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あなたの人生を私に下さい  作者: タモリン
(第一章) 私たちの出会い

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(3) 代えられないもの

「死んだのがあんたの方だったらよかったのに」


 痛い……。


「お前はいくら頑張ってもお姉さんみたいにはなれないんだよ」


 苦しい……。


 尖った言葉の矢が私に突き刺さる。

 学校に着くなり始まり、家に帰るまで止まない。

 いや、家に帰っても頭の中で永遠と響き続けている。


「うるさい!」


 目の前に置いてあった食器を、伸ばした腕で乱暴になぎ払う。

 お気に入りだった食器は、床に落ちた瞬間に私と同じただのゴミクズとなり、私の興味の対象から外れる。


「私だって、あの時に自分が代わりに死ねればよかったって何度も思っているよ!」


 なぜ、あの優しいお姉ちゃんが死んで、こんなにもみすぼらしい私が生きているのか。

 あの事故で死んだのが私なら、どれだけ幸せだったか……。



  ◇◇◇


 

 私、前田 雫には両親がいない。

 正確に言えばいなくなってしまった。

 一年前、私とお姉ちゃんを置いて、どこかへ行ってしまった。

 もともと仲がよかったわけではないが、うまくやってきたつもりではあった。

 でも、捨てられたということは、私たちに何か不満があったのだろう。

 私は、両親が気まぐれで置いていったお金で高校に通った。

 生活にかかるお金は、その当時すでに働いていたお姉ちゃんが何とかしてくれた。



 お姉ちゃんは幸せになるべきだった。



 お姉ちゃんはいくつもの仕事を掛け持ちし、なんとか生活費を稼いでくれていた。

 あとから聞いた話によれば、身体を売ったりもしていたらしい。

 お姉ちゃんはそんな生活を続けていたせいで、目に見えて衰弱していった。

 服も新しいものが買えないが故に、古いものや安いものばかりを着ていた。

 でも、私には友達の前で恥ずかしい思いをしないようにと言って、綺麗な服を買ってくれていた。

 私の前では、優しくて、心強いお姉ちゃんを演じていたが、お姉ちゃんが部屋でひとりで泣いているのを私は知っていた。

 だから、私は高校を辞めてでも、働きたいとお姉ちゃんに言った。

 でも―


「お姉ちゃんはね、雫には幸せになってほしいの、だから高校には行ってほしい」


 お姉ちゃんはいつもそう言って、私が高校を辞めるのを止めていた。

 本当に優しいお姉ちゃんだった。



 お姉ちゃんは幸せになるべきだった。



 ある日、お姉ちゃんは私の誕生日を祝うために、レストランへ連れて行ってくれた。

 高級レストランなどではなく、気軽に立ち寄れるようなファミリーレストランだったが、私たちにとってはとびきりの贅沢だった。

 お姉ちゃんは私が食べるところを笑顔で眺めるだけで、自分は注文しようとしなかった。

 私がいくら自分の料理を分けようとしても、口に入れようとしても、それを拒んだ。


「お姉ちゃんは、雫が大きく幸せに育ってくれることが幸せなんだよ」


 そういって私の頭を撫でた。



 お姉ちゃんは幸せになるべきだった。



 私は将来、そんなお姉ちゃんを少しでも楽させてあげたいと考え、お給料のたくさんもらえるお仕事に就くために、高校での勉強を頑張った。

 長期休み、勉強の合間に初めてのアルバイトをして、お姉ちゃんの好きな薔薇の花の髪飾りを買った。

 私はそれをサプライズで渡すために、玄関でずっと待っていた。

 しかし、お姉ちゃんは帰ってこなかった。

 電話をしても繋がらなかった。

 玄関に座り込み、何時間が経ったか分からなくなった頃、私のスマホが鳴った。

 私はお姉ちゃんがかけ直してくれたと、喜んで電話に出た。


『前田 雪さんのご家族の方の連絡先でしょうか?』


 男の人の声だった。

 知らない声は自分を警察だと名乗る。


「はい」


 私が答えると、相手は話を進めた。


『前田 雪さんが高速道路の高架橋から車で落下して―』


 その先は記憶が曖昧であまり覚えていない。

 次に私の記憶があるのは、病院で無残な姿で横たわるお姉ちゃんの姿を見た瞬間だった。

 お姉ちゃんの手に触れさせてもらったが、いつものような暖かさはもうなかった。

 担当者に所持品を見せてもらうと、そこには血塗れの私の写真があった。

 担当者曰く、この写真を抱きしめた状態でお姉ちゃんは亡くなっていたという。

 写真を抱きしめる時間があったということは即死ではなかったのだろう。

 お姉ちゃんはどれだけ苦しい思いをしたのだろうか……。

 お姉ちゃんの手から伝わる冷たさが私の身体を凍らせていく。



 私が代わりに死ねばよかったのに。



 お姉ちゃんは、地域の優しいお姉さんとして有名で、お姉ちゃんの訃報は瞬く間に同級生の間で広がっていった。

 私はずっとお姉ちゃんと比べられてきた。

 だから、お姉ちゃんが死んだことを知ると、みんな私を蔑んだ。

 当たり前だ。

 私は人見知りで、お姉ちゃんの後ろに隠れて、ただニコニコしているだけだった。

 そんな私よりも、皆にとっては優しいお姉ちゃんのほうが大切だったに決まている。


「私はお姉ちゃんを幸せにできなかった」


 私はなんて親不孝、いや、姉不孝者なのだろう。

 気が付いたときにはお姉ちゃんの死んだ高架橋の上にいた。


「どうしてこうなったんだろう」


 ただただお姉ちゃんに会いたい。

 そして、謝りたい。

 私がもっとうまくできていればって。

 それも嘘かもしれない。

 ただ私がひとりに耐えられなくなっているだけだ。


「ひとりぼっちは寒いよ」


 私は最低な人間だ。

 死ななければならない。

 私が前方に重心を傾けたその時。


「……ずく」


 声が聞こえる。

 この声は―



  ◇◇◇



「雫!」


 身体がビクッと痙攣し、意識が無理やり覚醒させられる。

 私は、布団の上で白髪の女性に抱きしめられていた。


「雫!まずはちゃんと息を吸うんだ!」


 お姉ちゃん?

 私を抱きしめる女性の姿とお姉ちゃんの輪郭が重なる。

 お姉ちゃんは死んだはずだ。

 では、目の前の女性の名前は―


「さう……ぁぉさ……ま?」


「そうだ!桜子だ!」


 ああ、なるほど。

 私はまた、あの日の夢を見ていたんだな。


「ごめ……んなさい、め……いわくをかけて」


「迷惑なんかじゃないさ、まずは落ち着いてくれ」


 桜子が背中を擦って私を落ち着かせようとする。

 涙と嗚咽が止まらない。

 どうして私は、こんなに何度も何度も何度も―

 優しくしてくれる人に迷惑をかけてしまうのだろう。

 やはり、私は桜子と一緒に居るべきではない。

 桜子の幸せは私なんかではなく、他の人や彼女自身に注がれるべきだ。



 お姉ちゃんは幸せになるべきだった。



「桜子さまは……幸せになるべきです!」


 私は言葉を絞り出した。

 同じ過ちを繰り返さないために。


「だから私を……捨ててください!」


 桜子と過ごした日々は短いながらもとても楽しかった。

 お互いにバカなことを言い合ったり、お互いの暖かさを感じあったり。

 桜子に言葉にしたことはなかったが、とても幸せだった。

 でも、私はそんな桜子に自分のお姉ちゃんの姿を無意識のうちに重ねてしまっていた。

 だからこそ桜子とは自然に話せていたのだ。

 桜子を桜子として見てあげられていなかった。

 私は最低だ。


「私は桜子さまに、亡くなったお姉ちゃんの姿を勝手に重ねて、自分を楽にしていただけなんです!」


 お姉ちゃんにしてあげられなかったことを桜子にして、勝手に罪滅ぼしをしていただけだ。

 私なんてあの時に死んでおくべきだった。

 このまま一緒に居たら、桜子とならうまくやれるかもなんて思っていた自分の甘さが、彼女を傷つけてしまう。


「私、このままじゃ桜子さまを傷つけてしまう、だから……!」


 私の叫びを桜子は正面から受け止めた。

 桜子は自分の思いを一方的にぶつけた私を怒るわけでもなく、見捨てるわけでもなく、私を抱きしめながら、一言だけ言った。


「一緒にパンケーキを作ろうか」



  ◇◇◇



 私の目の前の皿には、あの日と同じダークマターが載せられていた。

 このダークマターはたった今、目の前の白髪の美少女が作り出したものである。

 逆に何をどうすればこうなるのか知りたいが、今は置いておこう。


「やはり、私だけではうまくいかないな」


 そう言うと、桜子は優しい目つきで私を見つめながら続けた。


「雫、今度は君と一緒に作りたい」


 至近距離で瞳を覗き込まれる。

 私はまだ状況がうまくつかめておらず、混乱していた。

 なんせ、寝室で桜子に感情をぶつけたのがついさっきの出来事である。


「どうして突然パンケーキなんか作ろうと思ったんですか?」


 私は腫れぼったい目を擦りながら、桜子に問いかけた。

 桜子は言うか悩むそぶりを見せた。


「それは作りながら話すよ」


 結局桜子が教えてくれなかったため、私はしょうがなく桜子とのパンケーキ作りに取り組んだ。

 桜子は一体何を思って、私とパンケーキを作りたいと言い出したのだろうか。


「桜子さま、これはこうです」


 私は桜子の手を取り、一緒にかき混ぜたり、フライパンを動かしたりした。

 パンケーキが完成間近になったとき、ようやく桜子は話し始めた。


「私には一緒に住んでいた妹がいてね……」


 初耳だった。

 今家に居ないということは別居でもしているのだろうか?


「それはそれはよくできた妹だったんだよ」


 桜子は懐かしむように微笑みを浮かべながら私に語る。


「私がモデルとしての仕事で忙しくしているとき、妹はいつだって家事を完璧にこなしてくれていた」


「桜子さまってモデルさんだったのですね。なんだかそんな感じはしていましたけど」


「まあ、日本ではあまりそのことを知っている人はいないのだけどね」


 桜子はさらに話を続ける。


「妹のおかげで、私は家事を練習しないままこの歳になってしまった」


 桜子が家事ができない理由はそこにあったのか。

 では、なぜそんなに献身的に家事をしてくれていた妹さんが、今は一緒に住んでいないのだろうか。


「妹はもともと身体が弱くてね、去年倒れてそのまま……」


 先日の桜子の言葉が頭の中で再生される。


『雫は私の前からいなくならないでね』


 あの言葉の意味がようやく分かった気がする。

 桜子が私の全身を見ながら続ける。


「雫の着ているそのメイド服も、もともとは妹が着ていたものなんだよ」


 もしかして、桜子も……。

 私が真剣な表情で聞いていると、桜子が話の核心に触れた。


「同居相手に自分の大切な人を重ねていたのは君だけではないということだよ。雫」


 私は、はっとした。

 話をしていないだけで私たちはお互いに同じことをしていたのだ。


「妹と私は、よく一緒にパンケーキを作ったんだ」


 桜子が私に笑いかけながら話す。


「私がひとりで焼くと真っ黒になってしまうのに、妹とふたりで作ると今みたいに上手に作れたんだ」


「そうなんですね」


「妹は私に、なんとかしてひとりでパンケーキを焼けるように教えたが、私はついぞひとりでうまく焼くことができなった」


 ナイフとフォークを手に取りながら桜子が言う。


「せっかくのおいしいパンケーキだ、冷めないうちにいただこう」


 そう言って、桜子はフォークに刺したパンケーキを口に運んだ。


「おいしい……私がひとりで焼いたものよりも何百倍もおいしいよ」


 しかし、そこで桜子は申し訳なさそうに言う。


「でも、やっぱり味が違う」


 なるほど、そういうことか。

 私はようやく、桜子が私に伝えたかったことを理解した。


「私たちの大切な人は、他の誰にも代えられないのですね」


「ああ、私は雫の姉にはなれないし、雫も私の妹にはなれない」


「であれば、私たちはやはり別の道を行くべきなのではないですか?」


「それは違うよ、雫」


 桜子が私を抱きしめる。

 桜子の暖かさが身体に浸透する。


「私たちはおそらくもう、ひとりでは人生を歩めない、それほどまでに疲れてしまったんだ」


「桜子さまも人生に疲れてしまったのですか?」


「私が人生に疲れていなければ、私と雫があの高架橋の上で出会うことはなかっただろう、これが一番の証拠だ」


「もしかして、あの時桜子さまも……」


「そう、たまたまだったんだよ、私が死のうとしたら君という先客がいた」


 桜子が私を一段と強く抱きしめる。

 その息苦しさは、苦しくなかった。

 このとき私は、初めて自分から桜子の背中に腕をまわした。

 腕の中の桜子が震えている。

 桜子の嗚咽が部屋に響く。

 この人も私と一緒なんだ……。


「桜子さまは妹さんがいなくなってからよく頑張ったと思います」


 桜子の背中を擦りながら、私は続ける。


「部屋を片付けているとき、付箋でいっぱいの家事の本がたくさんありました」


「……っ!」


「でも、どうしても妹さんみたいにうまくできなくて、疲れちゃったんですよね」


 私も同じだ。

 お姉ちゃんが死んだあと、私はお姉ちゃんみたいになろうとした。

 髪をお姉ちゃんと同じロングヘアにまで伸ばした。

 同じくらい賢くなるために勉強を頑張った。

 苦手な運動だって頑張った。

 頑張っているうちはよかった。

 でも、頑張ったとしてもお姉ちゃんみたいにはなれないと、他でもない自分自身に思い知らされたとき、私は疲れてしまった。


「桜子さま」


 私は桜子の肩を押し、少し距離を取った。

 桜子と私の視線が正面からぶつかる。


「私たちは誰の代わりにもなれません、私たちは私たちでしかないんです」


 でも―


「お互いのかけがえのない存在にはなれます」


 一緒に日々を生きてゆけば、きっと私たちはお互いを大切な存在にできる。

 それこそ、人生を共に生きる夫婦のようになれるかもしれない。

 夫婦か……意外と悪くないのかもしれない。


「桜子さま、嫌なら避けて下さい」


「……っ!」


 私は桜子のおでこに軽くキスをした。

 桜子の顔がみるみる紅潮していく。


「雫!君は一体何を……!」


「最初に結婚するとかふざけたことを言い出したのは桜子さまの方ですよ」


「それはそうだが……」


「あと、私は最初にちゃんと忠告しましたよね『その猫がライオンに育たなければいいですね』って」


 私はそう言って、自分から桜子を抱きしめた。

 いつも桜子が私にしてくれたように、優しく、力強く。

 ここが私たちの人生の再スタート地点だ。


「桜子さま!私たちの人生はまだまだこれからですよ!」


 私はもう後悔しない。

 運命なんかに負けてやらない。

 だから、言った。


「あなたの人生を私に下さい」


 桜子があの夜に私に言ってくれたように。

 私の願いを聞いた桜子は笑顔でうなずいた。

 そして言った。


「これで私たち、お互いの人生を交換しちゃったね」


 お互いの人生の責任をお互いがもつ。

 これがこれからの私たちの生き方にはきっとぴったりだ。

 ひとりではうまく歩けない私たちも、ふたりでなら人生をうまく歩けるかもしれない。


「桜子さま、約束通り、私が結婚できるようになるまでに私を落として下さいね」


「さっきのは雫からのプロポーズではないのかい?」


「さっきのをプロポーズにしたら、イメージ的に私が夫になりますよ、桜子さまは私を妻にしたいんですよね?」


「はは!たしかにそうだな!」


「それでは勝負はまた再開ですね」


「ああ、雫を惚れさせてみせるよ!」


 まあ、ほとんど勝負の結末は見えているのだけどね。

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― 新着の感想 ―
互いに欠けたものを補いながらも、しっかり目の前の相手を見る…… 僭越ながら、この百合美しすぎるいいね最高と言わせていただきます。 執筆心より応援しておりますm(_ _)m
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