暇庭んちの今年の梅の話
農家として生きるということは生産物を売って生きるということである。どんな農家であろうと、何を作りどう稼ぐかの話は必ず生活について回る。
言うまでもなく暇庭は、年間で見ればコメの売り上げが最も高いのだが、メインのコメ以外に補助的に売って足しにしている作物も多い。えっ、単品で生活費を支えられてない証拠だって?うるせーよ。ホントのことを言うな。
絹さやに始まりじゃがいも、トマト、余裕あればスイカ、これも出来が良いならイチジクなどなど。暇庭が扱うサブの品目は多い。そんな中、上半期のエースと呼べる作物が確実にひとつある。
それが「梅」だ。私の暮らす街では、高級品として名が知れた南高梅などでなく、果実のサイズがとにかく大きいド迫力の梅を扱う。品種名としては「豊後梅」に分類されるそれは、しばしばゴルフボール大と形容される巨大な実が特徴的だ。あまりの大きさと重みに、実ると枝がたわんで釣り竿のように頭を垂れることすらある。
今年は5月半ばあたりから、どうにも今年の梅はダメらしい。と街の人々から口々に噂が漏れ聞こえて来ていた。ダメ、というのはたんに凶作であるということではなくて、せっかくの豊後梅なのに実が小さい、という意味でだ。
豊後梅を扱い慣れていない人にはちょっと不思議に感じるかもしれないが、豊後梅は大きさが身上である。とかくデカいこと。この条件を大前提として扱われるのが豊後梅という梅だ。小さい梅はほとんどの地元民は見向きもしない。実際、サイズの小さい豊後梅を強引に売り場に並べた若いころ、私はその後悪夢にうなされるほどの後悔に襲われた。誰も、手に取って見てみることすらしないまま鮮度が劣化していく梅の様子は哀れであったし、儲けもズタズタに崩した。今でもあの時を思い出すと身震いするような心持ちがする。
5月末、市場からサンプルとして送られてくる梅もサイズが明らかに小さい。今年の梅は地雷原だと思った。このサイズでは原価はもちろん安くなるだろう。値段をつけたとき予想される儲けの額は見かけ上は大きくなる。
だが、それでは決してリカバリーが効かない売り上げ不振が容赦なく襲ってくるだろうことは想像に難くなかった。要注意か。勤め先での6月の身の振り方を考えながら、私は暇庭家の梅畑へふらりと梅の実を眺めに行った。
「おやおやぁ〜?」
ところが。である。梅畑に様子を見に行くと、なんだか市場で言ってることと様子が違うのだ。
「いや別に……小さくねぇ……よな」
手に触れて実を見てみる。デカくはないが、別に小さくもない。確かめながら木から木へ歩き回る。目測でLサイズ3割、Mサイズ3割、Sサイズ4割といったところ。別に悪くない。悪くないぞ。
「……うひっ、ひひ」
ここに来て自分でもがっかりするような下品な笑いが出た。 他人の不幸は蜜の味、とはよく言ったものだが、周りが悪く、自分が普通という、こういう年はすなわち、梅は暇庭の独り勝ちになる可能性があるということだ。なら、もし直売所の梅が暇庭の独壇場になったとしたら。いかんと思っていても頭の中で勝手に電卓が計算を始めてしまう。あーっ、ホントに俺は銭ゲバだなあ。
その次の仕事の休みに、私は直売所へ電話をかけて梅の今年の予想を聞いてみた。担当の人から即答で、今年はダメだぞと返答が返ってくる。
『Sサイズ半分でMまでで全体の8割いくよ、Lサイズ出てきたら取り合いだね』
ほっほう。ならばと商談モードへ入る。
「ウチの梅出します?思ったほど悪くないですよ。こんどサンプル持っていきますから、ちょっと見てみてもらってー。良ければそのまま全量そっちに出します」
我ながら見え透いた自画自賛だ。ウチの作物はイイですよなんて話は百姓が10人いれば10人そう言う。サンプルだってアテにならないことのほうが多い。それでも今年、梅には自信があった。普段なら他の生産者に埋もれるかもしれないが今年は違う。デカさを売りにできる。かくして、その日のうちに梅畑の梅をサンプル用にもいで大きいのと中くらいの、小さいのに分けて袋詰めして持っていった。
「あーっ、これは、いいよ暇庭さん。良い梅だ。でっかいのももっとある?」
よしっ。サンプルを出すなり、担当さんの目の奥に鋭い光が宿る。商売人特有の眼光だ。興味を引きつけることができた確かな手応えを感じる。なるべくポーカーフェイスを保ちつつ、今度はこちらのターンだ。
「でかいのは3割……キズ果ヤニ果を全部弾いてってんだと2割くらいですかね」
この時点で私の話はやや盛っている。キズ果はまああるがうちの梅畑は土質がよくヤニ果が出にくい。しかし大玉の梅は2割だぞと相手の認識を絞ってやるのが肝心だ。ここで値決めを高めに狙いたい。
「2割ですね?出し先決まってます?」
「いえ、全然決まってないです。担当さんさえ良ければ全量ここに納めます」
食い付いた。ここで押す。梅は旬が短いから、良いものを出したら来年までそのイメージがここの直売所を支えてくれる。担当さんはこのうまみにどれくらいの値段を提示してくれるだろうか。
「キロでイチゴーパー。どうですかね?」
1キロ1580円。来た!予想よりさらに上だ。内心ガッツポーズを決める。
「全量ここに出します!ありがとうございます」
勝った。勝ったといっても、私が勝ったのではない。うちの梅畑で健気に頑張った梅の木たちの持ってきてくれた勝利だ。ありがとうな。御礼にマグァンプくれてやる。
というわけで先日、梅を収穫して袋詰めし、直売所へ納品した。一番良いものは約30キロ。直売所の取り分を差っ引いても3万円を軽々と超える。さらに嬉しかったのは中くらいのものと小粒の梅も全部売り場に並べてくれたことだ。このうち中くらいのものは1キロ900円ほどでバシバシ売れて、小粒も思ったよりは売れ行きがよく全部の売り上げから暇庭の取り分を計算すると10万円近くなった。うおーっ。普段辛苦するわりに儲けが出ないことに悩む暇庭は、たった1日チョイの仕事でこんなにも売り上げが出ると溢れ出る脳内麻薬でキマってしまってご機嫌だ。こういう時だけはどんなゲームもかなわないくらい快感だ。パチンコの大当たりだってこんなに楽しくはなりっこない。
大層な儲けになったので、感謝の気持ちでお礼肥えを梅畑に施して、それからもぎ残していた梅の実がないかどうか見回る。大抵目につきにくい場所に少しばかりの取り残しがあって、それを丁寧にもいで集めていくとおおよそ1キロほどになる。この残った分の梅は今年は梅酒にすると決めていた。瓶はひとつ空いていたので、そこに梅1キロ、氷砂糖1キロ、ホワイトリカー一升を漬け込んで、一度すべて忘れ去る。暇庭の欲得から遠く離れた場所で半年ゆっくり寝かせてやると年の暮れに飲み頃になるわけだ。今年漬け込んだ新しい瓶のとなり、一昨年漬けた梅酒は既に美しい琥珀色になっている。車に乗る予定も無かったので、よく熟成されたそれを柄杓ですくってグラスに注ぎ、そっと飲んでみる。
「うまい」
ホワイトリカーのトゲっぽいアルコールがすっかりまるくなり、わずかにとろみのある酒が濃くて豊かな香りを口の中いっぱいに広げる。漬け上がりの度数はおおよそ17度のはずだが、まったくそんな度数を感じさせない。こんな浮かれ気分で呑んでたら深酒しちまうな。二杯目をいきたい気持ちを堪え再び封をした。こういうのは友人とか、親戚が集まった時に惜しげもなく飲むのがいいのだ。今じゃない。
梅仕事は終わってしまうとあっという間だと感じる。年間365日あって、梅にかかわる時間は長くても1週間に満たない。そういう意味では、梅仕事の類義語とは祭りとか、縁日のような、非日常に属するそれなのだろうか。暮れていく空に、太く広がった飛行機雲が見えた。梅雨はもう、そこまで来ている。
文章があまりよく書けない時期に差し掛かってきたのでとにかく乱雑に書いて構わないものを書き散らかすことにした。テーマは何でも良かったのだが今回は梅にした。少しでも楽しいものになっていればいいのだが……。




