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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題)  作者: tei
ep1.病院と兄妹
41/61

5-4

「まったく君は、馬鹿だねえ」

 紅也は、俺のギプスをはめた左腕と、包帯でぐるぐると巻かれた両足を見下ろして、くすくすと笑った。

「なんだって退院する前日に、こんな大怪我負うんだか」

 本当に馬鹿なんだから。

 言いながらも、紅也はおかしくてたまらないと言うように笑い続ける。

――悪かったな、馬鹿で。

「いやいや、悪くなんか無いよ? でもさ、あまりにも、その……何? その、格好が、……くくくっ」

――仕方ないだろ。生きてるだけでも奇跡って言われるぐらいの怪我だったんだから。

「そ、それはそうだろう、けど」

 けらけらと笑う紅也は、何を血迷ったか今日もまたスカート姿だった。

相変わらずロングスカートなのだが、今日はフリルがついていて、一段と可愛らしい……否、あほらしい服装だった。格好のことは、こいつに言われたくはないな。

「にしても……みちるさん、死ななくて済んで、良かったね」

――ん。

 紅也は笑いを一旦中断させて、『悪魔』らしからぬ発言をした。

――まあ……そうだな。

「君はそんなにすごいことになっちゃったのに、みちるさんはなんと無傷だったんでしょう? 本当、君の働きは功労賞ものだね」

 ふふ、と微笑んで、紅也は言った。

 そう。

 昨夜、俺はみちるさんの腕を掴んで、屋上へと引き寄せた。そして、その反動で。

 俺は、屋上から落ちた。

『雨夜君……っ』

 みちるさんの叫び声を聞きながら、俺はこのまま死ぬのかな、と思ったことは覚えている。そのまま意識を失ったのだろう。目を開けたら、俺はまたもや病室のベッドに逆戻りしていた。しかも、最初にそこに寝かされていた時より、はるかに酷い状態で。

 まったく、俺は本当に馬鹿だ。

『病気』の癖に。本当は、みちるさんなんかどうだって良いと思っている癖に。

 死んだらだめだ、なんて一般論で。

 俺は、死にたい奴は死ねば良い、なんて平気で言ってしまえるような人間なのに。

 偽善も、ここまでくると笑うしかないだろう。

 その癖――……このザマだ。

――全く……何、やってるんだろうな、俺。

 ため息混じりにそう呟くと、紅也はんん、と首をかしげた。

「何もなにも、君が、みちるさんを助けたかったんだろう? それは、みちるさんに対する君の思いとは、あまり関係がない。君は多分、自分のために、みちるさんを助けたかったんだよ」

――……俺のため?

「そう。君は、多分」

 誰かを死なせてしまったら、自分が許せなくなってしまうから。

「自分で自分を責めるほど、面倒なコトはないからね。君はつまり、みちるさんの死を見過ごすことによって後々自分が襲われることになるであろう『自責の念』を、回避したかったのさ」

 淡々と。

 紅也は、俺を突き放すように、さらりと言った。

 俺は、俺のために、みちるさんを救った、か。

 ……そうなのだろう。

 やはり、俺は。

「君は『病気』だからね。ま、頑張って」

 にっこりと笑って、紅也は病室のドアへと目をやった。

――どうした? 紅也……。

「来客のようだよ。僕は、席を外した方が良いかな」

――え……。

 紅也の言うとおりのようだった。

 俺がドアに目を向けると、その時丁度、こんこん、と澄んだノックの音がした。

――どうぞ。

 がちゃり、と。

 ドアを開けて、みちるさんが、入ってきた。

「あ……ごめんなさい。お邪魔だったかしら」

 入ってきて、紅也と俺を一目見るなりそう言ったみちるさん。なんだかまたもや、面倒な誤解をされてしまったようだ。

「いえ、僕のことはどうぞお構いなく。雨夜君との話でしたら、席を外しますので」

 にこやかにそう言って。紅也はみちるさんに礼をして、病室を出て行く。――行きがけに、俺にウィンクを残して。意味の分からない奴だ。

「ごめんなさいね、急に……。あの子、彼女? 可愛い子だったじゃない」

――断じて違います。あいつは、ただの変態です。

「照れちゃって、もう」

――…………。

 まったく、どうして俺の周りには、こうやって俺の話を聞いてくれない人間ばかりいるのだろう。

――それで、何の話ですか?

「あ、ああ……。ええ、そう。話、よね……」

 みちるさんは視線をあちこちに泳がせた挙句、ようやく俺の顔を見て、言った。

「私、自首しようと思うの」

――はあ。

 俺が肯くと、みちるさんは少し拍子抜けしたような表情で黙り込んで、「それだけ?」と首をかしげた。

――それだけも何も、あなたがそう決めたのなら、俺はそれ以上何も言いませんよ。

「……やっぱり、雨夜君は冷たいね」

――そうですか。

「うん、冷たいよ。……でも、優しいね」

――そうです、か……?

「うん、優しいよ。だって君……、昨日の夜……身を投げ出してまで、私を助けてくれたじゃない」

――それは、あなたに死なれると、俺が困るから……。

 だから、ただ、ただそれだけなんだ。俺は、優しくなんかない。俺は、あなたが思っているような、『優しい』人間なんかじゃ……。

「それでも、私の命を助けてくれたことには、変わりない。……でしょ?」

――でも、俺は……。

「良いの」

 みちるさんは、俺の唇に指を当てて、首を振った。

「君の気持ちなんて、関係ないんだよ。私が、君に、お礼を言ってる。ただそれだけじゃない。何も遠慮せずに、どういたしまして、って……言えば良いの」

――でも、そんな……。

「良いから」

 ね、と。みちるさんは、指を離して、笑う。……でも。でも、俺は……あなたに礼を言われて良いような人間では、ないのに。俺は――……。

「もう、しょうがないなぁ。ほら、私がもう一度お礼を言うから、君は、どういたしまして、って、ちゃんと言うんだよ。じゃあいくよ……雨夜君、ありがとう」

――…………どういたし……まして……。

「うん、よしよし」

 満面の笑みで。

 それはもう、今まで見たこともなかった、みちるさんの一番の笑顔で。

 俺は眩しくて仕方なかった。

「それじゃあ、言う事も言ったし。……私はそろそろ、行こうかな」

 くるりと後ろを向いて、二歩歩き。そしてまた、彼女は振り向いた。

「あの、ね……雨夜君」

――はい?

「動機、とか……聞かないの?」

――……ええ。今更そんなモノ、聞いてもしょうがないでしょう。

「…………」

 驚いた顔で、みちるさんは俺を見て。

 ふっと笑って、また俺に背を向けた。

「本当に有難うね、雨夜君。最後に一つだけ、……聞いても良いかな」

――なんなりと、どうぞ。

「どうして私だって、気付いてくれたの?」

――ああ……。そんなの、簡単です。推理も何も、必要ありませんよ。

香水です。

「……そっか。この、香水、か」

 うふふ、とみちるさんは心底おかしくて仕方ないとでも言うように笑って。そして、振り向かないで、

「さよなら、ありがとう」

 そう言って、病室を、出て行った。

 後にはやっぱり、微かな花の香りだけが、残された。

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