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あなたの人生を私に下さい  作者: タモリン
(第三章) 私たちの夫婦喧嘩

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(17) 戻ってきた日常

 私が家出してから一週間が経ち、私は桜子と仲直りするために、桜子の家の前にやってきていた。

 事前に桜子に連絡はしていない。

 というよりも、連絡してから行こうとすると緊張してしまいそうだったため、あえて連絡しなかったのだ。

 私は玄関の扉の前に立った。

 いよいよ、その時だ。

 私の震える指先がインターホンのボタンを押し込む。

 私は桜子にちゃんと謝ることができるだろうか……。

 私がそんなことを考えていると、インターホンから聞き馴染みのある優しい声が聞こえた。


『はい、どちら様でしょ……』


 インターホンから聞こえた声は唐突に途切れ、目の前の扉が勢いよく開け放たれた。


「雫……!」


 開かれた扉から弾丸のように飛び出してきた白髪の少女は、勢いそのままに私に抱きついた。


「おかえり……雫が無事で本当によかった……」


 桜子が私を抱き締めてボロボロと涙を溢す。

 桜子に抱き締められていると、私の頬にも暖かな感覚が生じた。

 あれ……?私、泣かないつもりだったのに……。


「ただいま……心配かけてごめんね……」


 私と桜子は、そのまましばらくの間、玄関先で抱き合っていた。

 お互いに号泣してしまい、会話も成り立っていなかっため、端からみたら何事かと驚かれそうだが、幸いなことにご近所さんから通報されることは無かった。



  ◇◇◇



「桜子は私のために頑張ってくれていたのに、あんなにきつい言い方をしちゃってごめんね」


 私はダイニングテーブルの正面に座る桜子に謝った。

 すると、正面の桜子も同様に私に頭を下げた。


「私こそすまなかった。努力を君に褒めてほしいという思いが先行してしまって、少し感情的になってしまった」


 お互いが謝ったことで、私たちの間の張り詰めた空気が少しだけ柔らかくなった気がする。

 これで、とりあえずお互いに対するわだかまりはなくなっただろう。

 ここからは今後の話……の前に一つ気になることがあったので聞いてみることにした。


「桜子、その軍手はどうしたの?」


 再会したときから桜子が、軍手を着けたままなのだ。

 私が理由を尋ねると、桜子は少し気まずそうにして黙り込んだ。

 桜子はなにか隠してる。


「ちょっと見せて」


 私がそう言って、強引に軍手を外すと、絆創膏でいっぱいのボロボロになった桜子の手がそこにはあった。


「どうして……こんなに……」


 以前までの桜子の手は、柔らかくしっとりとしていて、まるでシルクの様だった。

 しかし、今の桜子の手は傷だらけで、乾燥してカサカサにもなっている。

 あれ、この手の感じどこかで……。


「雫、やっぱり家事は大変だな。雫が毎日、私のためにどれだけ頑張ってくれていたか、実際にやってみてようやく分かったよ」


 思い出した。

 今の桜子の手、これは私がお姉ちゃんに家事を習い始めたばかりの時の手と同じだ。

 慣れない作業で細かい切り傷を作り、洗剤などの洗い残しで乾燥した。

 まさにそんな手だった。


「ごめんね……桜子はこんなに頑張ってくれていたのに、私は……」


 私が自分の過ちを謝罪しようとしたとき、桜子が私の発言を遮って話し始めた。


「雫、違うだろう?」


 違う?

 なにが違うのだろうか?

 私が考えていると―


「私は雫に謝ってもらうために頑張ったわけじゃない」


 あっ……。

 そうだった。

 私たちの間には大切な約束がある。

 互いに力を合わせて、二人三脚で生きていくという約束だ。

 だから、助けてもらったらごめんじゃなくて―


「桜子、本当にありがとう」


 そう決めたではないか。


「それでいい!雫のその笑顔が見れただけでも頑張った甲斐があったと思えるよ!」


 桜子がそう言って、満面の笑みを見せてくれる。

 そして、自分の手の傷を誇らしげに眺め、言った。


「それじゃあ、私の努力の成果を先生に見てもらおうかな!」


「ほうほう、先生は厳しいよ!」


 そんな冗談を言い合う私たちの間には、もう重たい空気は無かった。



  ◇◇◇



「どう……かな?」


 私は桜子の作ってくれた肉じゃがを口に運び、目をつぶって味わっている。

 味は―


「おいしい!これ私が作るのよりもおいしいよ!」


 本当においしかった。

 この短期間でよくここまで料理を上達できたものだ。


「桜子、あなた実は料理の才能あったりしない?やればできる子、桜子!」


 私が桜子をそう称賛すると、彼女は照れたように少しだけ頬を赤らめて、はにかんだ。


「そんなに褒めてもらえると、努力が報われる気がして嬉しいよ!ありがとう!」


 桜子はこの一週間で他にどのような料理を勉強したのだろうか?

 他の料理も是非食べてみたい。

 きっとおいしいだろう。


「他にはどんな料理を練習したの?」


「なんとな!なんとな!」


「うん!」


「肉じゃがだけなんだよ!」


「うん?」


「私は一週間三食全てを肉じゃがに捧げることで、ここまでのクオリティーに仕上げたんだ!」


「まじです……?」


「うん!」


 桜子が誇らしげに私に報告する。

 まあ、ツッコミを入れたい部分だらけだが、こんなに自信満々に報告してくる桜子を見ていると、指摘するのも野暮に思えてきた。


「肉じゃがに関しては120点だよ!今後も定期的に作ってくれると嬉しいな!」


「私もやっと得意料理ができたよ!これからも頑張って勉強して、ラスボスのパンケーキを作れるようにしてみせる!」


 いい心意気だ。

 パンケーキに関しては今の桜子なら作れそうなものだが、やはり最後に作りたいほど思い入れのあるメニューなのだろう。

 そんなことを考えている間に、私はお皿に盛られた肉じゃがを平らげた。

 おいしすぎて、思わず一気に食べてしまった。


「肉じゃが、ごちそうさまでした!」


 私は料理で疲れたであろう桜子にゆっくりしてもらおうと思い、他の家事をしようと席を立った。

 すると桜子は、にやにやしたあと私に言った。


「雫、残りの家事は洗い物だけだよ」


「もしかして、他の家事全部やってくれたの?」


「雫がいない間、私は夕食を食べる前に洗い物以外の家事は終わらせるように練習していたんだ!」 


 この人はどうしてそんなに―


「桜子はどうして、そんなに努力できるの?」


 私がそう尋ねると、桜子は少し恥ずかしそうにしながら、私に言った。


「雫と出会うまでは、理由もなく、気の向くままに、手当たり次第の努力をしてきたんだ。でも、今は違う」


「どう違うの?」


「今の私は、頑張ってる姿を雫に見せて惚れさせたい、ただそれだけのために努力している」


 そんなこと言われたら……。

 さらに惚れちゃうじゃん!

 健気な彼氏に惚れちゃうヒロインの気持ちってこんな感じなのか。


「じゃ、じゃあ!あとはゆっくりできるのね!?」


「そうだね!」


「じゃあ……ご褒美欲しい?」


「是非!」


 私は、桜子の希望の中でまだ叶えてあげられていないものがひとつ残っていることを忘れていない。

 それを叶えてあげれば、きっと桜子は喜ぶだろう。

 恥ずかしいけど、私も興味はあるし……まあ……いいか……。


「ふたりで……お風呂入らない?」


「……」


「入らない?」


「……」


「なんか言え!!」


 黙られたら私ひとりが変態みたいで、恥ずかしくて死んでしまうではないか!


「ごめんごめん、あまりに唐突な提案だったから、頭がフリーズしてしまったよ」


「それで?どうするの?」


「答えはもちろんイエスだ。元はと言えば私から言い出したことだからね!」


「裸の付き合いは良好なコミュニケーションの上で大事って言うでしょう?だから、お風呂に入りながら今後の話をゆっくりとしない?」


「雫、別に強がって言い訳しなくていいんだよ」


「強がってなんか……」


「顔が真っ赤だよ」


 自らの頬に手で触れると、それは出来立ての肉じゃがのように熱々になっていた。


「もう!いいから早く入るわよ!」


 そう言って、私は桜子よりも一足先に脱衣所に入り、扉を閉めた。

 一週間ぶりに戻ってきた日常のやり取りで、緩みきってしまった口元を隠すために。

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