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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題)  作者: tei
ep1.病院と兄妹
40/61

5-3

「雨夜君……、何? こんな時間に屋上なんかに呼び出して……」

 みちるさんは、暗闇の中でそう言った。微かな花の香り。

「明日退院だからって、あんまり無茶されると困るのよ。怒られるのは――……」

――みちるさん。

「何?」

――俺があなたを『こんな時間』に呼び出したのは、他でもない……、あなたの罪について、話したかったからなんですよ。

「何の話かしら……急に改まって、どうしたの?」

――……分かっているでしょう? 俺が言いたいことぐらい。

「さあ、分からないわ……」

 時刻は夜中の十二時。場所は屋上。

 真っ暗闇の中に、俺とみちるさんの二人きり。みちるさんの姿……輪郭が、かろうじて判別できるほどの、朧気な月明かりしかない。お世辞にも暖かいとは言えない、夏の夜。肌寒い風が吹き抜けていく、そんなシチュエーション。

――あなたは、……いや、あなたが、桜坂花弁看護師と、宇野友仁君を、殺害したんですね。

「…………」

 一瞬の間があって。

 みちるさんはくすくすと笑って、俺に近付く。かつん、かつん、と足音が妙に高く響く。

「私が?」

――そうです。

「何故?」

――さあ?

 くすくす、と。

 みちるさんは――……

 俺のすぐ耳元で、ささやくように笑った。


 どうして俺は、みちるさんを屋上になど呼び出したのだろう。

 罪を背負った人間が、次に何をしようとするか、分からなかったわけではないのに。

 罪に耐え切れなくなった人間が、

 罪を負っていくことに疲れた人間が、

 罪の重さに負けそうになった人間が、

 次に何を選ぼうとするか――……どうやって罪を放り投げようとするか、考えなかったわけではないのに。

 罪を負うことは、つらい。

 罪と共に歩むのは、苦しい。

 誰か――それが、『通り魔』であれ、殺人容疑のかかっている意識不明の『患者』であれ……誰かに、罪をなすりつけようとしたくなるのも、無理はない。

 そして、その罪を……

『死』によって贖おうと考えることだって。

 決して、おかしなことじゃない。

 俺は、間違ったのだ。

 決定的に。

 タイミングを。場所を。時刻を。

 紅也の言葉の、意味を。

 どうしようもなく、間違えたのだ。もう、後戻りもできないほどに。

 みちるさんは、俺の傍を通り過ぎて。

 そのままかつかつと、足音を響かせて。

――……っ……! みちるさん……!

 彼女が何をしようとしているのか。ようやく気付いた俺は、彼女の足音を追いかける。

 かつん。

 足音が、止まる。思いとどまってくれたのか? ――いや。

 そこは、多分。

――みちるさん、だめだ……。

「だめ?」

 月が、雲の割れ目から光を落とす。屋上の柵を乗り越えた、みちるさんの姿が浮かび上がった。その姿は、とても危なげで。儚げで。今にも――壊れそうな……。

――みちるさん、死なないで下さい。死ぬなんて……だめです。

 俺はそろそろとみちるさんに近付く。走って刺激するのは、かえって危ない。

「でも……私は……」

 ふっと微笑んで……みちるさんは、俺にウィンクして見せた。

――…………。

 一瞬意味が分からずに、俺は戸惑った。みちるさんはそんな俺に。

「気付いてくれたのは、君だけだったよ」

 そう言って、足を一歩――……。

――ちっ。

 俺は舌打ちをして、走る。

 とにかく、走る。

 距離にして数メートル、フェンス越しのみちるさんの体が、ゆらりと後ろに傾き――

 落ちていくのが見える。

 まだだ。

 まだ……まだ、間に合う。

 俺は、できる限りまで腕を伸ばす。

 みちるさん。

 あなたはまだ、死んではいけない。ましてや、自殺なんて。するべきではない、してはいけない。いや……俺は……。

 幸いにもフェンスは低く、俺が飛び越えるのは楽だった。

 みちるさん。

 俺はあなたに、死んで欲しくはない。

「……っ!! 雨夜――君!?」

 みちるさんは、大きく目を見開いて、俺を凝視する。そうだ、まだ間に合う。

 俺は思い切り……できる限りなんてものじゃなく、きっと限界をとっくに超えて――……腕を、伸ばした。

 俺はあなたに、生きていて欲しいんだ。

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