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秋彦  作者: 鳥丸唯史
3/6

「アキヒコさんは普段何をしているんですか?」

 私は訊ねた。

「書生です」

 私は「はぁ」と相槌を打つ。書生って、古い響きだな。

「医師になるのが夢なんです。でも勉強ばかりでは肩が凝るので、こうやって本を読んだり、木を眺めたりしているんです」

「私も似たような感じ」

「そうなんですか?」

「私はバッグとかデザイナーをしているんですけど、行き詰ったりした時とかいつもこの公園に来ます。夏はよく夜にぶらつきます。まぁちゃんと対策をしとかないと、蚊に噛まれまくりますけど」

 私はおどけながら腕をかきむしる仕草をした。よく言われるのだ。その体型でファッション系の仕事をしているのかと。だから澄まし顔で言い返してやるのだ。そうよ。そのバッグ、大層お気に召しているようで何よりざます。おほほ。

「僕は秋の間だけです」

 アキヒコさんは木を眺めながら言った。私はなぜだろうと考え、「あ、紅葉を見るためですか?」と問う。

「それもありますが……。実は待ち合わせをしていましてね」

「え、彼女いるんですか?」

 アキヒコさんは私の驚きように驚いたらしく、目を丸くした。

「いえ、彼女と表現していいものなのか……。あの、なぜそんな顔をするんですか?」

「いや、別に」

 私はどもらせる。何だか意外に思えた。まさかこの人に限って。

「でも待ち合わせって? いつ来るんですか?」

「紅葉の時にです」

「かなりアバウトですね……」

「遅くても十一月までですね」

「そんなんでいいんですか?」

「彼女はなかなか屋敷から抜け出せませんから」

 いわゆるお嬢様というやつだ。そんなもの昼メロだけの世界だと思っていた。違う時代を生きているかのようだ。アキヒコさんは随分と気の長い男。つい口元がゆるむ。

「自分から屋敷に行かないんですか?」

「箱入り娘なんです。エツコさんは」

 会いに行きたくても入れてくれないのだろう。だからといってここで待つだけだなんて、私はどうかと思う。もっとできる行動があるはずだ。

「その、エツコさんが来たらどうするんですか?」

 アキヒコさんはぼんやりと頭を傾げた。

「どうするんでしょう……?」

 意外にもこの人、計画性がない。駆け落ちをするとか、何とでもできるだろうに。私はそんな間の抜けたアキヒコさんに大胆な質問をぶつけることにした。

「なかなか屋敷から出れないんですよね? もしも来れなかったらどうするんです?」

「その時はまた来年の秋に待てばいいだけの話ですから」

 ごく当たり前のように言った。本当に気の長い男だ。それでいいのか(はなは)だ疑問だ。

「別に秋じゃなくてもいいんじゃない? 春になったらサクラもきれいだし」

 この自然公園はモミジやイチョウだけでなくサクラも植えられている。お花見と紅葉狩り、二季楽しめる場所なのだ。

「いえ、これは約束ですから。勝手に変えることはできません」

 変なところで忠実な男だな、こりゃあ。

「ヒグラシが鳴き始めてからモミジが落葉するまで。それが期限です」

 真剣に言うものだから、私は苦笑いを殺して呆然とさせた。


   ***


「おお来たか。ひよこの抹茶サブレ買うてきたか?」

 給料の一部はこのおじいちゃんのお見舞い代へと消える。まったく、食べ物以外に思いつかないのか。探す方の身にもなってほしい。

「こんなに食べて、怒られない?」

「何を言うか。ランニングした後の抹茶サブレと牛乳はうまいぞぉ?」

 話が噛み合っていない。私は嘆息を漏らす。

「それに余ったら倉田さんにお裾分けする」

「ああ、あのおばあちゃんね。すっかり仲いいじゃない。カワイイおばあちゃんだもんね」

「へっへ。梅子の方がめっちゃめちゃ可愛いかった。特に笑顔がな、えくぼがきゅっと出てな、可愛いかった」

 亡きおばあちゃんを溺愛している。これが死してなお夫婦円満の秘訣。私はそういうおじいちゃんが大好きだ。でも倉田さんだってすごく可愛い。若い頃はもっと可愛いのだ。間違いない。

「またドラ焼きか? それがマイブームか」

 おじいちゃんは私の紙袋を指摘した。

「うん。ちょっとね」

 お見舞い帰りに彼に会う。それが日課となっていた。

「太るなよ」

「だからおじいちゃんは気にしなくていいって」

「何を言うか。今はアレがはやっとるんやぞ。とにかくアレだ」

 メタボリックシンドロームのことを言いたいのだろう。私だってそうならないように心掛けてはいる。

「おじいちゃんこそ糖尿病とかに気をつけてね。じゃないともう何も買ってきてあげない」

 何回か会話を交わしたあと退室した。おじいちゃんといるのも楽しいが、彼と話をするのも楽しい。待ち合わせしている彼女が現れない限りは通い続けたい。私は人目を気にして走りたい気持ちを抑えた。

 中庭のイチョウが色づいてきている。ベンチには倉田さんが一人で静かに座っていた。私はアキヒコさんを後回しにした。自分が食べる予定だったドラ焼きを彼女に渡した。喜んで受け取ってくれたからとても嬉しかった。

 癒された心を大事にして彼の元へ向かった。

「また髪染めましたか?」

 以前よりもさらに色が変わっている。焦げ茶から栗色になっていた。アキヒコさんはとぼけた顔をする。

「いえ、染めていませんよ」

「本当ですかぁ? 明らかに変ですよ?」

 似合わないという意味ではない。また気候の変化のせいだと言い訳しようが、そこまで極端に変わるものでもないだろう。気温か何かでぱさぱさしたりと髪質が変わる、というならともかく、色が変わるのは絶対に変だ。これはアキヒコさんの下手くそな嘘なのだ。いや、こんな嘘をついてどうする。私は理解に苦しんだ。

「生まれ持っての性質ですか?」

「ええ。どうやらそうです。この季節になるとだんだん色が変わるんです」

 冗談にも聞こえるし、彼が言うと本当のことのようにも聞こえる。

「まるでモミジみたい」

 彼は笑いながら「本当ですね」と答えた。

「あ、ドラ焼き持ってきました」

「本当ですか? ありがとうございます」

 ドラ焼きを一つ手に取るアキヒコさん。

「すっかり気に入ってしまいましてね。本当にすいません」

「いえいえ」

 そこまでお礼を言われる恐縮してしまう。こっちは毎回読書を邪魔しているのだから。アキヒコさんはドラ焼きを二つに分けて食べる。

 心地良い風だ。それにつられて木々の枝もさわわと揺れる。

「今日もエツコさん、来ませんね」

「ええ」

 このやり取りは定番となっていた。

 十月になって、その後も何回かとアキヒコさんと顔を合わせた。会いに行くたびに確実に変わっていく髪の色。彼は大して気にする様子もなく毎度違う本を読む。

 変わらないこと。それは彼の態度と袴姿。そしてエツコさんが一向に現れないという状況。おかげで私は彼といられたのだけれど。

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