(31) 新婚旅行?
「旅行なんていつぶりだろう?」
知らない海岸線道路を歩きながら、私はそんな独り言を呟いた。
隣でスーツケースを引く人物が、私の独り言に反応する。
「私も同じく久しぶりの旅行だよ。楽しみだ!」
私たちは今、離島へ旅行に来ている。
人口の少ない小さな島で、特に観光するような場所も無いが、私たちにとっては、それがありがたかった。
誰の人目も気にすることなく、のびのびと過ごすことができる。
まるで、世界に私たちしかいなくなったみたいな、そんな感じだ。
「私たちの宿はもう少し先なのかな?」
「そうみたいだね。地図で見た限り近そうだったが、想像以上に遠いな……」
歩いても歩いても、同じような海岸線が続いている。
私たちは、抜け出せない夢の中にでも迷い込んだのだろうか?
私がどうしようかと地図を見ながらあたふたしていると、桜子がそんな私を見て笑った。
「雫、慌て過ぎだよ」
「だってぇ……」
迷子になってしまったら、時間を無駄に使ってしまう。
せっかくの旅行なのに時間を無駄に使うなんて嫌だ。
私がそんなことを考えていると、桜子がアドバイスしてくれた。
「時間はいくらでもあるんだ。せっかくの旅行なのだから、逆に、贅沢に時間を使ってみるというのはどうかな?」
たしかにその通りだ。
旅行のときにまで、時間に追われてせかせかしてしまっていては勿体ない。
私は桜子に貰ったアドバイスを参考に、気楽に考えてみることにした。
すると、さっきまで以上に周りの景色が良く見えるようになった。
「桜子見て!あの鳥の首、すごく長いよ!」
「本当だね!私たちが来るのを首を長くして待っていたのかもな!」
「そうかもね!」
「……」
「……」
なんの思惑もない、取り留めのない会話。
その後に訪れる静寂。
友達同士でこのような状況になれば、気まずくなってしまい、どちらかが我慢できずに話し始めるだろう。
「……」
「……」
でも、私たちは静寂が訪れても何も話さず、静かに手を繋いで道を歩いていた。
私たちの間には気まずさなど欠片もない。
私たちの間にあるものは、お互いに対する確かな信頼であり、わざわざ空気を取り繕わなくても別にいいと思えるような、そんな安心感だった。
「……」
「……」
「あっ……ネコだ……」
「本当だ!かわいい!」
◇◇◇
「ありがとうございます!」
私はそう言って、宿のお爺さんから部屋の鍵を受け取った。
きらびやかなホテルなどではなく、古い建物だった。
でも、隅々まで手入れが行き届いていて、不快な感じは全くしない。
お客さんも、どうやら私たちともう一組だけみたいだ。
「いい宿だね!」
廊下で、隣を歩く桜子が壁に掛けてある掛け軸や壺を見て目を輝かせている。
今回の旅行のプランは私が組んだのだが、気に入ってもらえたようでよかった。
そんなことを考えているうちに、一つの扉の前に着いた。
「桜子!これが私たちの部屋みたいだよ!」
「ここの部屋か!雫、早く開けてみてくれ!」
桜子がそう言って、私にせがむ。
まるで子供みたいだ。
「今開けてあげるから待っててねー」
「私は子供じゃないんだぞ!」
ごめんごめん。
でも―
「いいんだよ。たまには子供に戻ったって」
私はそう言って、桜子の頭を撫でた。
桜子は不服そうな顔をしていたが、私は気にせず部屋の鍵を回した。
ドアノブを回すと部屋の全貌が露になる。
「すごーい!」
部屋に付いた大きな窓の向こうには、視界いっぱいの海が広がっている。
私は思わず、行儀悪く靴を脱ぎ散らかして部屋の中に駆け込んだ。
窓に張り付いて景色を見ると、さらにその美しさが際立って見える。
水平線近くに島が一つ見えるだけで、視界は空の青と海の青でいっぱいになっていた。
まるで一枚の名画の様な、そんな景色だった。
「吸い込まれてしまいそうな景色だね」
そう言って、桜子が私の隣に並ぶ。
桜子も窓の外の景色に釘付けになっている。
気の抜けた笑顔で景色を眺める桜子は、とてもあどけない顔をしている。
桜子のあどけない表情を見ていると、改めてこの宿を予約してよかったと思えた。
「ルームツアーしよ!」
私が桜子にそう提案すると、桜子も笑顔で応じてくれた。
「そうだね!」
私たちはルームツアーを始めた。
部屋にはダブルベッドや個室の露天風呂があり、いかにもちょっといいホテルといういう感じだった。
余計な装飾や設備は一切なく、それ故に落ち着く、とてもいい部屋だ。
この部屋で、私たちの非日常の生活が始まると考えると心が弾む。
「今回の旅行は絶対に、絶対に楽しもうね!」
「もちろんだよ!雫が私のために計画してくれた旅行を全力で楽しむとするよ!」
この旅行で、私は桜子とたくさんの思い出を作りたいと考えている。
思い出はきっと、私たちの関係を深めてくれるだろう。
私はもっと桜子のことを知りたいし、愛したい。
だから、私はこの旅行を計画したのだ。
「まあ、桜子のお金なんだけど……」
今回も私ではお金をどうにもできそうになかったので、桜子のお金を使わせてもらった。
私のそんな自虐を聞いて、桜子がやれやれと首を振る。
「それは気にしなくていいって何度も言っているだろう?雫が私のためにこの計画を立ててくれたこと、それが一番嬉しいんだ!」
ありがとう。
でも……実は、桜子に内緒で単発のアルバイトをしていたため、多生のお金はあった。
そう、あったのだが、それはあるものを買うために使ってしまった。
それだけは自分の稼いだお金で買わなければ、私が納得がいかなかったのだ。
私はバッグの中のそれの所在を指先で確認し、顔を赤くした。
絶対にこの旅行中に渡してみせる!
「どうしたんだい?顔が赤いよ?」
「桜子の言葉が嬉しかったの!」
私はそう言って、誤魔化した。
緊張するがなんとかやり遂げなくてはならない。
「旅行楽しもうね!」
こうして波乱の一週間旅行が幕を開けたのだった。




