(23) 大好きなところ
「かなり上達したね!」
鏡を見た桜子が、私の作ったメイクをそう評価する。
しかし、当の私はというと―
「でも、なんか納得がいかないんだよね……」
そう、どうしても納得がいかない。
おかしな所があるわけでもないのに、なぜなのだろうか?
「自信を持ってもいい出来だと思うのだけどね」
「私も上手くなった自覚はあるんだけど……」
どうして納得できないのか考えていると、桜子がひとつ提案してきた。
「じゃあ、私の知り合いのメイクさんの所に行ってみないかい?」
「いいの?そうさせてもらえるなら勉強になるから嬉しいんだけど」
「聞いてみるよ」
桜子がメールを送って数分―
「『是非来てほしい!』だそうだ」
早速返信が返ってきた。
いや、早すぎじゃない?
「なんかその人、返信早くない?」
「まあ……私のファン一号みたいな人だからね!」
桜子のファン一号……。
一体どんな人なのだろうか?
「どんな人なの?」
「それは会ってからのお楽しみだ!」
そう言って、桜子は教えてくれなかった。
私はその人に、次の日曜日に会うことになった。
わくわくする半面、少し怖い。
なんたって相手はメイクが本職の人なのだから。
◇◇◇
約束の日曜日になった。
今日は桜子の紹介してくれたメイクさんと会う日である。
緊張するが、楽しみだ!
「ここのスタジオが集合場所だよ」
隣を歩く桜子が扉を指差す。
私のためにスタジオまで借りてくれたのだ。
本当にありがたい。
「じゃあ、行こうか!」
私はそう言って、扉を開いた。
扉を開けるとすぐに正面から声が聞こえてきた。
「あなたが雫ちゃんね!よろしく!」
そう言って、駆け寄ってきた相手は、私の手を握ってぶんぶんと振った。
この人が今日の先生か。
「前田 雫です!よろしくお願いします!」
そう言いながら、私は視線を持ち上げ、初めてを相手の顔を見た。
スラッとした体格に、色白の肌、綺麗な白髪に浅葱色の瞳―
「桜子……もしかしてだけどさ……」
私がまさかと思い、隣の桜子の方を見ると―
「そのまさかだ!雫は鋭いね!」
この人マジか……。
私が再度、目の前の女性の方に目を向けると、女性はお辞儀をして言った。
「うちの娘がお世話になっています!」
◇◇◇
「事前に説明しててよ!」
私が小声でそう言って、隣に座る桜子の脇腹を指で突き刺すと、彼女は笑いながら謝った。
「ごめんごめん!でも、こっちの方がドッキリみたいで面白いかなと思ってさ!」
そう、桜子が私に紹介してくれたメイクさんの正体、それは桜子の実のお母さんだったのだ。
「桜子のママの梨沙です!びっくりさせちゃってごめんね!」
そう言って、目の前に座る梨沙さんが謝る。
「いえいえ!梨沙さんは悪くありません!悪いのは全部桜子ですので!」
いや、気まずい!
なんで私、突然桜子のお母さんと顔合わせすることになってるの!?
私にも心の準備というものがあるのだから、事前に言っていて欲しかった……。
それに―
桜子は私との関係を梨沙さんに説明しているのだろうか?
「ねえ、桜子?梨沙さんに……」
「あー!早速だけど本題に入ろうか!」
桜子は私の言葉をそう遮って、話を進めた。
この人多分、恥ずかしくてまだ伝えてないんだな……。
私がジト目で桜子の方を見ていると、梨沙さんが話を進めた。
「今日は雫ちゃんが私にメイクを教わるってことでいいのよね?」
「はい!よろしくお願いします!」
「そうと決まれば、早速始めましょう!雫ちゃんは道具の準備を、桜子はメイクされる準備をしてちょうだい!」
「分かりました!」
「はーい」
とても緊張するが、なんとかやりきるしかない!
こうして私の特訓が始まったのだった。
◇◇◇
「かなり上手ね!独学でここまでできるなんて才能の塊よ!」
私が作ったメイクを見て、梨沙さんがそう言ってくれる。
すごく嬉しい……が、やはり納得がいかない。
「ありがとうございます!でも、どうしても自分が納得出来ないんです」
「そうなのね。じゃあ、今からする質問に答えてみて!」
「はい!」
「雫ちゃんは桜子のどこに惚れたの?」
「ごほ……っ!」
目の前の桜子が、飲んでいた水を吹き出しかける。
「えっと……もしかして梨沙さんは気付かれてましたか?」
「ええ!最初から気付いていたわ!」
「じゃあ、ママも最初からそう言ってくれよ!」
「桜子から紹介してくれるのかなーと思って待ってたのに、全然紹介してくれないんだもの」
バレているなら隠す必要もないか……。
「遅くなってしまい申し訳ありません。桜子さんとお付き合いさせて頂いている前田 雫です。改めましてよろしくお願いします」
「ママ、隠しててごめん……私の彼女の雫だよ」
「やっぱりね!ママの目は誤魔化せないのよ!」
そこで私はハッとした。
梨沙さんは私と桜子の関係を認めてくれるのだろうか?
私が認めてもらえないパターンを考えて顔を曇らせていると、梨沙さんが言う。
「別に女性同士なことは気にしていないわ!ロマンチックで素敵なことだと思う!」
お母さんが理解のある人でよかった。
「それで、雫ちゃんは桜子のどこに惚れたの?」
「私は―」
私は桜子の大好きなところを全て伝えることにした。
大好きな人のお母さんの前で、大好きな人の大好きなところを述べていく。
あまりに恥ずかしい。
桜子も私が大好きなところを述べるたびに、顔を赤くしていった。
赤くなるのも無理はない。
だって、自分のお母さんの前で告白されているようなものなのだから。
いや、どんなプレイだよ!
「以上です!」
なんとか言いきった。
私も桜子も恥ずかしさで死にかけだ。
「なるほどね!雫ちゃんが桜子のことをよく見てて、大好きってことが伝わったわ!」
それは良かった。
私が胸をほっと撫で下ろしていると、梨沙さんは真剣な表情になり言った。
「でも、メイクからはそれが伝わってこない。雫ちゃんのしているメイクはすごく上手よ。でも、型にはまりすぎて雫ちゃん本人の気持ちが作品の中に入っていないの」
「私の気持ち……」
「雫ちゃんはメイクをするときに、ここはこうするのが正解、こっちはこれが正解、みたいな感じで答えを決めちゃっていない?」
「決めています。桜子に習ったり、本で学んだ通りにしています」
「それはそれで正解よ。でも、そのメイクじゃ納得できないのよね?」
「はい」
「じゃあ、次は雫ちゃんの桜子への思いを込めてメイクを作ってみて」
「分かりました」
桜子にメイクを落としてもらい、再度挑戦する。
私は桜子の優しい目付きが好き、だから、目の周りは優しく見えるようにして……。
桃色の綺麗な唇は生かしたい、だから、口紅は濃くしすぎない。
そんな感じで、今回のメイクには私の桜子の大好きなところを詰め込んだ。
おかしくなることを恐れないで、思いを込めた。
「出来ました!」
私が緊張しながら梨沙さんに見てもらうと―
「うん!いいわね!まだ拙い部分は多いけど、さっきのカチカチのメイクよりも生き生きとしてる!」
梨沙さんはそう褒めてくれた。
梨沙さんの言う通り、そのメイクは生き生きとしていた。
桜子の魅力が存分に生かされていて、私の好きな桜子が強調されているようだった。
これが私の大好きな桜子だ!って世界にアピールするような、そんなメイクだった。
だからこそ、満足感があった。
「私、なにか掴めた気がします!」
「良かったわ!あとはメイクの練度を上げればさらに良い作品になるわ!」
「ご指導よろしくお願いします!梨沙先生!」
◇◇◇
メイク練習の時間はあっという間に流れていき、私たちは帰る時間になった。
スタジオの前で梨沙さんと別れる。
「今日はありがとうございました!」
「私も教え甲斐があって、とても楽しかったわ!こちらこそありがとうね!」
梨沙さんはそう言って、桜子によく似た笑顔を浮かべた。
やっぱり親子なんだな……。
私がそんなことを考えていると、梨沙さんが大切な話をしてくれた。
「最後にひとつだけアドバイスね!」
「はい!」
「自分の作った作品に納得できなくなる気持ちはよく分かるわ。でもね、小説家も料理人も画家もどんな人でも、自分の作ったものに対しては自信を持つことが大切だと思うの!だって、作った本人がその作品の魅力を信じてあげられなかったら、一体誰がその作品に魅力を感じられるの?っていう話しになっちゃうからね!」
たしかにその通りだ。
まずは自分が、自分の作品を良いと思わなければ、きっと相手にもその良さは伝わない。
傲慢になるという話ではない。
作者が作品に対しての自信を持たなければ、作者の子である作品に失礼だという話だ。
「ものすごく参考になりました!自分の作品に自信を持って頑張ってみます!」
「これからも頑張ってね!」
「はい!」
そう言って、梨沙さんは私の隣の桜子の方を見た。
「桜子も雫ちゃんに迷惑かけないのよ!」
「分かってるってば……」
「あんた性欲強いから雫ちゃ……」
「分かってるってば!!ていうか、どうして私が性欲強いの知ってるの!?」
「お母さんにはお見通しなのよ!まあ、ほどほどにね!」
「もぅ……」
お母さんの目ってすごいな。
すごいを通り越してむしろ怖い。
桜子が頭から湯気を吹いてダウンしてしまったので、私が代わりに別れの挨拶をした。
「それではまた!」
「またね!娘をどうかよろしくね!」
そうして私たちと梨沙さんは別れた。
私は帰り道、桜子に問いかけた。
「明日からまたメイクさせてね!」
「うん……」
桜子はまださっきのショックから立ち直れていないが、そう答えてくれた。
「なんでバレたんだろうね?」
「本当にどうしてだろう……」
そう言って、私の方を見た桜子がハッとした顔をする。
「どうしたの?」
「雫、その首のやつ……!」
私は桜子に指を指された部分を手鏡で見た。
そこには明らかに人為的に付けられた痕があって―
「嘘でしょ!?こんなに見えやすいところにもマーキングしてたわけ!?」
「ごめん、無意識のうちについ……」
「バレた理由絶対これじゃん!」
私がそう言うと、私たちは一瞬無言になり、その後に爆発するようにふたりで大笑いした。
「最初から隠せるわけがなかったんだよ!」
「本当だな!最初からバレバレだったんだ!」
そんなこんなで私たちの一日は終わった。
いろいろと驚くことはあったが、とても良い経験になった。
メイクを作ることの奥深さを知れて、さらに興味も湧いた。
「明日からも頑張るぞー!」
「よろしく頼むよ!」




