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すきま時間の短編【秘密】  作者: 伊藤宏


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2/2

2.

 「それでは、質疑応答もだいぶ深まりましたので、この辺で記者会見を」

 会見はここで打ち切るしかない。


 記者のひとりが、

 「おいおい、予定時間まで十分以上あるだろう」

 と反論してきたが、構ってはいられない。


 「詳しいことは、プレスリリースに書いてあります。他に質問のある方は最終ページにありますQRコードを読み込んでいただきますと、そこから記者専用の質問ページに飛ぶことができます。それでは奥平博士、本日はどうもありがとうございました」


 強引に打ち切ったせいか、最後の拍手はまばらだった。


 それより、今は自分のことだ。

 家には観葉植物がたくさんある。樹液が豊富なアロエも。

 それより何より!

 家の、机の上に置いたサボテン。高校生のころからサボ子と名付けて大切にしているサボテンに聴力と記憶力があるとしたら! 

 そして、その内容が明らかにされたら……。


 どうしよう。

 サボ子は、わたしの秘密を全部知ってる! 

 だって毎日、友達のように話しかけてたんだもの。それも人に聞かせられないことや恥ずかしいことばかり。あんなのを他人に知られたらもう、生きていけない。


 いや待て、それどころじゃない。

 このあいだ、夫の出張中に元カレのナオキ君を家に呼んでラブラブした。あのときの会話や、あと、声も……。どうしよう。



 会見台では、博士がまだ質問に答えていた。


 「はいはいそうです。サボテンなんかは特に優秀で、棘は大切な樹液を守るために生えたとも考えられます。しかも彼らは、他の多肉植物と交信することができるんですね。ですから、もしかすると植物は近くの仲間と情報共有を」

 こうしちゃいられない、急がなきゃ!

 わたしは取るものもとりあえず会見場を飛び出すと通りに出て左右を見た。幸い、タクシーはすぐにつかまった。


 「どちらへ」


 「お願い急いで。〇橋町三丁目のプライムコーポ、ああ、サボ子」


 「さぼ、こぉ?」


 「いいから急いで!!」

 運転士は厳しい声音に驚いて「はい」と答えると、タイヤを鳴らして急発進した。


 とにかく。

 とにかく一刻も早くサボ子を処分しないと。

 それにあれもだ、アロエ。サボ子はアロエともきっと交信してる。あと名前がおもしろくて買ったカネノナルキも葉っぱがぷにぷにしてた。あれも処分だ。


 伐り刻んでゴミの日に捨てようか、それとも燃やしちゃう方が確実かな、と具体的な処分方法を考えながら、脳の別の部分は、ずっと違うことばを囁いていた。

 『ほんとに? わたしは、ほんとに処分するの?』


 捨てるとはつまり、殺す、ということだ。

 つい昨日まで、わたしはサボ子に何でも話してきた。それは、味方だと信じていたからだ。百円ショップで出会った最初の日から、わたしはサボ子を誰よりも近しい友人として扱ってきた。いわば親友だ。そのサボ子を、わたしは殺すのか? 殺していいのか? 殺せるのか? 本当に。

 

 「サボ子、わたし」

 思わず声を出してしまった。


 「お友達ですか」

 ルームミラーに映っていた運転士が、ちらりとこちらを見た。


 「はい……、一緒に住んでるんですけど、でも喧嘩してしまって」


 「そうですか、それはご心配ですね。じゃあ、急ぎますね」

 運転士は再び運転に集中した。


 気持はもう固まっていた。


 話し合おう。

 それしかない。

 博士からもらったプラントークを使ってしっかり話し合おう。大切な友達だもの。ごめんサボ子、わたし、一瞬でもあなたこと、殺そうと思った。

 「ゴメンね、サボ子」


 わたしは、いつの間にか泣いていた。

 呻きのような泣き声を聞いた運転士が、ほんの少し、スピードを上げた。


     《了》

お読みいただき、ありがとうございました。


“すきま時間の短編” は、今後も、不定期で公開していく予定です。

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