よくある怖いはなし
ある~。
雨が一日じゅう続いている。
フロントグラスを叩きつける雨音が車内まで響き、タクシー運転手の榊は、ラジオの音声ボリュームをあげた。
「ったく、この雨はよ」
榊はそう呟き、ワイパーの動きを強にして、雨の世界に溜息をついた。
山道に入り、暗くなったあたりで、ライトを点灯した。
(今日はもうあがりだな。山を越えると、我が町だ・・・さっさと退社して、つまみとビールでナイター中継でも観るか)
彼はアクセルを踏み、音量を最大にしスピードをあげる。
滝のような雨が視界を遮るが、早く家に帰りたい思いが勝った。
カーブへとさしかかった。
「!」
ヘッドライトがそれを照らす。
道の真ん中に、女性が傘をさしていた。
こんな豪雨の夜に、ビニール傘、ひとり・・。
榊はブレーキをかけ、対向車線へとはみ出しながら回避し停車する。
大なぐりの雨だか、言わなきゃ気が済まない。
彼は窓を開けると、
「危ないだろうがっ!」
・・・・・・。
・・・・・・。
だが、彼の視線の先には、そこにいたはずの女性の姿はなかった。
(気のせい?・・・まさか)
「ごめんなさい」
榊の背筋が凍る。
バックミラーに映る、後部座席にずぶ濡れの女性がいた。
長い髪は濡れて、顔全体を覆い、貞子のような姿で、彼は戦慄を覚える。
「どうやっ・・・て」
「車出してください」
榊の疑問を遮るように、女性は出発を促した。
「アンタ・・・お客なのかい」
「・・・・・・山を下って」
女性は運転席の頭部シートを濡れ手で触ると、彼の顔の近くに自分の顔を寄せる。
雨の匂いに混じって、吐息からは黴臭さがあった。
「・・・・・・」
「早く、お願いします」
「わかりました」
榊は車を走らせた。
女は車窓を眺め、ずっと黙っていた。
やがて車は険しい山道を抜け、緩やかな道へと変わる。
すると、女が急に狼狽しだした。
「なんで・・・やっぱり・・・私、越えられないの」
「お客さん?」
「なんで、くそっ!くそっ!」
「あの・・・」
「ぶるがるがっばばっ゛゛ざ・・・ざ」
榊の言葉には一言も答えず、女性は絶叫した。
あれだけ激しかった雨もあがり、彼の目の前に町の灯りが見えてくる。
安堵、思いきって、彼は後ろを振り返る。
そこには誰もいなくて、ただシートだけが濡れていた。
・・・・・・。
「・・・まさか」
榊は自分の独り言とラジオの大音量、空を切るワイパーの音で我に返った。
あるある~。