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あなたの人生を私に下さい  作者: タモリン
(最終章) 私たちの人生

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(43) あなたの人生を私に下さい

「ねぇ……桜子?」


 私は式場の控え室で、ふたりきりになったタイミングを見計らい、桜子に声をかけた。

 桜子が作業の手を止めて、私のそばへ来てくれる。


「どうしたんだい?」


 桜子が心配そうに私の瞳を覗き込んでくる。

 この人は本当に優しいんだから……。

 私は桜子の両手を自分の手で優しく包み込みながら、問いかけた。


「桜子は今……幸せ?」


 なんの思惑もない、ただの問いだった。

 でも、私はただただその答えを聞きたかった。

 聞かなきゃいけないと思った。


「幸せだよ。雫と過ごしていると毎秒幸せが更新されていくようで、そんな毎日がすごく幸せなんだ」


「……そっか。ありがとう」


 私は、想像していた答え以上に熱烈な答えが返ってきたため、少しだけ照れてしまった。

 そんな私を見て、桜子が私に問いかける。


「でも、どうして今そんなことを聞くんだい?」


「私も今、すごく幸せなんだ。だから、幸せすぎて、少し怖くなっちゃって……」


 幸せすぎて怖いなんて贅沢な話だ。

 でも、これが私の本音だった。

 幸せに慣れてしまえば、幸せを失った時の傷も深くなる。

 私はこれまでの人生でそれを散々思い知らされた。

 だから、そばにある幸せを再確認して、不安を拭いたかったのだ。


「私は雫を置いてどこかに行ったりしないよ」


 不安そうな顔をする私を見て、桜子がそう言ってくれる。

 その言葉を聞いたとき、心の底から安心する自分がいた。

 そして、安心したらなぜか涙が出てきてしまった。


「……ごめん」


 メイク前で本当に良かった。

 私が涙を流していると、桜子が私を優しく抱き締めた。

 桜子の優しい声が耳元で発せられる。


「雫も私もこれまでたくさん苦労してきたね」


「……うん」


「だから、この今ある幸せが、いつか消えてしまうのかもと考えて不安になる気持ちはすごくよく分かるよ。私だって不安だ」


 桜子が私の背を撫でながら続ける。


「雫は私が悩んでいるとき、どうしたい?」


「力になってあげたい……桜子には笑って、幸せでいて欲しいから」


「嬉しいな。私も同じだよ。雫のためならどんなことでもしてあげたいって、そう思うんだ」


 暖かな包容感が離れていく。

 私が目を開けて前を見ると、そこには同じように瞳を濡らした桜子がいた。


「きっとそれが、お互いの人生を背負う覚悟なんだ。相手の人生のいいことばかりを享受するのではなくて、相手の人生の辛いことまで一緒に背負ってあげること。それがきっと、相手の人生をもらうってことだと私は思うんだ」


「それって、あの時約束した……」


「うん、そうだね。あの時は無茶苦茶な約束だと思っていたけど、お互いの人生を交換するって約束は、あながちおかしなことではなかったのかもしれないね」


 たしかにそうなのかもしれない。

 私たちは、これまでもそうやってたくさんの苦難を乗り越えてきた。

 だから、もう一度言いたい。


「桜子!あなたの人……」


 私がもう一度あの言葉を言おうとしたとき、扉の方からノックが聞こえた。

 突然のノックに言葉が止まってしまう。


「はい、どうぞ」


 桜子がそう言うと、準備を終えた係の人が何人か部屋に入ってきた。

 私が桜子から受け取ったハンカチで涙を拭っている間に、桜子が係の人と話を進めてくれた。

 ひとしきり話を終えた桜子が私の元へと戻ってくる。


「私たちの着替えとメイクをこれからするみたいだ。どうやら別々の部屋でやるみたいだね。雫の花嫁姿楽しみにしているよ!」


「うん!私もカッコいい桜子の姿、期待してるね!」


 私たちは係の人に誘導されて、隣り合った別々の扉の前に案内された。

 扉に入る直前で桜子と目が合う。


「さっき言いかけた言葉、後でちゃんと聞かせて欲しいな」


 桜子は私を見てそう言った。

 私が恥ずかしさで顔を赤くしていると、それを見た桜子は笑いながら部屋の中へと消えていった。


「新婦様?どうかなさいましたか?」


 私の様子を見た係のお姉さんが、困惑した表情で私に問いかける。


「いえ、なんでも……いや、新郎をギャフンと言わせられるくらい綺麗にしてください!」


 私は、係のお姉さんに向けて悪い笑顔を浮かべてそう言った。

 やはり、桜子と話をするとすごく幸せな気持ちになる。

 だから、私の心にはさっきまでの不安なんてもう、一欠片も残ってはいなかった。



  ◇◇◇



 挙式が始まり、今、私はドアの裏に待機している。

 そんな私の隣には桜子がいた。

 本来であれば、私の父親が立つべき場所なのだが、私たちと私の両親、桜子の両親、みんなで話し合ってこの形にすることを決めた。

 バージンロードは花嫁の人生を表しているという。

 そういう意味では、桜子と歩んできた日々を思い出す良い機会なのかもしれない。


「……雫」


「どうしたの?」


「その……すごく綺麗だね……」


 桜子が私の姿を見て、顔を赤くする。

 でも、そういう桜子も―


「桜子もすごくかっこいいよ!似合ってる!」


 白いタキシードに身を包む桜子は、まるで王子さまのようで、すごくかっこよかった。

 見ていると、素敵すぎて私の頬も熱くなってきてしまった。

 私たちがそんなやり取りをしていると、係のお姉さんが声をかけてきた。


「そろそろ、入場時刻となります。準備をお願いいたします」


 その一言で私は緊張してしまい、一気に身体が強張った。

 そんな私の様子を見て、桜子が笑う。


「お互いの両親と渚……そして雫のお姉さんと私の妹しか見ている人はいないんだ。もっと肩の力を抜いて楽しんでみないかい?」


「でも、やっぱりこう!みんなに見られながらっていうのは緊張するじゃん!桜子はランウェイを歩き慣れてるからいいかもだけど!」


「私だってランウェイを歩くとき緊張はするよ。でもね、緊張は必ずしも悪いことじゃないんだ。多少の緊張感がなければ、本来のポテンシャルは引き出されないんだよ」


「もぉ……分かったよ!やれるだけのことはやってみせる!」


 私は、気合いを入れるために拳を天井に突き上げた。


「そうそう!それでいいんだ!今の雫の方がいつもの雫らしくて、すごく愛おしいよ!」


 桜子が丁度そう言ったタイミングで、係のお姉さんが合図を出した。

 目の前の大扉が開く。

 中の眩しさに目を焼かれ、私が立ち竦んでいると、隣の桜子が私の手を軽く引いてくれた。


「それじゃあ、行こうか!」


 桜子に手を引かれ、私は明るい世界へと引き込まれていった。

 ふたりで並んでバージンロードを歩いていると、桜子と出会ってからの思い出が次々と頭の中に浮かんできた。

 メイドと主人として過ごした少しだけぎこちない日々の思い出に、初めてキスをした花火大会の思い出。ケンカしてギスギスしてしまった苦い思い出に―

 たくさんの思い出が頭の中に浮かび、泣きそうになってしまう。

 私が涙を堪えていると、席に座る桐谷さんが目に入った。


「ゔぅっ……じずぐちゃん、らごぉ、おめでとぉっ……」


 桐谷さんは、信じられないくらい顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

 そんな桐谷さんを見て、私と桜子が同時に吹き出す。

 いつもそんな顔をしないはずの桐谷さんが顔をくしゃくしゃにして泣いているのが面白くて面白くて……。


「あれ?」


 気がつけば私の視界も涙で歪んでいた。

 きっと、笑って気が抜けてしまったからだろう。

 涙が堪えきれなくなってしまった。


「歩けるかい?」


 そんな私を見て、桜子が優しく声をかけてくれる。


「……もちろん!」


 私は元気に返事をして、再び歩き出した。

 お互いの両親からの暖かい視線が私たちに向けられる。

 お互いの両親の膝の上にはそれぞれ一枚の遺影が乗せられていた。


「私、幸せになるね!」


 遺影の中の大切な人に向けて小さくそう呟き、さらに歩みを進める。

 桜子も私と同じように呟いてから歩みを進めた。

 そうして、気がつけば私たちは壇上へとたどり着いていた。

 人前式であるため、このまま結婚誓約へと移る。

 ふたりで事前に決めた言葉を、息を揃えて口にする。


「「本日、私たちはご列席くださった皆様の前で、夫婦の誓いを行います」」


 初めは桜子の番だ。


「私は新婦の幸福も、苦難も、美味しいご飯も、全部共に味わい、添い遂げることを誓います!」


 次は私の番だ。


「新郎は人一倍欲が強い人です。よく食べて、よく寝ます。そして―」


 桜子が自分のとんでもない秘密を暴露されそうになり慌てる。

 桐谷さんと考えたドッキリは無事に成功したみたいだ。

 桐谷さんも焦る桜子を見て笑っていた。


「私を愛してくれます!」


 その言葉を聞いて、桜子がほっと胸を撫で下ろす。


「新郎は、私がいないとメンタルがシナシナになってしまうんです!だから、そんな新郎のために、私も新郎の人生の苦楽を共に味わい、添い遂げることを誓います!」


 私たちの誓いを聞いて、会場から拍手が上がった。

 なんだか遺影のお姉ちゃんも笑ってくれている気がした。

 次いで指輪の交換に移る。


「雫が昔贈ってくれた指輪もすごく素敵だが、私のセンスもなかなかだろう?」


 桜子が私の薬指には嵌まっていた指輪を慎重に外し、新しい指輪を嵌める。

 そして再び、昔私が贈った指輪を取り付けてくれた。

 結婚指輪と婚約指輪の重ね付けには愛を永遠にするという意味があるらしい。

 ロマンチックで素敵な話だ。

 桜子が贈ってくれたのはお互いのイニシャルが刻印された美しいシルバーリングだった。


「すごく素敵だよ!ありがとう!」


 私がそう言うと、桜子はすごく喜んでくれた。

 次は、私が桜子に指輪を付ける番だ。

 桜子から指輪のケースを受け取り、指輪を取り出す。

 桜子がしてくれたのと同じような手順で桜子の指にも指輪を嵌めた。


「ありがとう!」


 無事に指輪交換が終わり、私が一番緊張していた場面がやってくる。

 桜子が私に向き直って、私のベールを外した。

 緊張する私を見て、桜子が私を気遣ってくれる。


「緊張してるかい?」


「そりゃあ……ね。家族と桐谷さんの前でキスするわけだから緊張もするよ……」


「まあ、キスするのは私の方からなんだけれどもね」


「それはそうだけどさぁ!」


 私が頬を膨らませてわざとらしく怒ると、桜子がやれやれと笑った。


「さっき、雫が言いかけた言葉をもう一度聞いてもいいかい?」


「何を言おうとしたか分かってるくせに……」


「分かっていても聞きたいんだよ。私は頑張ってキスをするのに雫からは何もないのかい?」


「……分かったよ!誓いのキスが終わったら言ってあげるから!」


 私たちはお互いに見つめ合って覚悟を決めた。


「愛してるよ!雫!」


「私も愛してるよ!桜子!これからもずっとずっとよろしくね!」


 そうして、私たちは誓いのキスを交わした。

 それはとても幸せなキスで、私は今、人生で一番幸せだった。

 出会った当初は、桜子との出会いが、私の人生をこんなにも変えるものになるなんて想像もしていなかった。

 人生、何があるのか分からないものだ。

 これから先も、お互いにさまざまな困難にぶつかるだろう。

 でも―

 桜子が傍にいてくれれば、どんな困難でも乗り越えられる気がする。

 桜子の困難なら、いくらでも分かち合ってあげたいと思う。

 だから、これから先もこの言葉を大切にしていこう―



「あなたの人生を私に下さい」



 それは、私たちが出会ってから最初にした約束であり、偶然にも、この結婚という節目に最もふさわしい言葉だった。

 ここまで『あなたの人生を私に下さい』を読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。この第43話をもって、この作品の連載を終了いたします。私の処女作であるこの作品を、皆様が手に取ってくださったこと、それが本当に本当に嬉しかったです。ありがとうございました!

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