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あなたの人生を私に下さい  作者: タモリン
(第二章) 私たちの親友

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(8) 大切なモノ

 私はひとつの扉の前に案内された。

 この部屋は、私がこれまで立ち入りを禁じられていた部屋だった。

 この部屋の正体について私は何も知らないが、なんとなく想像することはできていた。


「ここは妹の部屋なんだ」


 私の予想は当たっていた。

 それなら私をこの部屋に入らせないようにしていたのも納得である。

 私がうなずくと、桜子がドアノブに手を掛けた。

 しかし、そこで数秒動きが止まる。

 やっぱり開けない方がいいんじゃ……。


「私は妹が亡くなってから一度もこの扉を開けていない、いや、開けられていない」


「はい」


「開けなければ、まだそこに妹がいるかもしれないと現実逃避することができたからだ」


 桜子の手に力がこもる。


「私はどうしても、妹が亡くなったと言う現実を直視するのが怖くて、今の今まで向き合えなかった」


 桜子が私の方を見る。


「でも、雫と暮らしている中で私も気がついたんだ」


 震える手でドアノブを押し下げながら桜子は言う。


「私がいつまでも前に進めないでいたら、妹に心配を掛けてしまうって」


 私たちに共通することは、自分の大切な人が私たちの幸せを願っていたということだ。

 大切な人が亡くなってすぐに、その亡き想いを汲んであげることは精神的に難しいだろう。

 でも、大切な人のために私たちはいつか、その想いに向き合わなければならない。

 でも、向き合うまでにかかる時間は人によって全然違う。

 違っていいのだ。

 私がお姉ちゃんの想いと向き合ったのは、桜子と出会ってすぐの頃だった。

 向き合うことは怖かったけど、今ではちゃんと向き合えて良かったと思っている。

 桜子はすり減った心を私との生活の中で少しづつ回復させ、ようやく向き合える場所に立つことができたのだ。

 だから、今の彼女なら、桜子なら向き合えるはずだ。


「桜子さま、私が手を握っています」


 そう言って、私は桜子のドアノブを握っていない右手を優しく包んだ。

 お姉ちゃんの想いと向き合うとき、私は桜子の暖かさにとても助けられた。

 今度は私の番だ。


「ありがとう……雫」


 桜子が意を決したようにドアノブを完全に押し下げた。

 扉は精神的な重さとは相反して、軽やかに開いていった。

 扉が開くと、目の前にさっきまで人が居たと錯覚するほどの生活感の溢れた部屋が広がった。

 机の上に無造作に置かれた読みかけの書物、窓際に置かれた人形、華やかな香りのする芳香剤、他にも……。

 本当に生々しい光景だった。

 桜子の妹さんを知らない私ですら、ここに妹さんが住んでいたと目で、鼻で、心で認識させられた。

 これは強烈だ。

 桜子は大丈夫だろうか?

 私がそう思い、隣を見ようとしたその時、桜子が膝から崩れ落ちた。


「桜子さま!」


 私は呼吸が荒くなる桜子の背中を擦り、落ち着くのを待った。

 桜子は涙を流し、震えていた。

 私は一言も発することなく、ただ桜子に寄り添っていた。

 それが、一番だと思ったからだ。


「う……ぅぅ……」


 部屋の中には桜子の泣き声だけが響いていた。

 その状態でどれだけの時間が経っただろう。

 重い静寂を切り裂いて、桜子が口を開いた。


「ありがとう、雫、もう大丈夫だ」


 そう言って桜子が立ち上がろうとする。

 私は桜子の脇の下に腕をまわし、立ち上がる手伝いをした。

 桜子は完全に立ち上がると、言葉を溢した。


「やっぱり、妹は……もう居ないんだな」


 桜子の言葉は震えていた。


「でも、やっと向き合えた」


「はい」


「これで私は前に進める」


「ご立派です」


 桜子の表情は少し無理している様にも見えた。

 でも、私がそれを指摘するのは桜子の決意を無下にすることに他ならないだろう。

 だから私はそばにいるだけでいい。

 桜子を安心させる暖かさでありたい。

 桜子が私に話しかける。


「すまない、雫をお祭りに誘ったのも、一つの意味では決意を固めるためのきっかけ作りだったんだ」


 それで桜子が、再び歩みを進められるのであれば、私は何も不快には感じない。


「私は何も気にしていませんよ、桜子さまが歩んでいく道、それが私の歩む道です」


「でも、雫の歩んでいく道が私の歩む道でもあるんだよ」


「それでは、やはりふたりで一緒に道に悩みながら進んでいくしかなさそうですね」


 私がそう言うと、桜子は笑みを浮かべてうなずいた。


「たしかにそうだな、新生桜子のナビゲーション機能に期待していてくれ!」


「期待しておきます」


 桜子の笑顔はまだ少しだけ陰ってはいた。

 だけど、それは無理矢理作った笑顔ではなく、本心からの笑顔に見えた。



  ◇◇◇



「あった……これだ!」


 妹さんの部屋の押し入れを整理していた桜子が、嬉々とした表情で私の方を振り返る。

 桜子の手には美しい、紺色の浴衣が乗せられていた。


「綺麗な浴衣ですね……」


 私は浴衣のあまりの美しさに言葉を失っていた。

 もちろん、浴衣そのものの美しさにも感動していたが、私が何よりも感動したのは浴衣の状態だった。

 虫食いひとつなく、かといって防虫剤の匂いが染み付かないようにしている。

 可能な限り折り目もつかないように丁寧に扱われていた。

 一目見ただけで、とても大切にされていることが分かった。


「この浴衣は私と妹がお揃いで揃えたものなんだ」


「そうなんですね」


「ただ、何年も前にお揃いの浴衣を買ったが、私の仕事の都合もあり、結局一度も一緒にお祭りに行くことができなかったんだ」


 桜子の顔に、妹さんに対する申し訳なさが横切る。

 きっと、自分のせいで妹さんと一緒に行けなかったと後悔しているのだ。


「妹さんは桜子さまと一緒にお祭りに行くことを楽しみにしていたんですね」


 浴衣の保存状態から妹さんの想いが感じ取れた。

 いつかはこれを着て、桜子と一緒にお祭りに行きたいと願っていたのだろう。

 だから―


「私が、妹さんの想いの籠った浴衣を着て、桜子さまと一緒にお祭りに行かせて頂きたいです」


「ああ頼む、きっと妹も喜んでくれるに違いない」


 桜子がそう言って、私に浴衣を手渡す。

 私はそれを両手で丁寧に受け取った。

 その浴衣からは想いの暖かさを感じた。

 大切にしなければ。

 私がそんなことを考えていると、桜子が私を突然抱き締めた。

 桜子が私の耳元で呟く。


「でも、私はあくまで雫と夏祭りに行くんだ」


「はい」


「だから、言い出した私が言うのもなんだが、気負いすぎないで欲しい、私は雫に、君として夏祭りを楽しんで欲しいと思っている」


 桜子の暖かな息が耳元にかかり、なんだかそわそわする。

 桜子の気持ちはよく伝わった。


「はい、お祭りを楽しみましょう!」


 私は桜子の顔を見上げながら、元気に返事をした。


「ああ、楽しもう!」


 桜子も微笑みながらそう返してくれた。

 私たちは改めて、お祭りに一緒に行く約束をした。

 私はそこで、自分も桜子に渡したいものがあることを思い出した。

 私は桜子に部屋で待っていてもらい、それを取りに行った。

 それは私が自殺しようとした日も胸ポケットに入れて手放そうとしなかった大切なものだった。

 とても軽かったが、とても重かった。


「私の方からは、こちらを桜子さまにプレゼントしたいです」


「この薔薇の花を象った髪飾りを私にくれるのかい?」


「はい、これは私がお姉ちゃんにプレゼントしようと用意していたものです」


「それは君にとって、とても大切なものではないのかい?」


「はい、とっても、とっても大切なものです」


「なら……」


「だからこそ、箱に入れっぱなしにするのではなく、大切な人に付けてもらいたいんです」


「なるほど、では、ありがたく頂かせてもらうよ」


 桜子は私の意思を汲み、それ以上何も言うことなく、髪飾りを受け取ってくれた。

 私はそれが、とても嬉しかった。

 私たちはお互いの大切なものを託し合える程の間柄になれたのだ。

 きっとふたりでならこれからもうまくやっていけるだろう。


「愛していますよ、桜子さま」


「なっ……!」


 桜子は、突然の私の愛の告白に赤く染まってしまった。

 この人は私の夫になりたいと言っているのだから、もっとかっこよく、私を赤くするくらいであって欲しいものだ。


「いつかは桜子さまの方からも言ってくださいね!」


「はい……」


 こうして私たちは、お互いに対しての愛を確認しあったのであった。

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