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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題)  作者: tei
ep1.病院と兄妹
31/61

4-4

「一年前、私とお兄ちゃんの両親は殺された。……今日が、その命日。だから、今日、この悪いお兄ちゃんを殺そうと考えました――そう、決めたんです」

 雪花は、話し始める。俺はそれを黙って聞く。

『だから』……? どういうコトだろう。

「父と母を殺したのは――」

 雪花は街灯に照らされて。スポットライトでも浴びたように、照らされて。

 大げさに腕を振り、倒れているアラタ君を指す。

「この、『悪い』お兄ちゃんです」

――…………。

 アラタ君が、両親を殺した、だと?

 俺は耳を疑い、雪花を疑い、アラタ君を疑い、ここで起きているこの事態そのものを疑った。そしてその一方で、成程それなら雪花がアラタ君を殺そうとするのも分かる、と妙に納得していた。

「そう。一年前のあの日……学校から帰って来た私が見たモノは」

 バスルームで血まみれになっている両親と、その前に立ち尽くしている兄でした。

「お兄ちゃんは、声も出せずにいる私に向かって言ったんです。これで、雪花をいじめる奴らは死んだよ、と。もう、怖がらなくても良いんだよ、と」

「……せつ、か。僕は、父さん達を殺したりなんか、ゴホッ……してない……」

 アラタ君は体を捩り、必死の眼差しで雪花を見上げている。けれど、雪花はそんなアラタ君を見下ろすばかりだ。

「覚えてないんです、お兄ちゃんは、自分でしたことを自分で責めて、忘れてしまった……」

――で、でも雪花。……その言葉の意味は? いじめるだの、何だのってのは……?

 俺の問いに、雪花はああ、と肯いた。

「お兄ちゃんは、何をどう勘違いしたのか知りませんが、私が両親を怖がっていると思っていたみたいです。父母を殺して、私と二人で暮らすつもりだったのでしょう。でも、お兄ちゃんは優しい人だったから……殺人なんてできないと、思いつめていた。でも、ある日。そう、丁度一年前の、今日」

 タガが、外れた。

「でも、せつか……せつか、いつもおびえたカヲしてたじゃないか……。体中に痣があったじゃないか……。それも僕が、修学旅行で家を開けたりする度に……増えていた、じゃないか……」

 アラタ君は何度も息を継ぎ、時間をかけてそう言った。雪花はそんな彼の言葉を、一言で切り捨てる。

「そんな事実は、ありませんでした。……全てが、お兄ちゃんの妄想」

「そんな……嘘だ……せつ、……ぐっ、」

 げほげほ、と咳き込むアラタ君。しかし、その前には雪花が立ちはだかっているせいで、近寄ることも出来ない。……大丈夫だろうか。

「妄想にとらわれたお兄ちゃんは、父と母を殺し、一度外へ出て行きました。何をしに何処へ行ったのかは知りませんが、大方凶器の始末にでも行ったのでしょう。……そして、戻ってきた時には」

 今自分が何をしたかも忘れ、

「泣いていました……」

――…………。

 なんだ、それは。どういうことだ?

――アラタ君が本当にご両親を殺したのかはこの際置いておくとしてだ。つまり、こういうことなんだな? アラタ君は、その事実を忘れてしまっていると。

「ええ」

 雪花はこくりと肯いた。その仕草には、いまだ少女らしいあどけなさが残っている。なんというギャップだろう。

「その通りです。お兄ちゃんは、私を大切に思うあまり、他の全ての人に対して、疑心暗鬼になっていたんだと思います。……話を先に進めましょう。私は初め、お兄ちゃんが、全てを忘れた振りをしているんだとばかり思っていました。だから私も、何も知らない振りをして、びくびく脅えて、生活していました」

 でも、と。雪花は、暗い瞳で――それでも妙に晴れやかな表情で、笑った。

「でも、ある日――出逢ってしまった」

――誰に?

「白い男。真っ白なスーツを着た、男。切れ長の目元に、血の気の無い、薄い唇……。その唇で、男は言いました――」

『お兄さんが、消えてしまったんだね?』

「確かにその通りだと、私は肯きました。そしてその時、彼に言われたのです」

『君は、お兄さんを取り戻したいのかな?』

「白い男は――……自分の言うとおりにするならば、元の優しかったお兄ちゃんが戻ってくる、と言いました。つまり、今いるお兄ちゃんは本当のお兄ちゃんではない、『それ』を殺せば、元のお兄ちゃんが戻ってくる、と」

――その話に、君は乗った、と?

「ええ。だって」

 言いながら雪花は、地に伏せて痛みに耐えるアラタ君を見下ろした。

 見下すように、憐れむように。

「このお兄ちゃんは、あの男の言うとおり、前のお兄ちゃんと違うんだもの。殺して戻ってきてくれるのなら、それほど簡単なことはない……」

「せつか……僕は、お前の兄だよ……。本当に……本当に……お前を、大切に……思ってっ……」

 言葉の途中で、アラタ君は血を咽喉に詰まらせたらしく、激しく咳き込んだ。雪花は彼を冷たい目で見、冷たい口調で、蔑むように言う。

「私のことを大切に……? そう。だから、何? 私、そんなの望んでない。私はただ、元のお兄ちゃんに会いたいだけ。だから」

 あなたはここで死んで、と。

 雪花は一言、そう言った。

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