掛ける。量さえ分かれば、誰から餌にすべきか……じゃなくて、犠牲になる人の加減が出来るから。

「手首一つで十分だな。実は小食なんだよ」

「はい?」

 反射的に聞き返す。

 今、人っ子が一人以上犠牲にならずに済みそうなことほざいていなかった?

「だから、手首一つで良いんだって。元々そんなに食えないし」

「えっと……じゃあ、なんで個人じゃなくて町を襲ったんですか……?」

 その方が返り討ちにされなくて済むのに。

「決まってるじゃねえか。手首一つだって良し悪しがあんだよ。スベッスベだったりゴッツゴツだったりな。それを厳選すんのにいちいち個人を襲ってたら効率悪いだろ?」

 ということはつまり……、

「たかが手首一つのために選り好みを?」

「たかがじゃねえよ。こっちゃ死活問題なんだよアホ、死なないけど」

 えー……。

 正直拍子抜けだ。なんだよ、これじゃ嫌いな奴を喰わせられないじゃないか。しかもこのアホ鳥、相当のグルメ脳だときた。手とか所詮たんぱく質とカルシウムの集まりなだけじゃん。

「と、とりあえず僕の片手を貴方に食べさせて呪いを解くって方向で良いですね?」

「どうでも良いからさっさと喰わせろアホ人間」

 瞬間。

 アホウドリが羽ばたきどころか翼を広げることすらないまま跳躍し、大口を開けて僕の左手目掛けて飛び込んだ。

「っぐ……!?」

 鋭い痛みがゆっくりやってくるなんてもんじゃない。皮膚筋肉血管神経骨が丸ごとグチャグチャにされた感覚によって、手首が食いちぎられたことを認識した。

 手首から噴き出た血が床とドアを赤く汚す。床に溜まった血はトマトジュースより鮮やかだ。

「うーん……。まあまあ、だな」

 腕を押さえて痛みを堪える僕をよそに、アホ鳥が僕の左手首を飲み下し評価する。

「スベスベでもゴツゴツでもない。及第点」

「いきなりなんてことをするんですか……」

 及第点ってそもそも何を基準に評価してるの……?

 そう思っていた時、突然目眩が僕を襲った。止血できずに貧血を起こしたのだろう。でも、同時に身体が熱くなっていくのはなんでだ。普通体温が下がるとかじゃないのか。ここまで血を流したことなかったけど。

 視界の歪みに耐え切れず不意に膝を付く。息が荒くなり、身体中がインフルエンザに掛かったように熱い。喉もなんだか焼けているような気がする。

「何、これ……」

 意識が朦朧としている中、横たわる僕の目の前にアホウドリが立つ。その鳥の目には、今にも死にそうな僕の目が映っていた。

「俺に噛まれて違う呪いに掛かったんだよ」

「そんなの、聞いてないよ……」

「聞かれなかったからな」

 淡々と返すアホウドリが片方の翼を伸ばして僕の頬を優しく撫でる。フワフワと柔らかくひんやりとした感触が気持ち良い。

「さて。ついさっき恩を売られたからな、その呪いを解く方法でも教えてやりたいんだが……なあ人間」

 撫でていた羽が僕の頬を包み込む。

「人間らしくこのまま死ぬか、人外として第二の生を歩むか、お前ならどっちが良い?」

「それは、これと何の関係があるの……?」

「答えによっちゃあ、死ぬかもしれねえってこった」

「……そう」

 ならこの問い掛けは愚問だ。考えるまでもない。

「人間らしく死ぬかとか、人外として生きるかとか、そんなのとっくに決めてあるよ。僕は人間が嫌いだ。大っ嫌いだ。一瞬たりとも人間として生きたくない。死ぬ瞬間でさえもだ。だから僕は」

 一瞬でも早く人間をやめて、人外として死に逝きたいんだ。

「……そうかい」

 途中から声が掠れてきた所為で上手く発音が出来なかったが、どうやら僕の意思をこの鳥は汲み取ってくれたようだ。

「じゃあ俺と一緒に生きようか、人間」

 瞬間。

 目の前が真っ白に光り輝き反射的に目を瞑ると、頬を包んでいた羽の感触が人間の手の感触に変わっていった。




 それから数秒ほどしてやっと光が治まったと目を開けると、さっきまでは鳥の顔だったものが僕と同世代の少女の顔になっていた。顔だけじゃない。アホウドリ自身が少女の姿になったのだと本能的に理解した。

「……あれ、左手が元に戻ってる」

 ふと左手を見ると、倒れたときには既になかったはずの手が今では傷跡もなくまるで再生されたかのように手首にくっついていた。喉の渇きも身体の火照りもすっかりなくなっている。

「元に戻したからな」

 声のする方へ顔を向ける。そこには、白と黒を基調にしたセーラー服を身に纏う同世代の少女が屈んで僕を撫でていた。

 大人の顔とも子供の顔とも言えるその端正な丸顔は、僕に暖かみのある笑みを向けている。

「お前が手を恵んでくれたおかげでやっと人喰いの衝動から抜け出せてな、元の姿になれたついでにそれも戻したんだよ」

「そんなの聞いてないんですけど」

 僕が聞いたのは人喰いになる呪いのことと、それの解除法だけだ。

「聞かれなかったからな」

 決まった……という風な彼女の顔からどこか微笑ましいものを感じ取ったが、張り倒したいとも同時にいらついた。

 ……それにしたって、

「元の姿って、貴方人間だったんですね」

 人間嫌いである僕からすれば何だか裏切られた気分ではある。同類であり、かつ純粋な人外だったらどんなに良かったか。そう思うとどうしようもなく悔しい。

 この裏切り者め。

 そんな感情を込めて未だ僕を撫で続ける少女を睨みつけた。

「誤解されるといけないから言っとくが、別に俺は恩を仇で返すつもりはないからな? 俺だって人間のことは嫌いだよ。人間をやめられて嬉しかったしな」

 でもな、と彼女は続ける。

「人間をやめてかれこれウン百年経つが、やっぱり根っこは人間らしくてな。奴らが群れているのを見ていると羨ましくなっちまうんだよ」

 そう呟いて彼女は寂しそうに笑う。

 結局のところ、こいつは僕と同じ、ただ傷を舐め合う仲間が欲しかったということか。どこまで行ってもこいつとは同類とは。

「だから一緒に生きようって言ったんですか」

 僕の問い掛けに彼女はああ、と肯定で返す。

「ところで、今ご主人の身体に何か違和感とか変わったところとかないか?」

 不意に今のところ人間姿のアホウドリがそんなことを尋ねる。

 違和感と言われても、精々小腹が空いている程度なんだけど……。

 ……ていうか、ご主人?

「ちょっと待って。今なんて言いました?」

「いや、今ご主人の身体に何か違和感とか変わったところとかないかと聞いたんだが。つかご主人、目下に敬語はやめといた方が良いぞ? なめられちまう」

 まるで母親のように僕を注意するアホウドリの少女。その表情には、真剣という言葉が似合うくらい真面目な顔つきだった。

「いやいやいや待って待って、なんで僕をご主人呼ばわりしてるんですか!?」

「そんなの、ご主人が俺を呪いから解放してくれたからに決まってるじゃないか。そんで俺は、今日からお前に付き従うんだよ。そんなことも分からないのかアホのご主人は」

 いやいや、仮にも目上の人にアホって言う方がアホでしょうに。

「とにかく敬語はやめろ。良いな?」

「いや、でも」「良いな?」「はい」「はい、じゃなくてうん、か分かった、だ」「分かった、分かったから」

 下の存在に圧倒されるご主人ってどうなんだろうね、実際。……さて、本題に戻して。

「変わったところって言っても、今のところ少しお腹が空いただけなんだけど」

「あー、まあ、そんなもんか。人外化の初期段階は」

「え? どういうことなの?」

 僕が問い詰めても彼女は無視する。そんな中、彼女は思い出したかのように「沖明海」と恐らく自分の名前らしい単語をぽつりと発した。反射的に「出石耶宵(僕の本名だ)」と返す。

「そうか。……これから一生よろしくな。ご主人?」

 ……なんか濁った笑顔と言い、重たい台詞と言い、なんだか言質が取られた感が否めない。

END

 お疲れ様でした。

 いかがでしたでしょうか。

 今回はシリアス調の暗い話を書いてみました。グロもちょっぴり。

 ただ、原稿を提出した後で「嘘、主人公のリアクションが足らなすぎ……?」と手首が千切れるシーンで気付きましたが後の祭り。また淡々としたキャラが出来てしまいました。人間らしいリアクションを書くのは意識しないと難しいですね。

 ちなみにこの後、人外化した主人公は周囲の人物に復讐を仕掛けます。ここである伏線を回収する予定でしたが、いかんせん尺の問題で書けませんでした。大体の予定としては、

 ・主人公、内に封じたトラウマと共に人を嫌う理由をあるきっかけで思い出す。

 ・その理由とは、自分を1人の人間として誰も見てくれなかったことで、それを明海そっくりな人が教えたため。それまでは自分の境遇に不満も違和感もなかった。あるきっかけはとは明海の顔をよく見たこと(大体5章あたりのシーン)。

 ・明海そっくりな人にだけ心を開いていた主人公は、今はいない彼女との約束を果たすために復讐を決意。

 という流れにするつもりでした。これ以降の展開もある程度考えているのですが、ある程度なので完全に固まっていません。

 他にも設定として、人外についての設定もあります。

 例えばアホウドリこと沖明海。彼女の人外としての能力は、『再生』全般です。怪我や病気、物の修復が出来、さらには時間の巻き戻しを行うことが出来ます。これには『再生』=元の状態に戻す、というイメージがあります。

 逆に主人公は、人外の能力は『破壊』全般。基本的に何でも破壊・抹消・打ち消し等が出来ます。後は○ョ○ョの○ング・クリムゾンとかも。これは物事の結末・末路など、『破壊』=終わりそのものをイメージしています。

 他の能力として、『創造』や『変換』、『保持』を持つ主要キャラが3人います。皆それぞれに絶滅危惧種を割り当てています。いつか出してみたいですね。

 あ、そうそう、実はこの小説に前身となるものがありまして。

 元々、この作品は授業のノートから生み出された小説なんです。作者の高校のある教科では、ノートのまとめ方は基本的に自由となっていて、先生の説明を受け、それをメモにしてノートをまとめるシステムとなっています。

 作者の場合小説でまとめたのですが、まとめている時、アイデアがほいほい浮かんできていたのでそのまとめたノートの小説を今年の文化祭用に書こうということになりました。その結果がこれです。

 伏線は回収しきれず、突っ込みどころが満載なこれは、もはや駄作でしょう。

 ……とまあ、こんな感じで。

 今回は言い訳や愚痴を書かせていただきました。

 私、夕霞之は、これで部活小説は最後になりますが、趣味としてまだまだ活動を続けていこうと思います。

 と、いうわけで!

 この作品の気になる点、突っ込み、続きを書いて欲しい等の感想を募集します。向上を目指しているので、書いてくださると非常にありがたいです。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。 夕霞之

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