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あなたの人生を私に下さい  作者: タモリン
(第二章) 私たちの親友

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(11) 恋人と親友

 私、桐谷 渚と星野 桜子が初めて出会ったのは幼稚園児の時だった。

 私が母に連れられて公園で砂遊びをしていると、私の前に白髪のお姫様がやってきた。

 お姫様は私に手を差し伸べながら言う。


「一緒に遊ぼう」


 私は最初、桜子の日本人離れした容姿に驚いた。

 当時人付き合いがあまり得意でなかった私は手を取ることをためらいかけたが、桜子の容姿を見ていると手を取らないという選択肢を選ぶことができなかった。

 この子と仲良くなれたらどれだけ素敵だろうか。

 私はその好奇心に負けたのだ。


「いいよ~遊ぼ!」


 そう言って私は桜子の手を取った。

 私は初めての友達ができたことがとても嬉しくて、その日は昼から夕方までずっと一緒に遊んでいた。

 桜子は少し良いとこの幼稚園に通っていたため、私たちが幼稚園で会うことはなかったが、週末はいつも公園で一緒に遊んでいた。



 もっと仲良くなりたいな!



 小学校の入学式の日、私は同じ教室の中に桜子を見つけた。

 後から聞いた話によれば、私と同じ小学校に行きたいと言って、親に駄々をこね、小学校受験を断ったらしい。

 私は自分のために桜子が行動してくれたことがうれしかった。

 でも同時に、桜子の未来を私が変えてしまったことに対する罪悪感もあった。

 だから私は、このお姫様を責任をもって守らなければいけないと思った。


「今日から学校でも一緒にいられるね!」


「うん!いっぱい一緒に遊ぼう!」


 小学生時代の桜子はそれはそれは優秀で、スポーツ、勉強、芸術など何だってできていた。

 私は桜子には追い付けなかったけど、皆の憧れである桜子をすぐそばで支えられるのが嬉しかった。

 桜子が彼女に嫉妬した他の生徒に嫌がらせを受けていたとき、私は勇気を出して桜子を守る壁になった。

 別に桜子に頼まれてやったわけではない。

 私がそうしたいと思ったからだ。

 けれど、桜子が私に何も悩みを打ち明けてくれなかったのは少しだけ寂しかった。

 でも、それでよかった。

 完璧な桜子を支えること、それが―

 私が桜子の隣に居てもいいと思えるたったひとつの理由だったから。



 私だけはずっとあなたの味方だから。



 エレベータ式に中学生に上がっても、私と桜子の関係はあまり変わらなかった。

 桜子はその日本人らしくない美貌で海外雑誌のモデルを勝ち取り、モデルとして働くようになった。


「今日は一緒に遊びに行ける?」


「すまない、今日も難しそうだ」


 モデルとして働く中で、桜子は自由な時間をこれまで以上に奪われ、なかなか私と遊ぶことことができなくなった。

 桜子は私には相談しなかったが、この時期が一番悩んでいたと思う。

 だから、私は桜子の家にお泊まりに行ったり、仕事先に遊びに行かしてもらったりして、できるだけ近くで、一緒にいられるようにした。

 そうすると桜子が笑ってくれた。

 私はそれがとても嬉しかった。

 桜子は皆が思うような完璧な人間じゃない。

 いくら勉強ができても、運動神経が良くても、美しくても、桜子はひとりのか弱い女の子なのだ。

 皆が完璧なあなた以外を受け入れなくても、私だけはどんなあなたも受け入れてあげる。

 だから―



 あなたが欲しい。



 桜子の笑顔が、しなやかな指が、優しい眼差しが、柔らかそうな唇がただただ欲しくなった。

 一人占めしたくなってしまった。

 女の子のことを好きになったのは初めてだった。

 初めは桜子をそのような目で見ることをためらった。

 でも、私はどうしようもなく桜子のことが好きになってしまっていた。

 だから悩んだ。

 

「ラコは同性同士の恋愛ってどう思う?」


「素敵なことだと思うよ、性別に関わらず愛し合う者同士は結ばれるべきだ」


「なるほどね、ありがとう……」


 私が様々な悩みを吐露すると、桜子はいつも親身になって聞いてくれた。

 私は桜子のことをとても信頼していたから、親にだって言えないようなこともたくさん相談した。

 でも、その逆は決してなかった。

 桜子はなぜ私に何も相談してくれないのだろう。

 私はそれがどうしようもなく辛かった。



 もっと、私に気を許してよ。



 私は桜子とまだ一緒にいたくて、桜子と同じ高校に行くことを決めた。

 私にとってはあまりにレベルの高い高校で、親にも先生にもさすがに無理だと言われた。

 でも、私は桜子と離れたくなかったから、一生懸命勉強を頑張った。

 勉強の苦しさなんて、桜子と離れる苦しさに比べればなんてことなかった。



 あなたの隣にいる資格が欲しい。



 私は、努力が報われて桜子と同じ高校に通うことになった。

 これから楽しい三年間が待っているのだろう。

 私はそう考えていた。

 ある日、突然桜子の妹さんが亡くなった。

 桜子は家に引きこもりがちになり、モデルの仕事もお休みしてしまった。

 私は桜子に無理をして欲しくなかったから、家に引きこもりがちになっていることにも、モデルの仕事をお休みすることにも一切触れなかった。

 私は桜子のことが心配で、よく桜子の家に通っていた。

 汚れた部屋のなかで、桜子は力無く微笑みながら、私に言う。


「渚も私ばかりに構っていたら、大切な青春の時間を失ってしまうよ」


「私にあなた以上に大切なものはないわよ」


 言葉にしないと、この思いが伝わっていなかったことがどうしても悔しかった。


「でも、渚に迷惑をかけるわけにはいかないんだ……」


 そう……あなたはまた私に頼ってくれないのね。

 私はその日の帰り道、桜子と出会った公園で高校生らしくもなく、大泣きしてしまった。


「どうしてラコは私に頼ってくれないの?私はまだ信頼されていないの……?」

 私はその日、一日中泣いていた。



 私はあなたの何?



 ある日、久しぶりに学校で桜子に会うと、桜子は昔のように明るい笑顔で微笑んでくれた。

 頼ってくれなかったのは悲しかったけど、桜子の笑顔がまた見られて私は嬉しかった。

 でも、だからこそ、その理由を隠して教えてくれなかったのは本当に腹が立った。



 私がずっとそばにいても頼ってくれなかったくせに。



 私は夏休みのとある日、衝動のままに桜子を押し倒して、告白した。

 きっと、雫ちゃんと桜子の仲の良さに嫉妬してしまったんだと思う。

 だから、桜子に拒絶されたときは本当に心にきた。

 そして桜子は、その時になって初めて雫ちゃんと付き合っていると教えてくれた。

 桜子に雫ちゃんと付き合っていると聞かされたあの部屋で、私は失望した。

 どうしてずっと一緒にいた私じゃなくてその子を選んだの?

 どうして、あの子と話すあなたの笑顔はそんなに輝いているの?

 気が付くと私は桜子の頬を張っていた。

 その後も私は歯止めが効かなくなり、桜子に自分の感情を一方的にぶつけてしまった。

 私は桜子が幸せならそれでよかったはずなのに、気が付けば自分の欲望に負けて桜子を傷つけてしまっていた。

 そう、私が失望したのは他ならない私自身に対してである。


「もう知らない……!」


 そう言って、桜子の家を飛び出した私は、家のベッドの中で体を震わせながら大泣きしていた。

 殺してやりたかった。

 桜子の一番になれていたと思いあがっていた自分を。


「結局、私は桜子のため、桜子のためと言いながら自分のためにしか動けていなかったのね……」


 これで私と桜子の関係も終わってしまうはずだ。

 悲しいけれど、桜子の幸せのために私は桜子と距離を置くことを決めた。

 だけど―


「もっと一緒にいたかったよぉ……」


 私の口からはそんな本音が溢れ出していた。



  ◇◇◇



「確かに、私は弱さを隠すラコのことを守ってあげたいと思って、これまでずっと支えてきたわ」


 桐谷さんが言葉に陰を落としながら続ける。


「でも、結局それは私がラコと一緒にいるために作った口実でしかなかったのよ……」


「そんなことありません!」


「あるのよ、現にきっとラコは私のことを信頼してくれていないわ、それが一番の証拠」


 違う、そんなわけない。

 桜子が桐谷さんに救われていた、それは紛れもない事実だ。


「桐谷さまの支えは間違いなく桜子さまの力になっていました!」


「そんなわけないわ、もしそうなら、ラコは私のことをもっと信じてくれているはずでしょ?」


 本当に……。

 桜子は人付き合いが下手すぎる!

 幼馴染みにこんなに勘違いされてるのはあなたのせいですからね。

 帰ったらお説教です。

 私は意を決して言った。


「そう思われるのであれば、最後に私にチャンスをいただけないでしょうか?」


「チャンス?」


「はい、夏祭りの日、桜子さまとふたりきりで話してください」


「どうしてまた……」


「お別れするにしても、最後にお互いの本当の気持ちをぶつけ合って欲しいんです」


 私のお願いを聞いて、桐谷さんが悲しそうに怒る。


「もういいのよ……私は桜子のために関係を終わらせるって決めたの……!」


 本当はそれでいいと思っていないくせに。

 本当に桜子も桐谷さんも自分に正直じゃないな。


「桐谷さま、そうなのではあればどうしてあなたは今、そんなに苦しそうな顔をしているんですか?」


「えっ……」


「本当にそれでいいと思っているなら、普通はそんな顔をしません」


「私は……」


「桜子さまと一緒にいたいんですよね?」


 長い静寂が続いた。

 それは一時間にも二時間にも感じられるような長い静寂だった。

 そんな静寂の中に桐谷さんの小さな声が発せられた。


「……うん」


 私の問いかけに、桐谷さんは力なく頷いた。

 しかし、そこで再び悲しい顔をして言った。


「でも、ラコの大切な人はもう雫ちゃんに変わっちゃったじゃない」


「私は桜子さまの恋人になることができます」


「だから、そう言って……」


「でも、桜子さまの親友にはなれません」


「親友なんて恋人に上書きされて……」


「されないんですよ、大切な人の代わりはその本人にしか務まりません」


 私は桐谷さんの頬を伝う涙をハンカチで拭いながら続けた。


「桜子さまの胸に空いた隙間は桐谷さまにしか埋めることができないんです」


 そしてそれは―


「桐谷さまも同じです」


 人は大切なものを失って、その隙間を他のもので埋めようとする。

 でも、それは埋めたように見えて、ただ絆創膏で蓋をしているだけだ。

 何かのきっかけで、傷が開いたとき、その傷は膿み、より悪化する。

 他の大切な人はその膿みを一時的に抑える薬にはなるかもしれない。

 私が桜子と一緒に生活するようになってから、お姉ちゃん対して向き合えるようになったことがその一例だ。

 しかし、一生完治はしない。

 心の傷が消えることはない。

 なぜなら、空いた隙間が絶対に塞がらないからだ。

 でも、今回の桜子と桐谷さんのケースは違う。

 まだ間に合う。

 だって、ふたりはまだ生きているし、言葉を交わせるのだから。

 だから、取り返しがつかなくなる前に、


「桜子さまと向き合って頂けないでしょうか?」


 私のお願いに桐谷さんは小さく、しかし、力強く頷いてくれた。



  ◇◇◇



 そのまま私は夕方まで桐谷さんの家にいた。

 ふたりで桜子の愚痴を言い合い、大笑いした。

 私が桐谷さんの家の玄関を出たとき、桐谷さんが私を軽く抱き締めながら言った。


「雫ちゃん、今日はありがとうね」


「こちらこそありがとうございました。今日は偉そうに色々な事を言ってしまって、申し訳ありませんでした」


「雫ちゃん」


「はい」


「謝らなくていいんだよ、これでやっと人生で初めてラコと向き合える気がするよ、ありがとう」


 そう言って、私と距離を取った桐谷さんは私の胸に拳を軽く打ち付けて言った。


「雫ちゃんがラコを泣かせたら、親友として私が立ちふさがるからね!」


「はい!」


「だから、ラコ……桜子の事を幸せにしてあげて!」


「任せてください!あの感情表現の下手な大型犬を躾てみせます!」


「そうね!存分に躾てあげて!」


 私たちの間に、もう重たい空気は無かった。

 夕暮れ空にはふたつの笑い声だけが響いていた。

 私は桐谷さんと連絡先を交換し、桜子の家に帰った。

 買っていたアイスは溶けてしまっていたが、それは、しょうがないと諦めて私はそのまま帰ることにした。

 私が桜子の家のそばに近づくとジャージ姿の桜子と目があった。


「雫!心配したぞ、私は君がどこかで倒れているんじゃないかと心配で……」


 そう言って、走ってきた桜子が私の姿を見て、安心したようにため息をつく。

 きっと私のことを探してくれていたのだ。

 スマホを見ていなかったから連絡にも気付けていなかった。

 心配を掛けちゃったな……。


「心配を掛けてしまい、もうしわけありません」


「いや、いいんだよ、雫が無事ならそれで!」


 桜子がそう言って、私の横に並んで歩き出す。

 そう、こんな風に桜子は平然を装い、かっこつけて自分を見せる。

 こういうところだ。

 桜子はもっと自分が辛かった、苦しかったってアピールするべきだ。

 私にもこんなにかっこつけるのだから、桐谷さんにはもっと素を見せないのだろう。

 こんなんだから、桐谷さんが病んじゃうんだよ!


「桜子さま、本当はものすごく心配だったんですよね?」


「ああ、凄く心配だったよ」


「心配を掛けた私が言うのも何ですが、自分の感情やしたいことはもっと素直に行動に反映するべきだと思います」


 私がそう言うと、桜子は核心をつかれたかのように大きく目を見開いた後、私に抱きついた。


「本当に……本当に……良かった……雫が熱中症で死んでしまったらどうしようかと心配で胸が張り裂けそうだった…」


 桜子が私を抱き締めながらボロボロと涙を溢す。

 そう、こんな風でいいのだ。

 桜子は無駄にかっこつけ、気持ちを一人で抱え込んでしまう。

 自分をかっこよく見せたがるのである。

 きっと、桐谷さんに対してもそうだったのだろう。

 自分のそばにいる桐谷さんだけにはかっこつけたかった。

 だから、相談できなかった。

 本当に子供っぽい理屈だ。

 でも、とても桜子らしいとも思えた。


「桜子さま、私も桐谷さまもあなたの事を愛しています」


「突然どうしたんだい……?」


「だから、片意地張ってないでどんどん感情とか悩みとかを吐き出して下さい」


「でも、それでは君たちにかっこつかな……」


「私たちはそれを聞いて、支えてあげることが幸せだと思っているんです」


 だって―


「私と桐谷さまはあなたの恋人と親友です、かっこつけなくたって離れていきはしませんよ」


「ありがとう……もう片意地張ってかっこつけるのは止める、もっと自分に、大切な人に正直になってみることにするよ」


「そうしてもらえると、嬉しいです」


 そんな会話をした後、私たちは手を繋いで自宅へと歩いていった。


「じゃあ、ひとつ望みを言ってもいいかい?」


「勿論です!」


「今日一緒にお風呂に入りたい……」


「……」


「……」


 え……。

 いきなりとばし過ぎじゃありませんかこの人。

 でも、さっきああ言ってしまった手前ただ断るということもできないし……。


「ちゃんとしたいことを口にしてくれたので考えておきます」


「ということは一緒に入ってくれるということかい?」


「まあ、桐谷さんと仲直りしてくれたら考えます」


「そのために頑張ると言ったら、渚から軽蔑されそうだな」


「あの方は軽蔑なんてしませんよ、私が保証します!」


 そう言って、ふたりの笑い合う姿を思い浮かべた私は、ふたりの仲直り計画を進める意思を空の星に誓ったのである。

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