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あなたの人生を私に下さい  作者: タモリン
(第二章) 私たちの親友

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(13) 新しい朝

「おはよう、雫」


 隣から聞こえてきた声に私の浅い眠りが覚醒させられる。


「桜子さ……桜子、おはよう」


 私は珍しく、桜子よりも遅く起きてしまった。

 おそらく眠りが浅かったからだろう。

 昨日の夜、夏祭りで桜子にキスされた感覚が脳裏から全く離れず、なかなか寝付けなかったのだ。


「雫が私よりも遅く起きるなんて珍しいね」


「だって昨日全然寝付けなかったんだもん……」


「雫はかわいいな、昨日のことが頭から離れなくて寝れなかったんだろう?」


 くそ、こいつ自分が優位に立った途端に調子に乗りやがって!

 でも、事実なのでなにも言い返せない……。


「そうに決まってるでしょ!逆にあの状況で桜子は寝れたの!?」


「あっ、ああ、もちろんだとも!熟睡だったよ!」


 桜子の返答がなんだか怪しい。

 桜子に疑いの眼差しを向けていると私はあることに気がついた。


「ねえ、本当はあなたも寝てないでしょ、桜子」


「なぜそう思ったんだい?」


「だって目の前にパンダがいるんだもん」


 桜子が自分の目元に触れる。

 桜子の目元にはうっすらとクマがついていた。

 この見た目で熟睡したと言うのは無理がある。

 普通であれば気付かないほどの薄さのクマだが、普段から横顔を眺めている私にはバレバレだった。


「バレてしまったか……パンダだけにクマってね!」


「おやじギャグは要りません」


「すいません……」


 私はそう言っていつものように桜子に対しての優位を取り戻した。

 桜子はすぐに調子に乗るため、これくらい手綱を握っていても誰も怒らないだろう。

 最近はよく手綱を奪われるので、いつか完全に桜子が優位に立つのではないかとびびっている……がそんな未来を待ち望んでいる自分もいる。

 私はそんな内心を胸の内に隠して桜子に問いかけた。


「それで、桜子は一睡もできなかったの?」


「ああ、ずっと胸がドキドキして寝られなかった」


「ふたり揃って寝不足じゃん……」


「まあ、今日は一日家でゆっくりするわけだし、いいのではないかい?」


「それもそうね」


 私がそう言ってベッドから起き上がろうとすると、桜子が私よりも素早くベッドから降りた。

 私の前で桜子が手を伸ばしている。

 まるでいつも私が桜子にやってあげているように。


「ほら、今日は私が起こしてあげるよ」


「ありがとう」


 私はそう言って桜子の手を掴み―


「いつかの仕返し!」


 桜子の手を全力で自分の方に引き込んだ。

 しかし―


「動かない……」


 私がいくら手を引いても桜子はびくともしなかった。

 桜子が小動物を見るような目でにやにやと私を眺めている。


「雫は本当にかわいいな」


「うるさい!ここは倒れてあげなさいよ!」


 私が照れなのか怒りなのか分からない感情で顔を真っ赤にしながら桜子に吠えると―


「はーい」


 そう言って桜子が私の手を握ったまま私の上に覆い被さった。

 私の身体は桜子のすらりと長い手足でベッドに縫い付けられてしまった。

 桜子の顔が私の顔に近づく。


「えっ、ちょっ!ちょっとまって!」


「ごめん、でも、一晩雫を横にして我慢した私を褒めて欲しい」


「この変態……!」


「それを言うなら、雫もむっつりだろう?」


「うるさい!」


 私はさらに吠えようとしたが、その口は桜子の口で塞がれた。


「…っ!」


 桜子の柔らかな唇が私の下唇を味わうように咀嚼する。

 突然の口づけに驚いた私の身体は、仕事を忘れてしまったようだ。

 精神的にも物理的にも息ができない。

 前回は周りに人がいたから桜子も自制が効いた。

 しかし、今は家だ。

 彼女(へんたい)を止める人は誰もいない。


「まっ……て!」


 しばらくの格闘の末、私が桜子の肩を涙目になりながら押すと、彼女は私の涙を自分の指で拭いながら私に問いかけた。


「嫌かい?」


 そんなの卑怯だ……。

 だって―


「別に……嫌じゃない……」


 私がそう答えると、桜子は私の頭を撫でたあと、ちろりと舌で唇を潤して―


「愛してるよ、雫」


 そう言ってから、再び私の唇に自らの唇を重ねた。

 もうどうにでもなれ……。

 私は全身の力を抜き、愛情に身を任せた。



三十分後


「はぁ…はぁ…」


 私は息を荒くして、呆然として天井を眺めていた。

 キス以上のことはなにもされていない。

 でも、もう桜子の愛情で心がいっぱいいっぱいだ。

 なにも考えられない。

 考えたくない……。


「すまない、少しだけやり過ぎてしまったみたいだ」


 そう言って、桜子が私のおでこにキスをして、私から離れる。

 私は息絶え絶えで桜子に問いかけた。


「この間まで……間接キスで赤くなってくせに……どうして急に積極的になるのよ……」


 昨日、今日の桜子の変わり様に私はとても驚いていた。

 桐谷さんとの仲直りがそんなにも桜子を大きく変えたのだろうか?


「雫にも渚にも、もっと自分を出していいって言われたからね。君が嫌がらない限りは自分のしたいことを自信をもってやろうと思ったんだ」


「切り替え速すぎ……」


「それに、いつまでも女々しいままじゃ妻にかっこうがつかないからね」


「たしかにそうかもしれないけど……」


 私はそう言いながら口元の唾液を自分の腕で拭い、今度こそベッドから起き上がった。

 早く正気に戻らないと、どうにかなってしまう。

 と、頭痛が痛いみたいなことを考えながら―


「でも、次からはもっとお手柔らかに……!」


 私はそう言って、走って洗面所の方へ向かった。

 水道のノブを押し上げ、冷水で顔をバシャバシャと洗う。

 冷たい水が私の火照った身体を冷やしていく。

 水の冷たさに心が引き締められ、だんだんと正気が戻ってくる。

 私はひとしきり顔と心を洗ったあと、顔をタオルで拭いて、鏡に映る自分の顔を確認した。

 顔からは火照った赤みは消えていた。

 ようやくいつも通りの私だ。


「この間までは私が優勢だったのに……」


 私はそんな独り言をぶつぶつと呟いた。

 しかし、それに反して鏡の中の私はものすごく幸せそうに微笑んでいた。



  ◇◇◇



「桜子、コーヒーに砂糖とミルクは入れる?」


「今日はブラックでいいよ」


 私の隣でサンドイッチを作っている桜子がそう答える。

 今、私たちはふたりで朝食の用意をしている。

 桜子が料理するのは少し怖いが、火を使っていないし大丈夫だろう。

 少し不安だが、私は桜子がひとりで作った料理を食べるのが内心とても楽しみなのである。


「私もちゃんと家事ができるようになりたいんだ」


 桜子がそんな独り言をこぼす。


「私が……私と一緒に練習すれば十年後位にはできるようになるわよ」


 私は、私がやるから気にしなくていいのにという言葉を飲み込んだ。

 変わろうと努力している人間に変わる必要は無いと言うのはあまりに残酷だ。


「十年後か……先は長いな!末長くよろしく頼むよ」


「私もその方が教え甲斐があるわ。早く上達されちゃったら私のすることがいよいよなくなっちゃうし」


 そんな話をしている間に、私のコーヒーと桜子のサンドイッチが完成した。

 私たちはそれらをそれぞれダイニングテーブルに運び、席に着いた。


「「いただきます!」」


 そう言ってふたりで手を合わせたが、桜子の方は料理に手をつけず、私の方を見ている。

 なるほどね。


「じゃあ、桜子が作ってくれたサンドイッチを食べてみるね」


 私がそう言うと、桜子が目を輝かせた。

 まるで、初めて親に料理を振る舞う子供のようだ。

 かわいい。

 私は桜子の作ってくれたサンドイッチを齧ってみた。

 中に入っている具材の切り方やソースの塗り具合はめちゃくちゃで、きっとこれがお店で出てきたら百人中九十九人はクレームを入れる思う。

 でも、私にとってはご馳走だった。

 そのサンドイッチには家族の暖かさのような、愛情という想いが籠っていた。

 それは長い間私が忘れてしまっていた味で―


「美味しい……」


 私は感想を述べながら涙を流した。

 私が急に涙を流し始めたものだから、桜子が驚いた様子で問いかけてくる。


「そんなに泣くほど美味しかったのかい?」


 桜子も自分の手元のサンドイッチに口をつけた。

 桜子はサンドイッチを咀嚼し、手元のサンドイッチを二度見したあと、私の方をみて問いかけた。


「これに、美味しい要素があるかい?」


 そんなの愚問だ。


「美味しいに決まってるでしょ!自分の愛する人が一生懸命に愛情を込めて作ってくれたんだから、不味いわけ無いのよ!」


 私はボロボロと涙を流しながらサンドイッチを完食した。

 桜子が作ってくれたサンドイッチからは食べたことのない味がして、とても懐かしかった。



二十分後


「「ごちそうさまでした!」」


 私たちはコーヒーとサンドイッチを平らげた。

 桜子は、終始サンドイッチの出来映えを気にしていたが、私があまりに美味しそうに食べるものだから、最終的には満面の笑みで喜んでくれた。


「洗い物は私がするから、桜子は玄関の掃除をしてて」


「はーい!」


 私が桜子に指示を飛ばすと、桜子は元気に返事をして、玄関の方へと走っていった。

 自分の料理を褒められたのが相当嬉しかったのだろう。

 私もお姉ちゃんに初めての料理を褒められたときはとても嬉しかった。

 お姉ちゃんが私の作った殻だらけの卵焼きを幸せそうに食べていた理由が今なら分かる。

 これが愛情か……。


「だから、桜子が私のご飯を食べすぎちゃうのか!」


 私は桜子が私のご飯を食べすぎてしまう理由を見つけて、納得してしまった。


「なんだって?」


 玄関の方から桜子が聞き返してくる。

 私は水道を一度止め、元気に答えた。


「なんでもないよ!ただ桜子のことが大好きだって言っただけ!」


「なんでもなくないじゃないか!」


 そう言って、玄関の方から桜子が走って帰ってくる。

 この人は本当にかわいいんだから。

 私は桜子の胸に飛び込み、顔を見上げながら言った。


「これからもよろしくね!」


「ああ、もちろんだとも。こちらこそよろしくたのむよ!」


 お互いの顔の距離が近くなって、一瞬そういう空気になったが―

 私はおでこにチョップを入れられ、正気に戻った。


「やっぱり、雫の方が私よりもよっぽど変態だと思うよ」


「うるさい!朝はそっちが自制できなかったくせに!」


「ごめんごめん!」


 桜子が私の頭を撫でながら謝る。


「もぉーー!」


 こうして、一歩前進した私たちの新しい生活が幕を開けたのだった。

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