(29) 運命の手紙
「冷たかったぁ……でも、これでお風呂場の掃除は終わり!」
十二月になり、いよいよ今年の終わりが近づいてきている。
私は、桜子が学校に行っている間に家の掃除をしていた。
私は掃除が好きだ。
家が綺麗になると心が休まる。
「次は私たちの寝室っと!」
私は手を洗ったあと、寝室の掃除へと向かった。
私と桜子が定期的に掃除していることもあり、部屋の中は比較的綺麗だった。
「ゴミ箱の中身を捨てるくらいしか、やることはないかな?」
私が、寝室のゴミ箱の中身をゴミ袋に移していると、ゴミ箱の中に一つの封筒が入っていることに気がついた。
送り主の名前は―
「エマさん……?」
エマさんは確か、文化祭のモデルウォークで審査員長をしていた人だ。
でも、どうしてそんな人から桜子宛に手紙が届くのだろうか。
私はどうしてもその封筒が気になってしまった。
「桜子!勝手に見てごめん!」
私はひとりで桜子に謝って封筒を開けた。
封筒の中にはエマさんから桜子へと向けた手紙が入っていた。
『桜子さん、お久しぶりです。私は文化祭でモデルウォークの審査員長を勤めさせて頂いたエマです。私は、フランスのモデル学校にあなたを推薦したいと思っています。期間は高校を卒業してからの四年間で、日本の大学の期間と同じです。あなたにはあなたの未来があります。大学に進むことがあなたの将来のためになるのであれば迷わずそうしてください。でも、さらにモデルとしての才能を磨きたいのであれば、是非、お返事をください。お断りの手紙は必要ありません』
手紙にはそう書かれていた。
スーパーモデルを目指す桜子にとって、これ以上ないほどのチャンスのはずなのに、なぜこの手紙はゴミ箱に捨てられていたのだろうか。
勝手に見たことは謝るとして、一度桜子に聞いてみないと落ち着かない。
◇◇◇
「ねえ、桜子?」
私は、夕飯を食べ終わったあと、桜子に例の手紙の件を聞いてみることにした。
「どうしたんだい?」
「この手紙のことなんだけど」
「それは……っ!」
私が手紙を見せると、桜子は目を見開いて驚いた。
桜子はその手紙を見て明らかに動揺している。
きっと、私に見られたくなかったのだろう。
だから、私は謝った。
「勝手に見ちゃったのはごめん!でも、この手紙がゴミ箱に入っているのがどうしてなのか気になっちゃって……」
私が謝ると、桜子は少し怖い顔をしていたが、許してくれた。
「私の始末も悪かったから、勝手に見たことは許すよ。でも、中を見たのであれば、なぜ私がその手紙を捨てていたかは分かっているはずだ」
分かってはいる。
でも、聞きたくない。
だってそれは、桜子の夢が遠退いてしまうことに他ならないからだ。
でも……ここまできたら聞くしかない。
「お断り……するってこと?」
「その通りだ」
感情のこもっていない淡々とした答えだった。
でも……どうして……?
桜子はチャンスを見逃さない人だ。
きっと今回の招待も良いチャンスのはずなのに……。
「どうしてって顔をしているね?」
「そりゃあそうでしょ!だって、桜子の夢に近づくための大きな一歩じゃない!?」
私は思わず声を荒げてしまった。
私は、モデルとしての腕を上げるために努力している桜子を毎日近くで見ている。
だから、桜子が断る理由がどうしても分からなかった。
「もちろんそうだ。でも、今の私には夢と同じくらい大切なものがある」
「それって……」
「雫、君と過ごす時間だよ」
桜子のその言葉はすごく嬉しかった。
でも、その言葉は私が桜子の未来の可能性を狭めてしまっているように聞こえて―
「私って……邪魔?」
桜子がそんな風に思っていないことは私も分かっている。
でも、感情が先行して、そんな言葉が私の口から溢れてしまった。
そんな私の言葉を聞き、桜子は声を荒げた。
「それは絶対に違う!!」
桜子の聞いたことのない大声に、私は驚き、黙り込んでしまった。
桜子は黙り込んでしまった私を見て、申し訳なさそうな顔をした。
桜子が席を立ち、私の隣へとやってくる。
「大きな声を出してごめん。でも、私は雫と離れるのが辛いんだ……」
桜子が私を抱き締めながら涙を流す。
それは私も同じだ。
私だって、できるのであれば桜子とは離れたくない。
でも―
「桜子は行きたいとは思っているんだよね?」
「……もちろんだよ。またとない貴重な機会だ。でも……私の中での優先順位はもう決めたんだ!」
「それがお誘いをお断りして、私の傍にいることなの?」
「そうだ。モデルの仕事は今のままでも困ってはいないからね。きっと、結婚してもお金で困ることはないと思うよ」
桜子が言うのであればそうなのかもしれない。
でも―
「私は桜子が夢を諦めちゃうなんて……そんなの嫌だよ……」
「それは……」
「だって、子供の頃からの夢なんでしょ?私と離れる期間だって四年間なんだよね?私は桜子がフランスに行っている間に、どこかへ行ったりしないよ?」
「それは分かっているんだよ……でも、その四年間に私が耐えられないんだ……」
桜子は苦しそうな表情をしていた。
私は立ち上がり、桜子の涙を指で拭ってあげた。
「なら!私に時間を頂戴!」
「時間……?」
「そう!桜子が卒業するまでに、フランスでも寂しくならないくらいの思い出を私がたくさん作ってあげる!」
「……っ!」
「駄目……かな?」
私の提案を聞いた桜子は、でも……と続けようとした。
しかし、そこで言葉を一度止め―
「お願いしてもいいかい……?」
と、弱々しく言った。
きっと、桜子もそれがうまくいくのであればそうしたいのだろう。
桜子が卒業するまでにまだ三ヶ月と少しある。
思い出ならたくさん作れるはずだ。
「桜子!これからも思い出をいっぱい作ろうね!」
私はそう言って桜子にキスをした。
桜子も優しく受け入れてくれた。
私を暗闇から救い出してくれた星の様に輝くあなたに、夢を諦めて欲しくない。
だから―
「泣いている時間があったら、その時間で楽しい思い出をたくさん作ろ!」
「うん……」
私の呼び掛けに、桜子は弱々しくもうなずいてくれた。




