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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題)  作者: tei
ep1.病院と兄妹
17/61

3-7

 カーテンを閉めてから、僕はリュックサックに手をつっこんで、iPodを出した。本体にぐるぐると無造作に巻いたイヤホンを、ねじれには構わず、耳にはめる。隣の、カーテンで仕切られたわずかばかりのプライバシーを、侵したくはなかった。あの美少女と高校生の男の子が、どんな会話を交わすかなんて、僕には何の関係もない。――まあ、興味はあるけどさ。

 音量を最大にして、とりとめもないことを考える。

 雪花のこと、祖母のこと、学校のこと、etc.

 入院生活というのは退屈だ。本を読むか音楽を聴くか、寝ているかしかない。テレビという選択肢もあるにはあるが、一ヶ月あまりの入院中、そんなことにお金をかける気はない。何と言っても、退院後の雪花との暮らしのために、削れるモノは削っておかなくてはいけないのだ。ただでさえ、僕の入院費で切羽詰っているのだから。

『辛かったらいつでも来なさいよ。事実一人では大変でしょう?』

 祖母の言葉。

 祖母は祖父と死に別れて、今は一人暮らしだ。三人なら丁度良い、といってくれたのだが僕はその申し出を断った。……いや、保留した、というべきか。できるところまでは、二人でやっていきたかった。やるべきだと思った。

 僕は、兄だから。

 雪花の、たった一人の、兄だから。

 だから、二人で生きていくことを、決めた。

 曲が終わった。次に流れる曲は、まだ両親が生きていた頃の思い出を蘇らせる。――嫌だ。思い出すのは、辛く、悲しい。

 自然と、一年前のことを、思い出していた。

 一年前。

 僕は学校から帰ってきて、家のドアを開けた。

『ただい』

 ま、という言葉は、意味不明の呟きと化す。

『…………?』

 玄関口に、雪花が座り込んでいて。

 僕を、涙で一杯になった、空ろな、何も見ていない瞳で見上げていた。そして、その後ろには。

 点々と。

 血の跡が。

『何が……』

 靴を脱ぐのも忘れて、僕はその血の跡に、手繰り寄せられるように近づいていった。

 ふらふら、ふらふら。

 血の跡をたどる僕は、頭の片隅で、それを引きとめようとする声を聞いた。

 ヤメロ。

 と。

 それ以上近づくのは、多分――。

 ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。

 でも、足は止まらない。そうだ、きっとこの血は――……。

 ヤメロ、ヤメロ。

 辛い思いをしたくないのなら。

 ヤメロ。

 でも、僕は――

 ヤメ

『あ……』

 浴室の戸を開けて、僕はそこに立ち尽くした。

『あ……ああ』

 そこにあったものを見て、僕は。

『あああああ……』

 声も出せずに。そこに仲良く並べられた二つの死体を見つめ続けて。

『ああああああああっ』

 目を瞑ることもせず。

 流れ続けるシャワーにも構わず。

 後ろで泣き続ける雪花のことを、思い出しもせず。

 両親の死体を、見つめ続けて。

『あ…………はは』

 涙なのかただの水なのか。それとも、シャワーの水滴なのか。

 よく分からないものが、自分の顔を濡らしているのを、感じていた。


「うわ、雨だ」

 カーテンの向こう側からの声が、僕を我に返した。……雨。

「あーあ……僕、傘持ってきてないんだよねえ。……困ったなあ」

 先ほどの少女のものだろうか、この言葉は。

 …………って、え。

 今、『僕』って。

 ……あはは、ま、まさか。あんな可愛い男が居るわけない。うん、まったくそのとーり……。今のは聞き間違いということにしよう。

 僕は気を取り直してカーテンを開ける。

「あのー……僕の傘、折りたたみでよければ貸しますよ。今度来たとき返してもらえれば良いので」

「えっ……? 良いんですか?」

 少女はぱっと顔を輝かせる。……うう、眩しい。

「いやあ、持つべき者は友達の隣人」

 有難う御座います、と少女は微笑んで、僕が渡した傘を受け取った。

「いえいえ、入院していたら、使うこともないですから……」

 ああ、今僕の顔は耳まで真っ赤になって居るに違いない。何せ、こんな美少女だ。……可愛すぎる……。

「コトミ君って、優しいですね。更衣君が何かと迷惑かけるかと思いますが、仲良くしてやってください」

「は……はあ……」

 まるで母親のような言い方に、思わずたじたじとなる。

――あ、アラタ君。こいつの言ってることは聞かなくて良いから。

 隣人、更衣雨夜さんは、ぶっきらぼうにそう言う。

「はあ……」

「まったく、愛想ってものを、欠片ほども持っていないんだからね、更衣君は。コトミ君を見習うべきだと思うな」

――うるさい、この猫かぶりめが。

「……手厳しいな。……じゃあ、そろそろ僕は行くよ。傘、どうもありがとう御座います、コトミ君」

 それじゃまた、と少女は病室を出て行ってしまった。はあ、とため息をついて病室のドアを見つめる僕に、更衣さんは言う。

――うるさいのが居なくなって、ほっとするな。

「え……、あ、えーと」

 言葉に詰まる僕に、更衣さんはくははと笑った。

――君、素直でいいやつだな。何だ、あの悪魔に惚れたか?

「っ……いや、あの」

 ……ってか、アクマ? ……ああ、小悪魔、みたいな意味かなあ。

 気にしないでくれ、と更衣さんは言う。

――男が男に惚れるわけないしな。

「…………」

 え。

 今、なんと。

 仰いましたか。

「ええっと。あのぉ……」

――うん、だから、ほんの冗談だ。怒らないでくれよ。

 悪びれた様子もなく、微笑む更衣さん……。

「あの……ってことはですね? さっきの方は――」

――え? だから、あいつは……って、何、もしかして君……。

「…………」

――…………。

「…………」

――…………。

 長い沈黙。

「…………」

――ま、まあ何だ。あんなナリしてりゃ、間違えても当然だよ、な。だからそう、落ち込むことはないさ。

「…………」

――おーい、アラタ君? 大丈夫か?

「男、……ですか」

――うん、正真正銘。

 肯く更衣さん。……ああ、何てことだろう。

「あんなに可愛いのにですか?」

――うん。そう。君、やっぱりあの悪魔に惚れ……。

「そんな……。嘘だ……。あんな長い黒髪で、男なはずが……」

 ショックをうけ、打ちひしがれる僕には、更衣さんの言葉は届かない。

――……あー、あいつ、本当悪魔だなあ。こんないい少年に、……罪作りなやつ。

「そんな……」

――可哀想にな、アラタ少年……。

 相変わらず無表情な目で、更衣さんは小さく呟いた。

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