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あなたの人生を私に下さい  作者: タモリン
(最終章) 私たちの人生

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41/42

(41) また会う日まで

「忘れ物はない?」


 私の隣で、スーツケースの中身をごそごそと漁る桜子に声をかける。


「ちゃんと確認したし、きっと大丈夫だ」


「忘れてたら送料高いんだからね……やっぱり私がもう一回チェックする!」


「雫は心配性だなぁ」


「いや……それ昨日の夜に、『不安だから一緒に準備してくれ』って泣きついてきた人が言っていいセリフ?」


 桜子は、一体こいつは何を言っているのだろうみたいな顔でこっちを見てにやにやしている。

 まったくもぉ……。


「まあ、それくらい図太い方が向こうでも上手くやれるだろうし、友達も作れると思うからいいけど!」


「そうだね。向こうでも友人を作れるように頑張るとするよ」


 桜子なら国境を超えたところで、上手く立ち回れるだろうなという確信が私にはある。

 日本でも周りの人を性別問わず惚れさせていた桜子だ。

 桜子に一目惚れして、それがきっかけで話しかけて来てくれる人だっているは―


「ちなみに……浮気したら本気で許さないからね……」


 もし桜子が浮気なんてしたら私は本当に病んでしまう。

 おそらく、桜子に出会う前以上にメンタルがボロボロになるだろう。

 私の発言を聞いた桜子が目を丸くする。


「私が雫以外に惚れるとでも思うのかい?」


「だってモデルさんを目指す人がいっぱい集まって来るわけでしょ?私なんかよりもかわいい人なんていくらでもいるはずでしょ?」


「はぁ……」


「なによ?」


「こんなに『かわいい』とか『好き』とか『愛してる』って言葉にして伝えているのにまだ足りないのかい?」


「満ち足りてはいるけど……」


 私がそう言って口をモゴモゴさせていると、桜子が迫ってきた。


「まだメイク前でよかったよ」


 柔らかな感触が私の唇に生じる。

 優しく一度触れた後、今度は咀嚼するように少しだけ深く触れる。

 いつも桜子が私にしてくれる優しいキスだった。

 いつもよりキスの時間が長かったのは、私への愛情と桜子の寂しさが反映された結果だろう。

 キスを終え、顔を赤くした私の頭を桜子が撫でる。


「この世で一番かわいいのは間違いなく君だよ。雫」


「ありがとう……」


 こんなに熱烈に愛を伝えられたら、私の不安も杞憂であったと思うことができる。


「それで?逆に雫の方こそ浮気したりしないだろうね?」


 桜子が私の頭を撫でながら質問してくる。


「私の人脈の無さを舐めないでほしいね!今だって桜子と桐谷さん以外とほとんど話さないんだから!」


「じゃあ、渚から告白されたら雫はどうするんだい?」


 桜子と離れて寂しい思いをしている私に言い寄る悪い桐谷さん。

 そのまま、桜子と住んでいたこの家で、私と桐谷さんはいろいろなことをして……。


「付き合っちゃおうかなぁ」


「なっ……」


 私がしてやったりと桜子の方を見ると、桜子は……泣いていた。

 待って、この人泣くの早すぎない?


「ま、待って待って!冗談だから泣かないで!」


 さっきまで頭を撫でられていたはずなのに、今度は私の方が桜子の頭を撫でている。


「でも、雫と渚は仲がいいし……もしそうなったら私は親友と恋人の両方を同時に失うことに……」


「無いから!絶対に無いから!」


「うぅ……」


「ごめんってば!もぉ……!」


 この人は大人っぽいのか子供っぽいのか本当に分からない。

 私はなかなか泣き止まない桜子に愛していると伝えるためにキスをしようとした。

 普段は桜子の方からキスをしてくれるため、私からのキスは下手くそだ。

 慌ててしようとしたため、歯が当たってしまった。


「ご、ごめん!痛かった?」


「……」


「桜子?」


「……ふふ」


「笑わないでよ!」


「キスも上手にできない雫に私以外の恋人なんてできないか!私の杞憂だったよ!」


「せっかく慰めようと思ったのに……」


「キスというのはこうするんだよ」


 そうして私はもう一度キスをされた。

 今度のキスは、からかった私への報復のように長く強いキスだった。

 十秒が経つ。

 まだ続く。

 二十秒が経つ。

 まだ続く。

 三十秒が―


「……は……んぅぅ!!」


 待って!

 流石に長すぎる!

 死んじゃう……死んじゃうから!

 桜子の胸を押して距離を離す。


「すとっ……ぷ……」


 私が命からがらそう言うと、桜子はようやく逃がしてくれた。


「いやー、雫は出会ったときから変わらないねぇ。私の罠にすぐに引っ掛かる」


 ぐったりとした私に、勝ち誇ったように桜子が言う。

 たしかに、出会ったばかりのときにもベッドに引き込まれて抱き締められたりしたな……。

 あれ?

 罠?

 ということは……。


「さっきの泣いてたのも演技だったってこと!?」


「いや……あれば思わず本当に溢れた涙だよ」


「じゃあ、さっきのは一体何だったの!?」


「さあ、なんだろうね?」


 この人はいつまで私をからかうつもりなのだろうか……。


「もう何が何か分からないよ……」


 そんなこんなで、他愛のないお喋りをしながら準備を済ませた私たちは、駅で桐谷さんと合流してから空港へと向かったのだった。



  ◇◇◇



 空港の電光掲示板が、フランス行きの飛行機への搭乗が可能になったことを告げる。


「時間……みたいだね」


「……そうだね」


 この飛行機は桜子が乗るもので、それが搭乗可能になったということは、桜子との別れの時間がやってきたということである。

 遂にその時がやってきたというわけだ。


「では、行くとするよ」


「うん……」


 桜子がスーツケースに手を掛ける。

 桜子が行ってしまう……。


「……」


 でも、言葉が出ない。

 私はなんと声を掛けるのが正解なのだろうか。

 私がそんな風に悩んでいると。


「もぉ!あなたたちは夫婦なんでしょ!?別れ際くらいもっと『愛してる』とか『元気でね』とか言えないわけ!?」


 桐谷さんがそう言って、私と桜子を引っ付ける。

 勢い余って私が桜子の胸に飛び込むような形になってしまった。

 桐谷さん、きっかけを作ってくれてありがとう。


「桜子!向こうでも元気でね!」


 私が桜子の顔を見上げながらそう言うと、桜子は微笑み、頭を撫でてくれた。


「雫も元気にメイクの勉強を頑張るんだよ。私は、君と仕事が出来ることを夢に見るほど楽しみにしているんだ」


 私だって楽しみにしている。

 だから、その未来を手にするために私も頑張らなければならない。


「頑張ってプロのメイクさんになってみせる!だから、桜子もスーパーモデルになって帰って来てね!」


「誓うよ。雫に誇れる私になってみせる!」


 私をギュッと抱き締めた桜子が、耳元で私にだけ聞こえる声量で囁く。


「帰ってきたら式を挙げよう。ふたりで住む家を買って、また旅行にも行こう」


「うん……」


 思わず顔が赤くなってしまう。

 私たちが頑張った先には、そんな幸せな未来が待っているのだ。

 幸せな未来が待っているのであれば、どんなに辛いことがあってもきっと頑張れる。


「桜子!愛してる!」


「私も愛してるよ。雫」


 お互いの愛が溢れて家のようにいちゃいちゃしてしまう。

 しかし、私たちがいちゃつき始めると、桐谷さんの待ったがかかった。


「あのさ……ここ空港だよ?人いっぱいいるんだよ?」


 私の顔は、桐谷さんのその言葉を聞いた途端に羞恥心でボッと熱くなった。

 だから私は、桜子の唇に近づきかけた自らの唇を離し、距離を取ろうとした。

 しかし、桜子の腕が私を逃がさない。

 桜子が周りから見えないようにパンフレットを顔の横に広げ、優しく軽くキスをしてくる。

 それを見て桐谷さんがやれやれと頭を抱えた。


「まあ、別れ際だしいいけど……さ。私があなたに告白したって事実を忘れていないでしょうね?」


 桐谷さんが桜子をギロリと睨み付ける。


「もちろん覚えているさ。本当にすまない。でも、別れ際だからってことでどうか見逃してくれ!」


 桜子の必死の謝罪を聞いて、桐谷さんが吹き出す。


「まあ、私ももう未練とかないからいいけどさ!からかってみたかっただけだから気にしないで!向こうでもそれくらい図太く元気で頑張りなさいよ!」


「ありがとう。渚も頑張りすぎて身体を壊さないようにね。君は私の数少ない大切な親友なのだからね」


「……そう言うところよ」


「何がだい?」


「ラコのそういう素直に気持ちを伝えられる所、本当に尊敬するわ。だから、大切にしなさいよね」


「ああ、そうするよ」


 桐谷さんが壁に掛かっているデジタル時計を指差す。


「ほら!そろそろ本当に時間よ!もしかして延長に延長を重ねて結局行かないって魂胆?」


「流石にそこまで意気地無しじゃないよ。……でも、そうだね。そろそろ行くとするよ」


 歩きだした桜子と共に、私も搭乗口の方へと向かう。

 繋ぐ手には緊張によるほのかな強ばりが見え隠れしていたが、進む足取りに躊躇いなどは感じられなかった。

 最後に搭乗口の前で、毎朝と同じようにハグをする。


「いってらっしゃい!」


「いってきます!」


 ハグを終えると、桜子は手を振りながら搭乗口の向こうへと消えていった。

 その目元には涙が浮かんでいた気がする。

 強がってはいるが私の視界も少し歪んでいた。

 目を擦った後、辺りを見回すと、隣の桐谷さんと目が合った。


「行っちゃったね……」


 桐谷さんも泣いていた。

 そりゃそうだ。

 桐谷さんは私よりも長い期間、桜子と一緒にいたのだ。

 桜子がいなくなる寂しさも大きいはずだ。


「そうですね……」


「……」


「……」


 静寂が続く。

 このままふたりで下を向いていても誰も咎めないだろう。

 しかし、私たちは未来へと向かって歩みを進めなければならない。

 そうしなければ、帰ってきた桜子に胸を張って会うことができないから。

 だから―


「桜子の飛行機まで見送ったら、ふたりでランチでもどうですか?桜子も私たちが暗い顔でいるよりも、笑顔でいた方が喜んでくれると思います」


 私の提案を聞いて、桐谷さんが微笑みながら顔を上げる。

 そこには、いつものような元気な桐谷さんが戻ってきていた。


「……そうね。せっかくだし、ラコが泣いて羨ましがるような美味しいお店に行きましょ!」


「いいですね!私パンケーキが食べたいです!」


「じゃあ、駅前に出来た新しいパンケーキのお店はどうかしら?」


「そこ私も気になっていたんです!」


 私が飛び跳ねて喜んでいると、桐谷さんが悪巧みをする子供のようにニヤリと笑った。


「ふたりでラブラブしてる写真を撮って、桜子に送りつけてやりましょ!」


「あぁ……多分それやると今朝のこともあるので、桜子本気で帰ってきちゃいますね!」


「今朝?」


 しまった……このことを桐谷さんに話したら、私が桐谷さんと浮気する妄想をしていたことがバレてしまう。


「あっ……!い、いえ、なんでもないです!早く屋上に行って桜子の飛行機が飛び立つところを見に行きましょう!」


「なんか誤魔化された気はするけど……まあいいわ!そうね、行きましょう!」


 そうして、私と桐谷さんは駆け足で階段を上っていった。

 私と桜子の共同生活は一旦これで終わりだ。

 これからは、ひとりで様々な困難に立ち向かわなければならない。

 でも、大丈夫だ。


「きっと頑張れる」


 私は幸せな未来を想像して―

 手元の指輪に、そっとキスをした。

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