1.
この作品は2話で完結します。
発表を終えた博士は、ハンカチを取り出して額の汗を拭うと、コップの水をうまそうに飲んだ。
会場正面のスクリーンに映し出されたパワポのスライドは、表紙画面に戻されている。
『植物との会話を可能にする植物翻訳機〔プラントーク〕が作る明るい未来』
これが、今日の発表テーマである。
博士曰く、「人類始まって以来の大発明」だそうだが、取材に訪れている記者たちは、一様に半信半疑の表情だ。周りの人とひそひそ話をしながら、誰が質問の口火を切るのかと、横睨みでようすを見合っている。
わたしは気を引き締めた。
これでも、かつてはキー局でニュースキャスターを務めた女だ。自分が進行役を務める記者発表の場が荒らされるなどあってはならないし、発表者の尊厳は何としても守らなくてはならない。それに『売り出したら最低でも百万円』、というプラントークの試作機を一台、ギャラの一部として博士からいただいてしまっているのだ。
おっと、記者から質問の手が上がった。
「はい、社会日報さん、どうぞ」
「じゃあ、ナンですか博士、その機械を使うと桜やイチョウの木だけじゃなくってその辺の雑草なんかとも会話ができるっていうんですか」
良くてイグノーベル賞が妥当、という下馬評なのだから、当然の質問だ。
「まず聴力ですが、植物には元からあるのです。なら、どうやって自分の意志を示しているか。ここが謎ですよね。でも皆さん、本当はご存じのはずです。植物は受粉が必要な時季になると色鮮やかな花を咲かせ、虫が好む匂いを出します。そのうえご褒美の蜜まで用意してね。あれも、会話の一形態なのですよ。この場合、相手は昆虫ですが」
「ばかばかしい、そんなの、たまたま虫によって受粉した遺伝子が生き残っただけで、結果論でしょう。要するにDNAに刻まれているだけだ、春になったら花を咲かせるようにってね」
「じゃあこんなのはどうです。植物は、葉を害虫に食べられると、その害虫の天敵を呼び寄せる匂いを発するのです。これはもう何年も前に発見されている事実ですが、これなら立派な会話でしょう、ねぇ」
「ねぇって言われたって、……じゃあ、まあいいでしょう、植物に聴力があって? で、言葉の代わりに色や香りで会話ができるとして。でも植物には脳も口もないじゃないですか。記憶して考えて、しゃべる器官がないのにどうやって」
「それは樹液です」
「じゅえ、き」
「そう、樹液。植物が、樹液に含まれるロッカクDB受容体とサイキ43Aナノ物質をハイパー結合させることで、考え、しゃべっていることを発見したのです。そのときの交換物質の変化と微弱電流をZ次元で演算処理することで、植物の声を人間のことばに翻訳することに成功したのです。しかもプラントークは使い方がとても簡単で、初めて扱う人でもまず迷うことはない!」
「ははは、でも植物がみんなしゃべるんじゃあ、山のなかなんてさぞかし騒々しいでしょうな」
会場を包んだ笑いは、決して好意的なものではなく、軽い軽蔑を含んでいた。
わたしは「恐れ入りますが、質問は挙手のうえ、指名を受けてからお願いいたします」と記者を制したのだが、博士はそれを笑顔で遮って、失礼な質問に回答した。
「植物がすべて、同じようにしゃべるとは言っておりません。まず、一年草の知能は低い。いくら情報を得ても蓄積ができませんからね。あと、山には樹齢がとんでもなく長いのがありますが、山中にいては情報に触れる機会が少ないし、樹皮が固すぎて感受性がもうひとつです。優れているのは樹液が豊富で、長生きする植物です。これらはおしなべて知能が高く、多弁です」
博士が回答するようすは、まるで、聞き分けのない子供を、大人が諭しているようだった。
丁寧な質疑応答を繰り返すうちに記者たちの理解は深まり、博士の顔にも余裕が現れてきた。よし、進行役としては上出来だ。理系音痴のわたしですらプラントークの理解が深まってきた。
だが、議論が進むに従って、わたしは、自分の動悸が激しくなっていることに気付いた。
今やじっとしているのが苦しい。
……別に体調が悪くなったわけではない。
わけではないが、もし。もしもこの発明が本当だとしたら!




