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あなたの人生を私に下さい  作者: タモリン
(第五章) 私たちの新婚旅行

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(38) またいつか

 温泉施設の休憩スペースで、私と母親は桜子を交えて話をしていた。

 さっきまでの気まずい雰囲気からは打って変わって、思いの外会話が弾み、かなりの時間が経っていた。


「私、将来はメイクさんになりたいと思っているの」


「いい夢ね。雫はメイクとか好きだったかしら?」


「もともとあんまり興味はなかったんだよね。でも、桜子にメイクをする機会があって、その時に楽しいなって思ったんだ」


 どうしてだろう。

 さっきまでは話すだけであんなにも辛かったのに、今は言葉が躊躇いなく出てくる。

 恐らく私は、不覚にもこの時間を楽しいと思っている。

 もしかしたら、両親の事情を知ったことで、積もりに積もっていた憎しみが洗い流され、心が少し軽くなったのかもしれない。


「雫さんのメイクは凄く上手なんですよ。練習を重ねればきっと夢も叶えられると思います」


 桜子が誇らしそうに母親にそう言う。

 桜子は、私のことを自慢するときに、いつも誇らしそうな顔をしてくれる。

 私はそれが凄く嬉しいし、そのおかけで次も頑張ろうと思えるのだ。

 桜子の表情を見て、母親が再会してから初めて自然な笑顔を浮かべる。


「無責任な話だけれども、雫が自分を大切にしてくれる人と出会えて、私は本当に嬉しいわ」


「私が雫さんを大切にしているのはもちろんですが、私も雫さんにはたくさん救われているんです」


 桜子が自らの拳をキュッと握った。


「私は寂しがりやなんです。元々両親は別居していますし、唯一共に暮らしていた妹は病気で亡くしました。家に帰る度にひとりになり、凄く寂しかったんです。でも、多くの人から期待されて大忙しの両親に、寂しいから帰ってきてなんて言いたくても、言えなくて……」


 桜子が少しだけ頬を赤らめて続ける。


「だから、毎日笑顔で私に寄り添ってくれる雫さんの存在が物凄くありがたくて、幸せで……気がついたら大好きになっていたんです!」


 桜子が満面の笑顔でそう言いきる。

 そんなに幸せそうに言われたら照れてしまうではないか……。

 私の頬も熱くなってきた。

 そんな私たちを見て、母親が嬉しそうに笑う。


「私が言えたことではないけど、ふたりが幸せそうで私は本当に嬉しいわ」


 母親は嬉しそうに笑っていたが、その裏には自虐的な感情が見え隠れしていた。

 だから……もういいってば。


「ねぇ、お母さん」


「どうしたの?」


「もう、無責任だけど―とか私が言えたことではないけど―みたいに自虐的に言わなくていいよ。起きてしまったことはもう変わらないからさ」


「雫……」


「私はお姉ちゃんのこともあるから、お母さんのことを完全に許すことはできない。でも、私に対してしたことに関してはちゃんと謝ってくれたからもういいかなって思ったよ」


 だから―


「今度はお姉ちゃんの所にも行ってあげて。お姉ちゃんも私と同じようにきっと怒ってると思うけど、話したらきっと分かってくれるよ」


「きっと、雪は私を恨んでいるでしょうね……」


「そりゃあそうだよ。でも、ちゃんと話をすればお姉ちゃんはきっと許してくれる。お姉ちゃんも私も、時には失敗する普通の人間なの。だから、お母さんも一回失敗したとしてもちゃんと謝ればいいんだよ」


「ありがとう……私、お父さんと一緒にちゃんと雪に謝りに行ってくる」


 それでいい。

 誤ったのであれば、謝ればいい。

 それで戻らないこともきっとある。

 でも、それで救われるものもきっとあるはずだ。

 私の心もお姉ちゃんの心も。

 そして、お母さんやお父さんの心も。

 きっと、憎しみや悔恨から解放された心は今よりも自由になるはずだ。


「私はお母さんと家族に戻るつもりはない」


「うん」


「でも……たまにご飯とかなら一緒に行ってもいいかな!なんて……」


 結局は私も寂しかったのだ。

 憎しみが取り除かれて、初めてそんな自分の気持ちを見つけることができた。


「雫……ありがとう……」


 母親はそう言って涙を流した。

 人間は失敗する生き物だ。

 両親のような仲の良い夫婦でも意見がすれ違って今回みたいになることもある。

 私も桜子と喧嘩をしたし、長い人生の中で今後も意見がすれ違うことがあるだろう。

 だから、失敗することが悪いわけではない。

 大切なのはその後にどうするかなのだ。


「だからもう……泣かないで」


 私は母親の傍に近づき、軽く抱き締めながら涙を流した。

 母親……いや、お母さんの匂いがする。

 懐かしくて、暖かくて、優しい匂いがする。

 私たちはそのまま、しばらくの間泣き続けた。

 気がついたときには桜子はいなくなっていた。

 きっと、私たちに気を遣わせないように先に帰ったのだろう。

 本当に気が利く夫なんだから……。

 私たちはその後、数分の間そのままでいた。

 私は涙が引いたあと、お母さんに向き直って言う。


「ほら、お母さん!そろそろ帰らないとお父さんが心配しちゃうよ!」


「……そうね。私、ちゃんと話をしてお父さんとも向き合ってみようと思う!」


「それがいいよ!お父さんだって、お母さんのことを想ってあんな風にしていたわけで、お母さんのことが大好きなはずだから、話せば分かってくれるよ」


 お母さんは笑顔を浮かべた。


「またいつか、お父さんと私と雫の三人で雪の所へ行きましょう。また四人で集まりたいわ」


「それは私も同感!そのときはまた連絡してね!」


 私たちはそんな話をした後、温泉施設の入り口から外に出た。

 ふたりで向き合って別れの挨拶をする。


「雫。夢に向かって頑張ってね。応援しているわ。お金の心配はしないでいいからね」


「ありがとう……私、頑張るね!」


「お母さんも頑張る!だから、どうか元気でね!」


 そう言って、お母さんは手を振って宿へと戻っていった。

 ひとりになった私は空を見上げ、ため息をついた。


「なんかスッキリした……」


 心につっかえていたものが取れ、とても気持ちがよかった。

 私が爽快感に包まれていると―


「わ!!」


「……っっっ!!!」


 私の後ろから、宿に帰ったとばかり思っていた白髪の美少女が突然現れ、抱き締めてきた。

 びっくりし過ぎて、思わずしなやかな横腹に肘打ちを入れてしまう。


「うぐっ……」


「ごめん手が勝手に!……て言うか、なんで驚かしてくるわけ!?桜子が驚かしたのが悪いんだからね!」


「ごめんごめん、魔が差したよ……」


 桜子はそう言って、もう一度私を抱き締め直した。


「よく頑張ったね。お義母様と雫の間で話がついたのであれば、もう私から言うことは何もないよ」


「桜子がいたから私は向き合えたの。きっと、ひとりだったらあのまま逃げ出しちゃって、一生後悔していたと思う。だから、ありがとうね!」


 私の笑顔を見て桜子も笑った。

 桜子が隣に並び私の手を握る。


「それじゃあ帰ろうか!」


「うん!」


 夜の海辺は来るときと変わらずまだまだ寒かった。

 でも、隣に大好きな人がいるだけで、心も身体も凄く暖かくて―

 幸せだった

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