表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤い瞳で悪魔は笑う(仮題)  作者: tei
ep1.病院と兄妹
13/61

3-3

「でも……」

「大丈夫だって。心配性だな、雪花せつかは」

 僕は言って、不安げな顔の雪花の頭を撫でてやる。

 雪花は今、中学一年生で、僕がここに入院している間は祖母の家に泊まっている。これまでは僕と雪花の二人暮らしだったのだが、僕の足がこんなことになってしまっては、雪花一人を家に残しておくわけにはいかない。

 僕の足は、折れてしまった。丁度三週間前。バイト先で、

 誰かに押されて。

 階段から、――五階の高さから、一気に。

 それで、複雑骨折と言うわけだ。誰が押したのかなんて分からないし、……そもそも興味がない。誰が押したにしても僕の足はとりあえず治るわけだし、不幸中の幸いと言うべきか、頭を打つこともなかった。だから、そんな瑣末なことに興味はない。

 そう思う。

 勿論、雪花にはそんなことは言わない。余計な心配など、掛けたくないからだ。雪花は、心配性すぎるくらい、僕の身を案じてくれている。それは、僕が足を骨折する以前の……あの日のことが、あってから。

 あの日……、

 両親の死を、間近で見てしまってから。

 一年前の、両親の命日。

 妹の叫び声、泣き声、すすり泣き、嗚咽、ため息、目を見開いて。

 今でも、夢に見る。あの、悪夢を。いや、それは、夢よりも悪い現実。目は覚めないから、逃げることも、叶わない。

 現実から逃げるには、狂ってしまうのが一番だ。でも、僕は狂ってしまえるほど、そのための『心』を持っていなかった。

 両親の死に対して、僕は何の感慨も抱かなかったのだ。

 何も。

 悲しみも憤りも。怒りも憎しみも。喜びは勿論のこと、喪失感すら。感じることが、なかった。

 喜怒哀楽。

 僕に欠けているのは、一体何なのだろう。僕に『心』が欠けているなら、では一体。

 雪花に対して抱くこれは、『愛情』ではないのだろうか。もしもこれが本当に感情ならば、それはつまり、僕に『心』がある、ということなのだろうか……。

「錯覚だよ」

 歌うような声が、隣のベッドのほうから聞こえてきた。思わずびくっとして、そちらのほうを見ると、ものすごい美少女が、隣に入院している高校生――少し無口――に、話しかけていた。見舞い、だろう。白い顔、黒い瞳、赤い――眼。

 …………赤い?

「お兄ちゃん?」

 雪花の声で、我に返る。

「どうしたの?」

「ん。いや、ちょっと、ぼーっとしてた」

 笑って答えると、雪花はほっとしたように、僕の手を握った。

「お兄ちゃん、今度は気をつけてね? 雪花、心配なんだよ?」

「大丈夫だって。僕だって、雪花のこと、心配だぞ」

 言いながら、隣のベッドの主と話を続けている少女の言葉を思い出す。

 そうかもしれない。この、雪花に対する『感情』は。

「……錯覚、か」

「え?」

「いや、なんでもないよ。あ、もうこんな時間だ。雪花、おばあちゃんが心配するぞ?」

「あ」

 雪花は、二つ結びにした髪を揺らして、時計を見やった。

「本当だー……うん。じゃあ、もう帰るね、お兄ちゃん」

「うん。おばあちゃんによろしくな」

「分かった。また、来るからね」

 ばいばい、と手を振って、僕は小さな雪花の背中を見送った。

 これは、『愛情』と呼べるモノではないのか。

 そんなことを思いながら。

 ならば、僕はやっぱり――……、『心』の何かを、失くしてしまったのだろう。

『今度は、気をつけてね?』

 唐突に。

 唐突に、雪花の言葉が耳に蘇る。……え? 『今度は』、『気をつけてね』、だって?

 何だ、それ。

「……何だよ、それ」

 呟きはしかし、口の中で渦巻いて、消えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ