第1章 金猫、山を降りる
山深い谷に建つ修羅院――。
その寺には、外界の誰も知らない秘密があった。
修行の内容は謎に包まれ、住職の「お父様」をはじめ、兄弟子たちの「兄さん達」「姉さん達」との日々は、外の世界では想像もつかない厳しさと温かさで満ちていた。
金の髪を編み込み、首に巻いた少女――金猫。
その首には、猫の首輪がしっかりと巻かれている。
「絶対に外すな!」
お父様の言い付けが、胸に小さく響く。
首輪は単なる装飾ではなく、彼女に課せられた“約束”と“秘密”の証だった。
年頃を迎え、金猫は決意していた。
「今日から、外の世界で普通の生活をしてみせる」
朝の霧が山肌を覆う中、門前で一礼する。
お父様は静かに頷き、兄さん達も姉さん達も微笑む。
「気をつけるのじゃぞ、金猫」
声には心配と信頼が混じっていた。
谷を抜ける山道を下ると、空は一気に広くなり、青く透き通っていた。
通学鞄を背負った少女は、山を降りて新しい世界へ踏み出す。
高校――初めての外の生活。
教室の窓から見える校庭に、制服姿の生徒たちが行き交う。
金猫はその中で自分がどう振る舞うべきか、少しだけ不安を覚えた。
だが、修羅院で鍛えた体と心、そして首輪を守るという約束が、彼女を支えている。
「普通に……普通に、過ごしたい」
小さな決意を胸に、金猫は校門をくぐった――。
金の髪は日光に輝き、編み込みがそっと揺れる。
首輪もまた、光を受けてかすかに鈍く光った。
その姿は、まるで猫のように柔らかく、しかし強く、美しかった。




