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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題)  作者: tei
ep2.姉妹(キオク)
49/61

2-1

 今、街では通り魔が横行している、と言う。

 通り魔――ナイフ通り魔。ナイフで道行く人を斬りつけて、大怪我を負わせているらしい。被害者数は、一日で多くて六人……六人だ。警官だって、パトロール強化で臨んでいるというのに、被害は未だ絶えない。幸い死者はまだ報告されておらず、皆発見が早くて助かったのだと聞く。

 俺は、長いことこの病院にいた上、テレビも新聞も見ていなかったので、これらの情報は全て、紅也から入ってくるものだった。

「まったく。通り魔の癖に、誰一人殺してないって言うんだから、笑っちゃうよね」

 笑える話ではない。物騒な話だ。

 それに。

 ナイフ、ナイフ、ナイフ……というのだから、本当に嫌になってしまう。俺がこの病院に来ることになったのだって、元はといえばクラスメートに腹をナイフで刺されたことが原因なわけだし。

 まったく。

 クラスメートに腹を刺されたなんて、笑えない。笑えるわけがない。いや、……もう、笑うしかないか。本当に、なんだってこんなコトに。

 咲屋灰良には興味がない。

 咲屋灰良が俺を刺した理由にも、興味がない。

 興味があるのは。

 どうして『俺が』、あいつに刺されなくてはならなかったのか、だ。

 なんだって、俺が。なんだって、咲屋灰良に。なんだって、ナイフで。

 刺されなくてはいけなかったのか。

 ……やっぱりアレが原因か……?

 思い当たることが、一つだけある。

 何故俺が。何故咲屋灰良に。何故ナイフで、刺されなくてはならなかったのか。

 その理由に、思い当たることが、一つだけ。

「なんだい、それ? 思い当たること、ってさ」

 隣に座る紅也は、くっくと笑いながら俺に問う。どうせ、もう分かっているくせに。

「失礼な。僕は、勝手に人の心を読むような、無礼な悪魔ではないよ」

 言いながら、それでも笑うことを止めない紅也。

――何言ってるんだ。前だって、勝手に俺の心を読んだだろう。

 言ってやると、紅也は。

「何の話?」

 わざとらしく、とぼける。黒い髪をさらさら揺らして、それで、と俺を急かした。

「それで。その、思い当たること、って、何なんだい」

――言うのかよ……。

「うん。いや、強制する気はないけどね。嫌なら、話さなくても良いけど。――君に、『嫌』なんて感情があるならだけど」

『嫌』という感情なら、俺にだってある。でも――……まあ、別に良いだろう。隠すことでもあるまい。

「それなら、話してくれるんだね」

 流石雨夜君、と。

 紅也はその、ほっそりとした白い指を自分の体の前で合わせ、二、三回ゆっくりと叩いた。――拍手のつもりなのだろうか……?

「では、どうぞ!」

 一人テンションの高い紅也が、促す。

――はいはい……。

 俺は仕方なしに口を開く。

――心当たり、っていうのはさ――……あいつをフった、ってだけなんだよな。

「…………」

 紅也は黙って、俯いて。

 黒くて綺麗な長い髪に隠された顔の、口元に手を当てて。

 肩を震わせ始めた。

――……おい、紅也? どうしたよ?

 流石に不気味なのでそう問うと、紅也は俺をちらりと見て、またすぐに俯いてしまう。その赤い眼には、涙が浮かんでいる。

「くっくっ……くくくくっ……」

――お、おい、紅也……。

「くくく……ぷっ……あははははっ」

――…………。

 呆れたことに、紅也は眼に涙を浮かべて、爆笑していた。

「くっ、あははっ。や、ちょっ……雨夜君……ごめん。だって、可笑しい……可笑しすぎてっ……だって、君が……君が……あはははははは……」

――…………。

「だっだっだっ、だって、だよ? くっくく……君、だって、『病気』なんだよ……?」

――…………。

 笑いすぎてまともに息継ぎもできない紅也は、切れ切れに言葉を発する。

「びょっびょ……『病気』の人間が、……女の子に告白されたって言うんだもの……! これが笑わずにはいられますか、本当に……! くくくっ」

 くははは、と。

 大きな声ではなかったものの、俺たちの周囲の人間が一斉に身を引くくらい、紅也は笑い転げる。……いや、これはただの比喩であって、実際にはただ腹を抱えて大笑い――忍び笑いをしているだけなのであるが。

――…………。

 それは……まあ、確かに。紅也が笑うのもおかしくない。紅也がおかしがるのも、おかしくない。俺だって、驚いたのだから。まさかこんな――こんな俺に、『あの』咲屋灰良が。本当に、驚いた。思わず、「嘘だろ」、と口から出そうになるくらい。心の底から。つまりそれは、俺が彼女を全く意識していなかったというと同様で。それはつまり、俺からの答えはその時点でとっくに決まってしまったということで。

 それで、当然、断ったのだ。

 咲屋灰良は。

 やっぱりだめか、と小さく呟いて。

 儚げに笑んだ。いや。それは、笑みというより……消え入りそうな、

 微笑み、だった。

 だめ、という訳ではない。

 俺が。咲屋灰良からの申し出を断ったのは、彼女をどうでも良いと思っているから『だけではない』。

 俺が。

 彼女には、釣り合わないからだ。

 咲屋灰良は、良い奴だった。

 思っていたのよりずっと気さくで、話しかければちゃんと答えたし、冗談も通じたし、話しやすかった。そう、そしてそれは、彼女の『性格』であって――『性質』であって――根本的な、モノだった。揺ぎ無く。

 咲屋灰良は、根っからのお人好しで、良い奴だったのだ。

『それ』は、決して仮面ではなく。

『それ』は、決して虚偽ではなく。

『それ』は、決して虚飾ではなく。

『それ』は、決して偽物ではなく。

 彼女は、本当に、本物の、良い奴だったのだ。

 そんな彼女が見ていた俺は、何だ?

 仮面の笑顔を貼り付けて。

 虚偽の台詞を並べ立てて。

 虚飾の冗句で空気を埋めて。

 偽物の自分を演じ続けた。

 どこまでも透明で、無色なあいつには、俺はあまりに汚れすぎていて――釣り合おうハズがなかった。

 咲屋灰良の思う『更衣雨夜』は、本当はいない。

 彼女は、本当の俺を知らない。

 俺は、お前の思うような人間じゃ、ないんだよ。

 お前のような純粋な人間の隣に、俺みたいな人間は、いちゃいけないんだ。

 だから……

――ごめんな。

 咲屋灰良は――……。

 微笑んで。

 ううん、良いの、と。

 微笑んで。

 伝えることが出来てよかった。有難う、と。

 そう、微笑んで……。

「はあ……っと。あー笑い死にするかと思った」

 笑いから開放されたらしい紅也は、俺のつたない回想を断ち切った。

「そっかそっか。君は、それで刺された、と」

 そう思うわけね、と紅也は肯いた。

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