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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題)  作者: tei
ep1.病院と兄妹
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「更衣君」

 弱弱しいとも取れる、少し高いような中性的な声が、俺の背後から聞こえた。

――?

「更衣君、このプリント、先生から」

 振り向くと、黒い髪が少し長めで、女子と間違えそうな整った顔の、でも間違いなく男子の――葉暮紅也が、俺にプリントを差し出していた。

――ん、サンキュ。

 受け取ると、紅也はにこりと笑って、自分の席へと戻っていった。

 紅也は不思議な奴だ。

 何時も一人でいて、物凄く静かだ。今のように用がない限り、誰かに自分から話しかけるということもない。それでいて、存在感が薄いわけではないのだ。

 不思議な奴だった。

 もっとも、他人に対して興味を持てない『病気』である俺には、その、紅也の特徴のどれ一つにも、興味をそそられはしなかったのだが。

 紅也の顔にも。

 紅也の髪にも。

 紅也の声にも。

 紅也の――眼にも。

 眼……?

 真っ赤な。日本人のはず、なのに。名前も日本名だし……なのに。なのに、どうして。

 眼が赤いんだろう?

 兎も確か、眼が赤かったよな。……まあ、紅也は人間だけど。でも、赤い眼の人間なんて、日本人にはそういないはず。……睡眠不足、か。

 勝手に結論付けて、俺は教室を出る。担任に、呼ばれていた。

 担任の桜見亜入おうみあいり先生は、茶髪で短髪で元暴走族所属で、未だに教師とは思えないほどのタイトなミニスカート(しかも派手な柄)を着用し、サングラスを雨の日でも掛けていて、口調が男のような、女教師である。その教師から、朝のホームルームで直々に、お呼びがかかったのだ。

 全く……なんだってんだろうな。

 さっき紅也から受け取った『先生から』のプリントを、歩きながら開いて読む。

『ちゃんと来るように』

 との赤い文字が、白い紙の中央に踊っていた。

――…………。

 何も、赤くしなくても。他にペンはなかったのか。

 案外と丸い文字につっこみながら、俺は階段を降りる。職員室は二階。今俺がいた教室は四階。二階分降りなければいけない。

 はあ、とため息をつきながら、俺は降りていく。本当に、いったい何の用だろう? 試験でそこまで酷い点数を取った覚えはないし、友人関係のトラブルなんていうこともない……何か呼び出しを受けるような心当たりは、全くといってない。どうして、俺が呼ばれたのだろう?

 考えながら歩き、職員室までたどり着く。ノックして、入る。

 桜見先生の群を抜いた派手な服装は、こういう時に便利だ。灰色やら黒やら淡いピンクやら、少し地味な服装の教師達の中で、桜見先生の真っ赤なパンツスーツ姿は、非常に目立っていた。朝のホームルーム時は確か、ワンピースを着ていたように思うが。

 こうしてころころと衣装を変えるのは、学校での桜見先生の、一つの趣味でもある。現在、桜見先生は真っ赤なパンツスーツを着ていて、それがまたびしっと決まっていた。すらっとした長身の桜見先生は脚も長く、パンツスーツはそれを引き立てるためのものに思える。もしかしたらそれが狙いなのかもしれない。心なしか、桜見先生の隣に座る若い男性教師の視線が桜見先生の周辺をうろうろとさ迷っているように見える。まあ、仕方あるまい。桜見先生はスタイルだけでなく、顔の造詣も綺麗だから。

「ん、来たね、更衣雨夜」

 はい、と俺は答える。桜見先生は、生徒のことをフルネームで呼ぶ。癖なのだろう。

「用ってのはね、他でもない」

 椅子の上でふんぞり返るように胸を張って、桜見先生は脚を組み、俺を見上げて言った。

「葉暮紅也のことだ」

――……はい?

 つい、変な声を出してしまった。

「葉暮紅也は知っているな」

――ええ、まあ。クラスメートですし。

「あいつ、友達いないだろ」

――まあ……そうですね。

「で、あたし、あいつに聞いてみたんだ。友達要らないのか、って」

――はあ。

 何とも直接的な言い方ではあるが、……それが俺に何の関係があるというのだろう。

「そしたらさ、何て言ったと思う?」

――……さあ。

「更衣君となら、友達になりたいです、だとさ」

――な。

 一言言って、絶句して。

 そんな俺に、桜見先生はにゃはは、と笑う。

「良いねえ、その反応。うん、でも本当だよ」

――ええっと。……どうして、俺なんですか。

「うん。それがね、僕と似てるから、って言うんだよ」

――似てる? 俺がですか。

「ああ。いやあたしもね、お前とあいつは全く似てないと思ってるよ。だって、お前は話し上手で友人も多い。片やあいつはいつも一人で友達もいない」

――ええ、まあ……。

 曖昧に肯いておく。桜見先生の今言った『俺』というのは、本来の俺とはかけ離れているものなのだが。

「でも、似てるって言うんだよ。んで、担任のあたしとしては、何時も一人の生徒が他の明るい生徒と友達になりたいって言うのは、やっぱり叶えてあげたいわけなんだな。……分かるだろう?」

――はあ。じゃあ……。

「葉暮紅也に話しかけろ」

――…………。

「話はそれだけだ。分かったら、返事」

――……はい。

 よしよし、と桜見先生は二回肯いて、俺に言った。

「じゃ、戻れ。もうそろそろ授業が始まる」

――……はい。

 しぶしぶ教室を出て行く俺の背中に、桜見先生は更なる追い討ちをかけた。

「良いか、あたしがシチュエーションを整えてやる。放課後に二人きり、教室でお前が話しかける。良いな?」

――…………。

「返事」

――はい。

 ああ、くそ。何が悲しくてクラスメートの男子と二人っきりにならなければいけないのか。桜見先生は絶対に楽しんでいる。俺が困っているのを見て、笑っているのだろう。全く、悪趣味だ。

 放課後に二人きり、教室で俺が話しかける、ねえ……。

 全く、何を考えているのだろう。

 紅也も、桜見先生も。

 理解できないけれど。

 その努力すらも放棄して。

 俺は、階段を上り始めた。

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