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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題)  作者: tei
ep1.病院と兄妹
35/61

4-8

 ――雪花。

 雪花、雪花、雪花、雪花。

 僕の大切な――たった一人の、妹……雪花、雪花。

「お兄ちゃん……」

 何か。

 何か、暖かい滴が、僕の頬を濡らしているようだった。何だろう?

 雨かな、それとも、血かな?

 雨だったら……僕、このまま濡れっぱなしで死んでしまうんだろうな……。血だったとしても、同じことだけど。だって、胸を刺されたんだから。

 ああ、雪花……でも、僕はお前になら――。

「お兄ちゃん……」

 これもきっと、死ぬ前の幻聴なんだろうな。……眼も、もう開かないし。感覚なんてものはとっくに……。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん……ごめんなさい」

 あ…………。

「せ……つ、か? そこ……に?」

 まだ声を出せることに驚いた。けれど、指一つ、動かせやしない。

「お兄ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。許してとは言わないから……本当に、」

 ごめんなさい、と雪花は繰り返した。体中の神経と筋肉を総動員するような気持ちで、僕は目を開ける。

 涙で顔をぐしょぐしょにした、雪花の顔がそこにあった。

 後ろの方で、更衣さんと紅也さんが、僕を覗き込んでいるのも見える。

「せ……つか、泣かない……で」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……」

 雪花は、その暖かい涙を、ぼたぼたと僕の顔に落とした。

「ぼ……くは、せつかにころされるなら、……それでも、良い、ん、……だよ」

「そんなこと言わないで……! お兄ちゃん……」

 ぐすっと、雪花は鼻をすすった。

「ああほら、かわいいかおが、……だいなし、だよ」

「お兄ちゃん……、死なないで」

「え……」

「死なないで、お兄ちゃん。本当は、殺したくなんてなかった。一緒に、ずっと、いつまでも一緒に、いたかっただけなの。私だけのモノでいて欲しかったの。私が悪いの。全部全部、私が悪いの。お兄ちゃんは本当に全然、悪くなかったのに……。お兄ちゃんは死なないで。お兄ちゃんが死んでしまうくらいなら、私が代わりに――」

「だめ、だよ……せつか。お前は、死んじゃ、……だめだ」

「でも、私が悪いのに……。お兄ちゃんはいつもいつも、そんなに……優しくて……優しすぎて……、いつだって私の代わりになってくれて……。お兄ちゃん……」

 死なないで、死なないで。

 またぼやけてくる視界の中で、雪花はそう繰り返した。ひっくひっく、としゃくりあげる。

 ああ、違う。

 僕は、お前が泣くところなんて、もう見たくないんだ。

「なかないで、せつか……。せつかの泣き顔なんて、僕は……好きじゃ、ないんだから」

「でも……ごめんなさい……」

 一度泣き始めると止まらないのだ、雪花は。

 ああ……もう。

 そんなに泣かれては、死ねないじゃないか。

 泣き顔の雪花に看取られて死ぬなんて、絶対にいやだ。

 どうせ死ぬなら、笑顔の雪花に見送られて死にたい。

 そうだ……、

 雪花が望むなら。

 僕は、死ぬまい。

「お兄ちゃん、……お兄――」

 急速に意識が遠のいて。

 雪花の顔も声も、何もかも――

 僕には、分からなく、

 なった。

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