(12) 愛情
結局、渚と仲直りできないまま、夏祭りの日になってしまった。
私、星野 桜子は神社の境内でひとり、頭を抱えている。
結局今日まで渚とは連絡も取れなかったし、会うこともできなかった。
私はこんなモヤモヤした気持ちでお祭りを楽しむことができるのだろうか。
私がそんなことを考えていると私のスマホの通知音が鳴った。
相手は雫だった。
『桜子さま、私の都合で現地集合にしてしまい申し訳ありません』
『いいや、問題ないよ、楽しみに待っている』
いや、違うな、
『ひとりは寂しいから早く会いたいよ』
『素直でよろしいです!私もすぐに行きます!もし可能であれば今から送る座標に来ていただけると早く合流できそうなので助かります!』
『分かった、すぐに向かうよ』
雫から地図と座標が送られてくる。
私はその場所に急いで向かった。
数分後
私が送られてきた座標の場所にたどり着くと、そこには予想外の相手がいた。
「ラコ、遅かったわね、最近運動しないでお菓子ばかり食べて丸くなったんじゃない?」
「渚……どうしてここに」
「そんなことどうだっていいでしょう、それより私の浴衣姿、どう?」
「懐かしいな……昔の浴衣を元に丈を伸ばしたのかい?」
「正解、覚えてくれていたのね」
忘れるはずがない。
私の楽しい思い出にはどれにも渚がいた。
これから先も親友として楽しい思い出を積み上げていきたい。
だから―
「渚、私は君にひどいことを……」
私が謝罪し、頭を下げようとすると、それを遮って渚が話を始めた。
「ラコ、謝らなくていいわ、その代わり今から腹を割って話しましょう、私たちのこれからの事を」
私は渚に絶交されてしまうのだろうか。
そんなのは辛いし耐えられない。
「ああ、そうしよう」
私と渚は近くのベンチに座り、話し始めた。
「早速だけど、私はあなたの事が好きで好きで堪らないわ」
「なっ……!」
「あなたの全てが欲しい、その髪も瞳も唇も身体も全部愛しているわ」
渚が顔を赤くしながらそんなことを告白する。
唐突な渚の熱烈すぎる告白に私も思わず赤くなってしまった。
落ち着け私!
「あ、あ、あ、あ、ありがとう!渚っ!」
「流石に動揺し過ぎよ……」
全然落ち着けてない!
戻ってこい、いつもの冷静沈着な私!
私がひとりで顔パタパタと仰いでいると、渚が続けた。
「でも、それでいいわ、だからいつもの冷静沈着な仮面で自分を隠そうとしないで」
「すまない……」
図星だった。
渚の前でだけは格好よくありたかったのに……。
あれ?
この状況この間も……。
私の脳内に想い人の声が再生される。
『私と桐谷さまはあなたの恋人と親友です、かっこつけなくたって離れていきはしませんよ』
なるほど。
私は君を信じるよ、雫。
「私はずっと、君の前で仮面を着けていた」
「ふーん、そうなんだ」
「ああ、渚が私のことを優しく支えてきてくれたから、君の前ではかっこいい私でいたいと思ったんだ」
「へぇ……」
「自分の弱いところを見せるのが恥ずかしくて、君に悩みを打ち明けたことも、相談したこともなかったな」
「そうね……」
「だから、渚に君の事を信用していないと思わせて、不安にさせてしまったのかもしれない」
「うん……」
「だから、すまない、今さらになってしまったが言わせてくれ」
「……」
「私は渚のこと、昔からずっとずっと、大切に思っていたし、誰よりも信用していたよ!」
だから―
「これからもこんな駄目な私のことを親友として近くで支えてくれないかい?私は君がいなくなってしまったらどうやら駄目らしい……」
私は渚がいない寂しい未来を想像して涙を流した。
その瞬間。
渚が私に抱きついてきた。
「本当にあんたはバカ!もっと早く親友の私に頼りなさいよ!正直になりなさいよ!」
「本当に今まで辛い思いをさせてすまなかった……」
「だーかーら!別に謝らなくていいの!私の胸ならいくらでも貸すから泣きなさい!って泣きたいのはこっちの方なんだけど!?」
「たしかにそうだな、でも、今は君の胸で泣きたい気分なんだ、その……ありがとう……」
「どんなあなたでも私は受け入れるわ、どんなに醜くても、落ちこぼれても、どうしようもなくても、私は誰にも代えられないあなたの一番の親友だから!」
◇◇◇
私はそのまま渚の胸のなかで十分位泣いていたと思う。
私の頭を撫で続けてくれていた渚が手を止めて私に声をかける。
「向こうにたこ焼き屋さんが見えるでしょう、あの向こうの小高い丘にあなたの夫が待ってるわ。花火が上がる前に行ってあげなさい」
「夫?雫の事かい?」
「ええそうよ、あなたよりも何千倍もかっこいい子よあの子は」
「でも、私は雫を妻として迎え入れるつもりなんだよ……」
渚が私の背中をパシンと叩く。
「じゃあ、尚更よ!雫ちゃんにあんなに不安そうな顔をさせてないで、こんなときこそかっこつけて迎えに行ってあげなさい」
「渚、君も一緒に……」
「私とは学校で会えるでしょう、今は私たちのために頑張ってくれたお姫様のために尽くしてあげなさい」
「……ありがとう」
そう言って、私は渚に雫がいると教えてもらった方向に走っていった。
人目につかないベンチの上で茶髪の少女が涙を流す。
しかし、その瞳には後悔や憎しみといった負の感情はひとつも見当たらなかった。
空の星だけが見ている中、少女は拳を空に突き上げ、
「射的マスター桐谷 渚、今年も参上!」
そう叫んで、小銭片手に人混みの中に消えていった。
◇◇◇
私の後ろから足音が近づいてくる。
その足音は私の手前で止まることなく―
「雫!お待たせ!」
そう言って、私に後ろから抱きついてきた。
ここに彼女がやってきたということは、私の作戦はうまくいったのだろう。
「桜子さま、桐谷さまとは仲直りできましたか?」
「ああ、勿論だよ、君のおかげだ」
「そう言ってもらえると、頑張ったかいがありました」
本当によかった。
抱きつくのを止め、私の横に並んだ桜子が私と指を絡めて手を繋ぐ。
やはり、桜子の暖かさを感じられるだけでとても安心する。
桐谷さんと仲直りをした桜子の横顔には、一片の曇りもなかった。
「花火がもう少しで始まるみたいですよ」
「ここはよく花火が見えそうだね、楽しみだ」
私は、月の光に照らされる桜子の顔を見ているとあることに気がついた。
「それ、つけてきてくれたのですね」
桜子の頭には私がプレゼントした薔薇の髪飾りがつけられていた。
白髪に赤い髪飾りがとてもよく似合っている。
「雫も浴衣、とてもよく似合っているよ」
「ありがとうございます」
ふたりでお互いをひとしきり称賛した後、桜子が改まって言った。
「雫、君の主人として最後の命令をさせてくれ」
最後?
どうして最後なのだろうか?
「今までは流れで、出会った頃のままメイドと主人のような関係だったが、私は君と同じ立場でいたい、どっちが上とか下とかではなく、対等にいたいんだ」
「はい」
「だから、私のことを桜子と呼んでくれ」
桜子、なんだか声に出して言うのは緊張するな……。
私が緊張して口をモゴモゴさせていると、花火大会開始のアナウンスがなった。
『皆さま、お待たせいたしました!ただ今より五千発の花火が空に打ち上がります!空にご注目下さい!』
周りにはたくさんの人がいた。
しかし、花火が上がり始めたその一瞬だけは全員の視線が空に向いていた。
そのタイミングで桜子は私を抱き寄せ―
「愛しているよ、雫」
私を至近距離で見つめ、そう言った。
私も愛していると言おうとした。
でも、声が出なかった。
「……はぅ……ん」
私の唇は桜子の唇で塞がれていた。
桜子の柔らかな唇の感触が、私の思考力を奪っていく。
触れあう唇を通して、桜子の愛が伝わってくる。
頭の中身が蕩けてしまいそうだ。
もう、ずっとこのままでも良いかなと思ってしまうが、ここは公共の場だ。
見られるのは……恥ずかしい。
私と桜子はお互いに名残惜しそうに離れ、見つめあった。
「いきなりは卑怯ですよ……」
頭の処理が追い付いてくると、だんだんと恥ずかしさで顔が赤くなっていく。
でも、凄く嬉しかった。
幸せだった。
だから―
「私も桜子の事が好き!愛してるよ!」
そう言って、私は桜子に人生で一番の笑顔を向けた。
桜子も満面の笑みを向けてくれている。
私たちの視線はお互いに釘付けだった。
「雫、これからもよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いしま……よろしくね!」
そう言い合って、私たちは周りを確認したあと、もう一度だけ、今度は少しだけ長く口づけを交わした。




