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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題)  作者: tei
ep1.病院と兄妹
36/61

4-9

 朝が来て。

 俺は、院長室にいる。

 小波院長は、その落ち着いた顔の整った眉と眉の間に深くしわを寄せ、俺を見ながら小さくため息をついた。

「ああ……、更衣君。君はまた、通り魔に出くわしたんだってね……」

――いえ、通り魔の被害者を見つけただけです。通り魔自体は見ていません。

「ああ……そうだったかな。まあ、どちらでも良い。どちらでも、変わりはない」

 ふう、と一息ついてから、院長は、それで、と顔を上げた。

「アラタコトミ君の容態だが……、奇跡的に一命を取り留めたよ」

――そうですか。

「でも、驚いたよ。深夜にみちる君から電話があってね――……。彼女、何て言ったと思う?」

――……さあ。

「『雨夜君が、アラタ君を刺しました』、だってさ」

 あはは、と。

 今までの緊張感は嘘だったかのように、院長は屈託なく笑った。俺は一瞬虚を突かれた気分になったが、すぐに気を取り直した。

――そうですか。

「いやー、にしても……みちる君も、慌てたんだね……。まさか二人とも、こっそり外に出てたなんて思わなかっただろうし」

――ええっと。そのことについては、その……すみませんでした。

 俺が頭を下げると、院長は良いよ良いよ、と笑う。

 ……なんだ。笑ってたら結構普通のおじさんじゃないか。

 妙にほっとして、俺は院長の言葉を待つ。

「君に来てもらったのは、単なる確認でね。二、三、みちる君からも質問があったようなことを聞くだけだから、少し我慢して欲しい」

――はい。

「じゃあ、まず。君とアラタ君が外に出たのは、何のためだったんだい」

――アラタ君の妹、雪花ちゃんと会うためです。

「何故、あんな夜遅くに?」

――なんでも、アラタ君のご両親の命日が今日だったらしく、それを偲ぶためだったようです。

「どうして君は、それについて行ったのかな」

――町で通り魔が流行っていると聞いていたので、二人が話す間だけでも見張りをしようと思って、ついて行きました。

「見張り、ねえ。もしかして、通り魔を退治しようとでも思ったんじゃないのかい?」

――…………。

「まあ、良いけどね。それでは最後。アラタ君の妹さん……」

――雪花です。

「セツカちゃん、は。来なかったんだね」

――ええ。まだ子どもですから……、眠ってしまったのかもしれません。

「そうか。うん、大体みちる君から聞いていた通りだね。ご苦労様。ああ、ついでに確認しておくけど……アラタ君は、君が目を話したほんの数秒の間に、刺されていたんだよね?」

――はい。

「うん、有難う。それじゃあ質問はここまで。君も疲れただろう、病室に戻って、ゆっくり休むと良い」

――はい……失礼しました。

 ドアを閉めようとした、その時に。

「そうそう、君の退院、今週末の予定だから」

 と。

 院長の朗らかな声が、俺に言った。


 俺のベッドの隣に、アラタ君は今いない。彼は今、ICUにいる。

 胸の傷は結構深かったようだが、幸い心臓をそれていたという。でも、他の内臓が出血していて、かなり危ない状態だったそうだ。

 それは、そうだろう。

 胸に刺さっていたのは、小さいとはいえ立派な刃物。凶器。ナイフ……。

――はあ……。

 俺は、朝日の差し込むベッドに座ってため息をつく。

 疲れた。

 なんだかすごく――……ものすごく疲れた。

 今更ながら、自分の行動が馬鹿らしく感じられる。俺は結局、雪花を止めることもアラタ君を守ることも出来なかった。……一体何をしについて行ったんだか。

「雨夜君」

 名前を呼ばれて振り返ると、そこにはみちるさんが立っていた。

「退院の話、院長先生から聞いた?」

――ええ。

「おめでとう。その……アラタ君のことは、残念だったけれど」

――まあ、命が助かっただけでも良かったと思いますよ。

「そう……そうね。あと、雨夜君、昨日は酷い事言ってご免なさい。……本当に……」

――? はあ……。

 どうして謝るのかよく分からなかったが、俺はとりあえず肯く。みちるさんは微笑んで、

「退院は明後日よ。準備しておいてね」

 そう言って、いつものように明るく笑って。

 あっという間に、病室を出て行ってしまった。

――……なんだったんだ。

 微かに残った、花の香り。

――……ああ、……そうか。

 俺は一人で納得して。

 そしてそれから――……眠ることにした。

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