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あなたの人生を私に下さい  作者: タモリン
(第三章) 私たちの夫婦喧嘩

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(16) 努力の裏側

「雫ちゃん!こっちだよー!」


 私が駅の改札を抜けると、頭の上で大きく手を振る桐谷さんがそこにはいた。


「お待たせしてしまって申し訳ありません!」


「いやいや、いいんだよ!親友の頼みならいつでもウェルカム!」


「ありがとうございます!」


「というより私、雫ちゃんが昔のラコみたいに全く頼ってくれなかったら、それこそ病むからね!」


 そんなことを言いながら、桐谷さんが私の隣に並ぶ。


「それでそれで、今日はラコのことをもっと知りたいってことでいいんだよね?」


「はい、それでお願いします!」


「よし!じゃあまずはお忍びで、私とラコが通ってる学校に行こうか!」


 私は元気一杯な桐谷さんに手を引かれて……いや、半ば引きずられるようにふたりの学校へと向かっていった。



  ◇◇◇



「ここがふたりの通ってる学校ですか……」


 私はあまりに立派な校舎に息を飲んでいた。

 あまりにも私の通っていた学校とは違いすぎる……。


「大きいよねー!私も学校のことをなにも調べないでここを受験したから、初めて来たとき同じようになったよ!」


 隣の桐谷さんが私の驚く顔を楽しみながらそう声をかける。

 学校とは思えない、まるで街中に突然現れた西洋の洋館といった感じの美しい建物だった。


「こんなところに私が入っても大丈夫なんですか?」


「うーん、多分本当は駄目だけど、私が隣にいれば見つかったとしてもなんとかできるから、そこまで気にしなくていいよ!」


 本当にそんなにアバウトでいいのか……。

 私はそう思いながらも、桐谷さんのことを信じてついていくことにした。



  ◇◇◇



「ここが実質私の部屋!」


 桐谷さんは私にそう言って、私を生徒会室に案内した。

 私が本当にここに入ってもいいのかと、入り口近くでビクビクしていると、桐谷さんが私を部屋の中に押し込んで、入り口の鍵を閉めた。


「これで安心でしょ!」


 たしかに、これなら誰かに見られることはないから気を抜いてもいいだろう。

 安心した私はようやく桐谷さんに質問することができた。


「でも、どうして生徒会室なのですか?」


「それはね―」


 私の前で桐谷さんが、厳重そうな引き出しの中をごそごそする。

 果たして、そんなに荒く扱っていい引き出しなのだろうか……。

 私がそんなことを考えていると―


「あった!これこれ!」


 桐谷さんが生徒情報冊子(三年版)と書かれたファイルのようなものを取り出した。

 タイトル的に学校の生徒の情報を生徒会が使用するための物なのだろう。

 そんなものを部外者に見せてもいいのだろうか?


「流石に他の生徒のは見せられないけど、ラコのやつくらいなら多分大丈夫よ!」


「本当にそんな感じで見せてもいいやつなんですか……?」


 私が罪悪感に襲われながら固まっていると、桐谷さんがあるページを開いて私に見せてきた。

 そこには見慣れた桜子よりも少しだけ幼い桜子の写真が貼ってあった。

 おそらく入学当初に撮影したものだろう。

 私の目が幼い桜子の写真に釘付けになっていると、桐谷さんが隣のページを指差して言った。


「こっちは受賞記録だよ!私もこれを初めて見たときは流石に引いたわ……」


 私が隣に視線をずらすと、そこにはページ一杯に○○賞や○○優勝のも文字が書かれていた。

 桜子がいろんな賞取っているとは知っていたが、ここまでとは……。


「あの子、凄いでしょ?」


「はい、凄すぎます」


「でもね、これは桜子が生まれながら才能に恵まれているからじゃないの」


「そうなんですか?」


 私がそう聞き返すと、桐谷さんが桜子の写真の頬を指でつんつんしながら話し始める。


「ラコは私たちを含めて、みんなの前でかっこいい姿を見せたがるでしょう」


「はい」


「だから、みんなラコが天才だって誤解するけど……本当は、ラコは天才なんかじゃない」


 桐谷さんがスマホの電源を入れて、私にいくつもの動画を見せてくる。

 暗くなった校庭でひとりで走っている桜子。


「これは県の陸上大会の前」


 教員のような人に勉強を教わっている桜子。


「これは全国模試の前」


 何度も紙に何かを書いては消して、書いては消してしている桜子。


「これは作文コンクールの前ね」


 その後も、私は桐谷さんに沢山の動画を見せてもらった。

 桜子の功績の背景が、動画によって見えてくる。

 動画の中の桜子は何度も転んで、手を切って、辛そうな顔をして、悩んで、それでも―


「努力することを止めなかったんですね」


「そう、あの子は天才なんかじゃない、自分の努力でここまで輝いてきたの」


 私が、桜子の努力の痕跡の凄さに絶句していると、桐谷さんが続けた。


「ラコはいつも頑張ってきたの、誰にも褒められなくても、誰にも見られていなくても」


「はい」


「でもね、今回だけは違ったの」


「今回?」


「今回のラコは、家事とかを雫ちゃんに褒めてもらいたくて頑張っていたし、雫ちゃんに見てもらいたくて頑張っていたの」


「桜子が……」


「うん、だから雫ちゃんになかなか褒めてもらえなくて少しだけ悲しかったみたい。私も、ここまで誰かから褒められることを渇望しているラコを見たのは初めてだったわ」


「私がもっと褒めていれば……」


 桜子は傷つかなかったのかもしれない。

 桜子を傷つけたのは彼女の努力を小言ばかり言って評価しなかった私の責任だ。

 私が自責に駆られていると、桐谷さんが私の肩に手を置いて、言った。


「雫ちゃん、でも私はそれは違うと思うわ。ラコは中途半端な努力で褒められることを本心では望んでいないはずよ。ラコが中途半端な努力で満足する人間なら、さっきの動画みたいに努力を重ね続けるわけがないもの」


 なら、桜子は……。


「ラコは今も家で、いつもと同じようにひとりで努力をしているはずよ。誰のためでもなく、愛するあなたのために」


 私のために……。

 私のために努力してくれている桜子を想像すると、胸が暖かくなった。


「だから、ラコが自分の満足できるくらい努力した暁にはいっぱい褒めてあげて、それがきっと彼女にとってどんなメダルよりも嬉しい一番のご褒美だから」


「はい!そうさせてもらいます!」


 桐谷さんのおかげで、私は桜子の新たな一面を知ることができた。

 桐谷さんには頭が上がらない。


「桐谷さん、本当にありがとうございました!」


「全然気にしなくていいのよ!雫ちゃんに恩返しできてよかったわ!」


 桐谷さんはそう言いながら、ファイルを引き出しに入れようと持ち上げた。

 しかし、その手は滑って―


「しまった!」


 ファイルが私の前に落ちた。

 私は地面に落ちたファイルを拾おうと手を伸ばして、気づいた。


「桐谷さんも凄いじゃないですか!」


 開かれたページには桐谷さんの写真と、桜子と比べても見劣りしない程の大量の功績が書かれていた。

 桐谷さんが顔を赤くしてフリーズする。


「み、見ないで……恥ずかしいから……」


 桜子もそうだが、桐谷さんももっと誇っても誰も文句を言わないだろうに。


「いいじゃないですか!もっと誇ってもいいと思います!」


「でも、私の功績はラコをひとりにさせないためっていう、不純な動機で紡いだものだから……」


「理由なんてなんでもいいんですよ!頑張ったもんは頑張ってるんですから!」


「そうかな……?」


「はい!桜子が褒めてくれないようでしたら代わりに私が全力で褒めちぎりますよ!」


「じゃっ、じゃあお願いしようかな……」


 私は桐谷さんの隣へ行き、失礼しますと心の中で呟いてから、背伸びをして頭を撫でた。


「桐谷さんは偉いですね」


「うぅ……」


 桐谷さんの顔がさらに赤くなる。

 褒められることに耐性がないのだろう。


「自分以外の人のために努力することは簡単なことじゃありません。とても立派です」


 私がそんな風に桐谷さんを褒めていると―


「だっ……駄目……っ!」


 桐谷さんが身悶えし始めた。


「何がです?」


「やっぱり褒めちゃだめぇ……!」


 そう言って、桐谷さんが私と距離を離す。


「褒められるのは嬉しいしんだけど!これ以上は駄目!私が死んじゃう!」


 やはり、褒められることに対する耐性が薄いらしい。


「雫ちゃん!」


「どうしました?」


「やっぱりラコをいっぱい褒めちゃ駄目!」


「それはまたどうしてです?」


「多分雫ちゃんが全力で褒めたら、ラコ死んじゃう!」


 マジか。

 私そんなに褒めるの上手いんだ。

 桜子に襲われたとき用に覚えておこう。

 もしかしたら役に立つかもしれない。


「とにかく!桐谷さんも桜子もどっちも偉いです!もっと誇っていいと思いますよ!」


「あ、ありがとう……」


 こうして、私と桐谷さんの秘密の時間は終わり、わたしたちの親友関係は、また一段深まったのだった。

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