表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤い瞳で悪魔は笑う(仮題)  作者: tei
ep1.病院と兄妹
34/61

4-7

「君は……、今まで気付かなかった。自分の記憶の曖昧さ、不確かさ……そして、現実と虚構の違いに」

「……私は……でも、私は」

「君の、『確かに自分のモノと言えるような記憶』は、もうとっくに削除されてしまっているんだよ。『白い男』にね」

「私は、私は――……」

「でも、もうそろそろ気付いてもいい頃合だと、僕は思うんだ。いつまでも甘えてばかりじゃ、いけないからね」

「違う違う、私は、そんな――」

「良いかい? じゃあ、教えよう」

 全くかみ合わない二人の会話。雪花の意味不明な言葉に構うことなく、紅也はそう言って、指を立てた。一つ目、という意味だろうか。

「君は、その昔――そうだね、一年前の今日を境にした、その以前――……、両親から、虐待を受けていた」

 ……………………。

 ぴたり、と。

 公園中の空気が停滞したかのように感じられた。

 雪花の、連続的で断片的だった切れ切れの言葉も、ぴたり、と止まった。雪花は顔を上げて、紅也を見る。その目の中には、何も――。

「そして君は、一年前の今日……、両親を、死なせた」

 ……………………。

 停滞した空気は、動かない。

 どこまでも、いつまでも、……停滞し続ける。

「アラタ君じゃない。雪花ちゃん、君が……両親を、殺したんだ」

「…………」

「そして。君とアラタ君の、二人だけの生活が始まった。アラタ君は学校も辞めて、食品店でのアルバイトを始めた。君は両親から解放され、幸せな日々が始まると、期待していた――」

 紅也は、淡々と言葉を連ねる。

「でも君は、君の望んだ『世界』をそこに、その生活に、見出すことが出来なかった。何故なら――、君が望んでいたのは、『兄と二人だけでいられる世界』だったんだからね」

「違う。……違う違う違う、違う違う違う違う! 私は、殺して、なんか」

「でも、現実は、君の思うとおりには動かなかった。アラタ君は、君との生活のためにどうしても働かざるをえない。職場という環境に身をおく以上、新たな人間関係というものができてくるわけだからね。だから君は……」

「違う、違う、違う……!」

「君は、『兄が自分の知らないところで何かをしている』という、その事態に、どうしても我慢できなかった。それまで君が、学校に行ってアラタ君と離れることを我慢できていたのは、彼が学校という環境よりも自分を重視してくれていることを、理解していたからなんだ。でも、『生活』という、君の存在を上回るような、大きな目標が――彼には、出来てしまった。それがたとえ自分のことを思ってのものだと分かっていても、君は……寂しかった」

「私は、私は、私は……」

「自分のためであっても。結果的には自分のためなのだと、理解していても。……君は、仕事が忙しくて自分を構ってくれなくなったアラタ君を、自分の……自分だけのものに、したかったんだ」

「そうじゃない!」

 雪花の声に、力はない。ただ微かに、空気を震わせただけ。

「違う違う、私は、誰かを殺したりなんて、……」

 そう呟きながら、雪花は首を振る。でも、紅也の言葉が止まることはない。

「君は、お兄さんに近付いた女性を、何人も――それがどんな理由のものであれ、少しでも彼に話しかけた女性を、夜中襲って、殺して埋めた」

「殺してないっ、殺してないっ! 私じゃない!」

 雪花は耳を塞ぎ、ますます小さく蹲る。

「そんなことをしているうち。君は、自分の行為に対する、良心の呵責に苛まれるようになっていった。最初は衝動的な行為だったんでしょう? でも、それは段々、習慣化していった。……自分が恐ろしくなったのかも、しれないね」

 そんな時、と。紅也は続ける。

「『白い男』が、現れた」

『白い男。真っ白なスーツを着た、男。切れ長の目元に、血の気の無い、薄い唇……』

「彼は、君のその、『罪の意識』を、『喰った』。そして代わりに、代替記憶と嘘の情報を、……君に与えた。――原因となる人物を殺せ、と命令した上でね」

「違うっ! 私は誰も殺してない! 違うの、私は、私は……」

 雪花は、堰を切ったように泣き喚く。紅也が来る前の、あの怜悧さは消し飛んだ。今目の前にいる雪花は、混乱して、困惑して、憔悴しきっていた。

「私は……ただ――……」

 そうして、放心したように宙を見つめ、呟いた。

「お兄ちゃんと一緒に、い続けたかっただけなのに――……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ