第4話 もう一人の修羅院
翌朝の教室。
ざわめくクラスの空気の中、金猫はいつものように静かに席についた。
昨日の出来事など何もなかったかのように、穏やかな笑みを浮かべている。
だが――教室の扉が開いた瞬間、
金猫の表情がほんのわずかに、固まった。
「今日からこのクラスに転入することになった、修羅院 鋼牙だ。よろしく頼む」
担任の声に合わせて、一人の少年が入ってくる。
漆黒の髪、琥珀色の瞳。
制服の胸元には、金猫の鈴とよく似た、黒鉄のリングが揺れていた。
――チリン……。
金猫の首輪が微かに鳴る。
同時に、鋼牙の首のリングも応えるように低く共鳴した。
誰も気づかぬほどの一瞬。
しかし、その波動は確かに二人の間で交わされた。
「……しゅ、修羅院くんって……金猫ちゃんと同じ名字?」
ほのかが驚いたように声をあげる。
金猫は小さく頷き、微笑んだ。
「ええ。ですが……彼とは、はじめまして、ですわ」
その言葉に、ほんの一瞬だけ影が差す。
――嘘。
鋼牙の瞳がそう語っていた。
*
昼休み。屋上。
二人きりになった瞬間、鋼牙は静かに言った。
「……相変わらずだな、金猫。
“封印”の鈴をつけたまま、人の中で暮らすとは」
金猫の表情から笑みが消える。
風が髪を揺らし、鈴がまたひとつ鳴った。
「……なぜ、ここに?」
「お父様の命だ。
お前の“記憶”が戻りかけている。
それが完全に開けば、この世界そのものが――」
鋼牙の言葉は、鈴の音にかき消された。
金猫の瞳が再び金色に光り、
その奥に“もうひとりの金猫”がうっすらと映り込む。
「……もう、止められないのね。封印が」
屋上の風がざわめき、世界がわずかに歪む。
その瞬間、彼女の脳裏に焼きつく――
血に染まった修羅院の光景。
崩れ落ちる仲間たち、そして「お父様」の叫び。
“――この子を外の世界へ。封印を解かぬように。”
金猫は胸元を押さえ、苦しげに息を吐いた。
鋼牙が手を伸ばすも、金猫は小さく首を振る。
「……私は、まだ思い出したくありませんの。
だって、思い出したら……あの鈴の意味を、知ってしまうから」
――チリン。
遠く、鐘のような音が山に響いた。
それは“修羅院”でしか鳴らぬ、封印の鐘の音だった。




