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死に臨む往診

 俺らはその晩、道でたむろしてたんだ。あまり人が通らない道でさ。ま、そういう場所だからこそ集まってたんだが。

 しばらく仲間達と喋っていると、足音が聞こえて来た。見ると、早歩きでどこかのおっさんが、こっちに向かって来ている。俺らの内の一人が、なんとなくの悪ふざけでそのおっさんにこう話しかけた。

 「よぅ、おっさん。どうしたの? こんな夜中にさ」

 断っておくが、そんなに酷い悪意があった訳じゃないと思うぜ。少なくとも初めは。ただ、

 「すまんが、急いでいるんだ」

 なんて感じで、そのおっさんが素っ気なく対応するもんだから、そいつはきっとイラッときて、悪ノリをし始めちまったんだと思うんだ。そいつは、それから手を広げてそのおっさんが歩くのを邪魔した。おっさんは、無言でそいつをじっと見ていたな。いや、ありゃ睨んでいたのか。

 そうしている内に、他の仲間もおっさんにちょっかいを出し始めた。いい暇つぶしだとでも思ったのかもしれない。ほら、ちょっと前にオヤジ狩りってのがあったろ? それを気取っていたのかもしれない。やがて、一人がそのおっさんから鞄を取り上げた。おっさんは、大して抵抗もしなかったが、静かにこう言った。

 「やめなさい。それが何か分かっているのか?」

 上から目線な物言いに、少し悔しさを感じたのか、鞄を奪った奴は、

 「わからねぇなぁ」

 なんて言いながら、それを開けた。そして驚いた声を上げたんだ。

 「なんだこりゃ?」

 見ると、そこには注射器と何かの薬が入っていた。おっさんは、壊されたら堪らないとでも思ったのか、こう言う。

 「触るんじゃない。それは、モルヒネだ」

 その言葉に、皆は固まったな。やくざかもしれない、なんて思ったんだろう。しかしそれからおっさんは、こう言ったんだ。

 「安心しなさい。暴力団ではない。私は医者だ。それは、医療用モルヒネだ。今、往診の最中なんだ」

 俺はそれを聞いて、馬鹿だな、何を正直に言ってるんだ、とそう思ったさ。そのまま勘違いさせておけば、直ぐに鞄は返ってきたはずだろう。

 「モルヒネ? そんなの、治療に使うの?」

 仲間の一人がそう言う。緊張は解けたようだったが、さっきまでのテンションはなかった。ただ、少し強がっているような感じはあったな。本当はビビってるのに、ビビッてた訳じゃないぞってアピールしてるみたいな。それが却って、ビビッてるのを伝えちまってるんだが。おっさんはそれにこう答えた。

 「痛みを抑えるのに使うんだ」

 別の一人がこう言った。

 「へぇ、おもしれぇ。モルヒネ打ってもらえるなら、俺も病気になろうかな?」

 すると、静かにおっさんはこう言った。

 「やめておきなさい。私が担当しているのは、後少しで死ぬ患者だ」

 その言葉に皆が止まった。おっさんを見る。鞄を奪った奴が、一番驚いた顔をしていた。鞄の中身を見ている。

 少しの間の後で、一人がこう言った。

 「脅かすなよ、おっさん。なんで死にそうな奴が、病院にいないんだよ」

 おっさんは淡々とこう返す。

 「本人の望みだ。もう既にかなりの高齢でね。老衰で死にそうなんだ。私は、そんな患者の家ばかりを回っている」

 さっき言ったのと同じ奴が、不思議そうな声を上げた。

 「なんで、そんな事をやってるの?」

 「以前は、大きな病院に勤めていたが、医院長と喧嘩してね。それで、知り合いの小さな病院に籍を置かせてもらって、主に外を回っている。

 家で死にたいと願う患者の家を往診して回っているんだ」

 「答えになってないよ。どうして、そんな事をやってるのか」

 そう言われて、おっさんは少し溜息を漏らすとこう返した。

 「私と医院長が喧嘩した理由は、延命治療について意見が対立したからだ。私は、無理な延命治療を行い病院で死を迎えるよりも、家での安らかな死を希望する患者には、その望みを適えてやるべきだと言った。その為に、家々を往診しようと。しかし、医院長はそれに反対した」

 「どうして?」

 「お金が儲からなくなるからさ。延命治療は大変な経費がかかる。つまり、それをやれば病院は金が稼げるんだ。だから、それに反対をしたんだ」

 その説明に、俺らは全員固まった。そのうちに、一人が疑問を口にする。

 「でもよ。本人が望んでいないのなら、病院なんか行かずに、そのまま家にいれば良いじゃないか」

 すると、おっさんは首を横に振った。

 「話はそんなに簡単ではないのだよ。日本の法律では、24時間以内に医師が診察をしなければ、死亡診断書を書けない。すると、それは不審死として扱われてしまう。それを防ぐ為には、私のような医師が毎日必ず往診しなければならない。が、そんな医師は今の日本にはほとんどいない。

 つまり、老人達の家で死にたいという願いは、今の日本ではほとんど叶えられない。しかも、その膨大な経費が社会の負担になっている」

 そのおっさんの説明で、再び俺らは固まった。おっさんがそこで口を開く。

 「さぁ、鞄を返してくれ。私は行かなければならないんだ。医療財政は危機的状況に陥っているが、その負担は君達のような若い人達に重くかかる。

 つまり、私の行動は君達を救う為のものでもあるんだ」

 もちろん、それから俺の仲間は鞄を返した。おっさんは、早足で夜の闇の中へ消えていった。

ニュースで、自宅で死にたいという高齢者の願いを叶える為に、往診しているお医者さんを取り上げていて、どうして、そんな必要があるのだろう?と思っていたら、そうじゃなければ不審死にされてしまう法律が大きな原因になっていると後で知りました。終末期医療の費用は、約1兆円。本人が望まない死に方の為にかける費用としては、膨大過ぎる、と少なくとも僕は思います。因みに、今の医療財政は高齢社会により、破綻に向かっています。その負担は、若い世代のものでもある。

……と言っても、単純に在宅にすれば、改善するって訳でもなさそうなのですが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短いですが、文全体が説明調になることなく、日常の一部という感じで書かれていていいと思います。また、テーマについてもこういったことを思い、その上で文章にしてアップしたのもとてもいいと思いまし…
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