第13話『修羅ノ継承者』(金猫視点)
夜風が冷たい。
修羅院の鐘が鳴るたび、胸の奥の“鈴”がかすかに震えた。
あの音は、ずっと昔にも聞いた気がする。けれど、思い出せない。
——私の中には、もうひとりの“私”が眠っている。
「金猫……もう、戻れないかもしれないぞ」
鋼牙の声が遠くで聞こえた。
けれど、その言葉さえ、まるで夢の中のようにぼやけていく。
私は、修羅院の奥へ歩き出していた。
足元に落ちる月の光が、白く冷たい。
封印の間——かつて命を賭して誰かが“封じた”場所。
その記憶が、胸の奥で痛みのように蘇る。
> 『——お前は、封印の器になる。
それが、修羅の血を継ぐ者の宿命だ』
声が聞こえた。
懐かしい。けれど、それは私の声じゃない。
もうひとりの私、“封印の中にいた金猫”の声だ。
「どうして泣いてるの?」
「泣いてなんか、いない……!」
声を張り上げた瞬間、胸の鈴が鳴り響いた。
カラン──と乾いた音が響く。
小さな破片が光の粒となり、宙に舞った。
その光の中に、焔牙の姿が見えた。
鋼牙の兄であり、かつて封印を守ろうとした者。
そして——封印に飲まれ、消えた存在。
「金猫……お前が泣くたび、封印が揺れる。
お前は“記憶の器”なんだ。修羅院が守ってきたすべての罪を背負う存在だ」
「違う……私は、誰かの罪を背負うために生まれたんじゃない!」
声が震えた。足も震えていた。
でも、もう逃げなかった。
「鋼牙も、あなたも、修羅も。全部の痛みを、私が見届ける!」
その瞬間、鈴の光が金猫の身体を包み込んだ。
眩しいほどの金色の輝き——
その中で、もうひとりの自分が微笑んだ。
> 「ようやく、見つけたね。“本当の金猫”。」
涙が流れた。恐怖でも悲しみでもない。
ただ、ようやく“自分を赦せた”涙だった。
外では鋼牙と焔牙の気配がぶつかり合う。
修羅の血が交わる音が夜を裂く。
けれど金猫の心は、静かだった。
——誰も犠牲にしない封印を。
それが、私が継ぐ“修羅の意志”だ。




